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石田良介画伯の剪画協会展迫る [2011年06月25日(Sat)]







 小欄でおなじみの
石田良介画伯(日本剪画協会会長)からの
メールです。


  ✾  ✾  ✾  ✾  ✾

 ブログ拝見しました。

 お元気にご帰国されまして安堵しました。

 これからの、「仏独旅行の レポート」を
楽しみに拝読させて頂きます。

 ご出発前のお忙しい時、
第27回日本剪美術展の、
ご紹介をし頂きまして
有難うございました。

 震災以来どの展覧会も入場者が
激減してりますので、大変心配です。

 でも、日本一、世界屈指のブログ で
紹介して頂きましたので、
例年以上の入場者が期待されます。

 どうぞ、お疲れがでませんように、
ご休養をお取り下さい。

 私は相変わらず、27回展の準備に
何かと追われております。

 もう一息です。

  ★             ★

 いしだ会長こそ、私より
1年と364日先輩なのですから、
ご自愛ください。
日赤批判は寄付革命への願い [2011年06月25日(Sat)]





   難民を助ける会2011年度通常総会で答弁する長理事長。
  左は、堀江事務局長。








 きょう、認定NPO法人難民を助ける会の
通常総会が開催されました。

 真剣な議案審議の中で、
ある企業人(逸名)が
「日赤に集まっている寄付金が
滞っている。これは
もっとNGOを通じて有効に
活用されるべきだ。どう思うか」と
執行部に質問していました。

 長 有紀枝(おさ・ゆきえ)理事長
(立教大学大学院教授)が
まず的確に答え、その指名によって
私も発言させていただいた。

「日赤がほとんど銀行のような役割しか
してきていないことは、
阪神淡路大震災の時に照らして、
いわば、震災直後から予想されたkとだった。

私は自分のブログ(小欄)で日赤批判の
火ぶたを切った。

震災直後に古希を迎えたので、
もう怖いものは閻魔大王くらいのもの。

 高校生時代の青少年赤十字、
日赤中央女子短大、同武蔵野女子短大、
日赤看護大学での長年の教鞭、
国際赤十字の駐在代表としての経験
などからいって、それは
親に歯向かうか
天に唾するようなものだが
良心的に、黙っていられなかったし、
結果は危惧した通りになってしまった。

 要するに、赤十字の原則は
人道が第一、それが平等や公平を墨守するあまり、
日赤は単なる日赤銀行になってしまった。

 非常時にはもっと超法規的に活動すべきだ。
自動車が右を通ろうと、横断歩道を渡るまいと
その先に救いを求める人がいたら、
私は向かいます。

 非日常にあっては目の前の人の
命をとりあえず救ってから、
理屈を考え、立場を調整していい」といった
趣旨の話をとっさにしました。

 拍手が起こったのには少々、
びっくりしましたが、
これが人間として正常な感覚だと
私は思います。

 石巻日赤病院の
震災直後の活動ぶりには、
私は敬意を表しています。

 被災地にありながら
その医療救護の中心的な役割を果たしました。
 
 先日、石巻市を訪れ、その前を通った時、
思わず目礼したほどです。

 あの広島日赤が
原爆に遭いながらも
一枚の赤十字旗を掲げながら
文字通り懸命に診療を続けた姿さえ
思い浮かべたほどです。

 しかし、そのことと
震災の罹災者ために寄附をした
国民ひとりひとりの気持ちを
ほとんど無視したことは別の話です。

 通常の社費(という町会経由で
知らないうちに集められた資金)で
活動したのが石巻日赤であり、
全国からの救護班です。

 立派な国内出張手当が支給されています。 
 
 それに対し、ほとんど、
ただただ寄付金を預かり、
配分委員会に送金しただけなのが
日赤本社・支部であることへの批判は
別なのです。

 今回が、日本社会の寄付革命の
元年になることを切望します。

 実際、国際NGOの連合体である
Japan Platformには
60億円もが集まっているし、
日本社会の目も日赤には
これからさらに厳しくなるでしょう。

 繰り返しますが、
石巻日赤は立派というか当然の活動をしたまでです。

 しかし、日赤全体のあり方について、
私たちもまた盲信から覚めるべきときが
来たのだと思います。

 私の日赤批判は、赤十字に感謝し、
その近代化による役割の拡充を願い、
そして、
それを通じ、日本に寄付革命が起こること、
つまり、寄付しようという善意の人が
自らそのお金の行方に注目するという、当然の
「市民意識」が
日本にも育つきっかけになればいいという
願望から発していることなのです。

 私が特別顧問である難民を助ける会や
私が責任者である社会福祉法人さぽうと21は、
情報公開を通じ、説明責任を重んじてきました。

私自身、日赤が国民(市民)への
注視に耐える組織でありたいと
念じつつ、微力を注いできたつもりです。

また、私たち個人個人が、
権威や伝統にのみよりかかるのではなく、
健全な批判力と自己責任感をしっかりと持つ
「市民(シチズン)」として、
社会的に存在し、微量を尽くしたいものと思います。



日仏合同演奏とNHK放送の偶然 [2011年06月25日(Sat)]






   開演直前の筆者。ブリュッセルのEU代表部から駆けつけてくれた
  山田淳大使が撮影してくれました。ほかに、パリの日本大使館からは
  志水史雄文化担当参事官がご来場くださいました。




 昨24日夕方、フランス、ドイツ訪問から
無事、帰国しました。

その間10日あまり、
小欄は更新できませんでした。

これは一昨年の
オーストリア、ロシア訪問以来のことです。

それでも毎日、5,600人もの方が
ご覧くださっているという記録を見、
時差ボケのままですが、
襟を正す気持ちです。

 今回の訪欧には
公私ともどもいくつかの目的が
ありましたが、
まずもって楽しいものから
ご報告いたします。

フランスはボーヴェという町での
日仏合同トランペット演奏会です。

ボーヴェは
パリからほぼ真北約80キロのところにある
人口5万5千人の落ち着いた地方都市。

市庁舎、商店街などの一角に、
文字通り天にそびえる大聖堂
サンピエール大寺院が建っています。

そこで、東京藝術大学の杉木峯夫教授、
世界的な奏者とされる地元在住の
エリック・オービエ氏お二人のソロと
日本側からごいっしょした25人、
フランス側85人による
トランペットの大合奏が行われたのです。

 日本から参加したのは13歳から79歳までの
「精鋭」です。プロの演奏家は小林好夫さんのみ。

この大聖堂、15世紀から
建築が始まったのですが、
いまだ完成していないのです。

カトリックの教会に共通な、
1つだけが長い十字架の形になっておらず、
伸びきっていないのです。

また、ほかの部分にも
いかにもまだ建築の途中という様子が
あるのです。しかし、
それでもなお、
この教会の威厳はたいそうなものです。

そしてどうやら
これ以上建築を進める計画も
予定もないようなのです。

ですから、
シューベルトの未完成交響曲のような、
これはこれで完結した
とでもいうべき建造物なのでしょうか。

 天井の高さはフランス第一とか。

 そのせいで残響たっぷり。

パイプオルガンと両名手による演奏は、
この残響をうまく使っての
うっとりとする名演奏、
大合奏もまた、日仏友好を轟かせ、
象徴するかのように響き渡りました。

 聴衆は1100人、
「東京の人口と比較すると・・・」と
妙な計算をしている
日本人留学生がいましたが、
それによると
東京でなら20数万人の聴衆にあたるのだとか。

 ボーヴェ市の文化事業なので入場無料。
一声かけただけで、約16万円の募金が
寄せられました。

よく検討して、
東日本大地震の被災地に
楽器を進呈しようかと思っています。

少し足して、エリック、杉木両巨匠の
サイン入りトランペットにしようかな?
などと夢を見ています。

 ところが、
昨夜帰国してメールを見ていますと、
杉並区在住のKさんから、
なんとこんな偶然があったという
お知らせをいただいていました。

   ✾  ✾  ✾  ✾  ✾

ご無事に、ボーヴェの
カテドラル・サンピエールでの
コンサートを終えられて、
ホッとなさって
おいでの頃かと思っております。

今日、6月19日(日)
本当にびっくりの「偶然の一致」が
ございましたので、ご注進です。

聞くとはなしにかけておりました
NHKラジオ第一放送から、
「『ラジオ深夜便で聞きそびれたから』という
ご要望でリクエストがあったので、
昨年の9月1日にサントリーホールで
行われました《235人のトランペッターによる》
ヴェルディの歌劇【アイーダ】の中の
【凱旋行進曲】をおかけします」というでは
ありませんか!

時は、ちょうど日本時間19日午前11時45分。
ボーヴェでのコンサートが終わって、
安心なさって眠りにお付きの頃!

あまりの偶然に驚いてしまいました。

「もしかすると、このリクエストをした人は
9日1日のコンサートに行った人かな?などと、
楽しい想像を働かせて演奏に聴きほれました。

本当のことをいいますと、時々、
変な音が聞こえて、
ドキッとしたりも致しましたが、
でも全体としてはお見事!

今度のボーヴェは、
人数の少ない精鋭部隊、
きっと、もっと素晴らしい演奏会だった
ことでしょう。

では、どうぞ、お元気で!
残る日々、楽しいご旅行を! 

★      ☆     ★

 ボーヴェでの演奏会は
18日の夜8時30分から。日本時間では
19日の朝3時半から
という計算になりますから、
どうやらボーヴェでの「凱旋行進曲」の
日仏合同演奏のほうが
数時間早く、
放送はまさにぐっすり眠っている頃でした。

なんとも怖いような偶然ということが
あるのですね。

 お世話になったエリックにも
知らせておきましょう。

 小欄では、久々の仏独旅行について
しばらく紀行文を続けたいと
思います。

 それにしてもしぶとい菅某さん、
まだ辞任の様子さえ見せずに
へばりついているんですね。

 あまりの醜さにあきれています。

 どなたかが支持したり、投票した
民主党という政党は、やはり
こんな醜態をさらす党だったのですか。
嗚呼!
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