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外交・安全保障サマーセミナー [2011年06月14日(Tue)]



         





 私が主宰しているNPO法人ユーラシア21研究所では、
毎年、全国の少壮学徒を対象に、
こんなゼミナーを開催しています。

 これは、日本財団の助成をいただき、
セガサミーホーディングスの特段のご協力で
同社の伊豆研修センターを借り切って行うものです。

 豪華講師との徹底討論、ユニークな指導法は
産経新聞でも詳しく報道されたこともあります。

 ふるってご参加ください。もちろん、私も参加します。

 問い合わせは、
 shibata@eri-21.or.jp
または、03−3500−1215へ。
末次一郎没後10年の集い [2011年06月14日(Tue)]




   末次一郎先生と筆者(二人とも若い!)



 われらが師であり、
「最後の国士」とまでいわれた
末次一郎先生は
平成13年(2001年)7月11日に
亡くなられました。

 そこで、没後10年にあたる今年、
7月10日午後3時から、
ホテルリーガロイヤル東京
(早稲田大学大隈会館裏)に
全国からt有志が集まって
「つどい」が開催されます。

 末次家の皆様や
中曽根康弘元総理、
小池百合子自民党総務会長など
これまでに約100人から
申し込みがあります。

 東日本大震災の被災地からも首長や
議長など多数が参加します。

 本日、久々に中曽根元総理を
主宰される世界平和研究所の会長室に
訪ねて懇談し、「つどい」での
ご挨拶を引き受けていただきました。

 元総理はつい先日93歳におなりですが、
意気軒昂、

「せんだって、キミの紹介だということで数人の
フランスの国会議員が来たよ」
と話しておられました。

 そういえば、3週間ほど前、
麻布のフランス大使館に招かれ
その議員団に日露関係について
お話をしたのでした。

 ところで、今回の「つどい」の会場は、
交通の便がやや悪い。

 これは末次先生のお墓が早稲田大学の
正門前から徒歩10分の龍善寺に
あるためで、
お墓参りがしやすいという立地によるものです。

 この「つどい」にはどなたでも参加できます。
このブログを拡散して、お誘いあわせください。

 お申し込みは、「つどい」の事務局を
承っているユーラシア21研究所へ。

 電話:03−3500−1211

 担当は
石川雅子(元末次事務所職員)ですが、
今夜から海外出張で、
22日に帰国します。

 留守の者でもわかりますし、
あすから私も海外ですが、私の携帯に
お電話くださっても
結構です(通信料金受信者払い)。
小欄、しばらくお休みします [2011年06月14日(Tue)]



           




 小欄は畏れ多くも「新徒然草」と称しています。

毎日、駄文を連ね、ご迷惑をおかけし、
顰蹙を買っているのはよく承知し、反省しています。。

しかし、ホンモノのほうにはさすがに、
ずばり、いいことが書いてあるんですね。

いづくにもあれ、
しばし旅立ちたるこそ、
目さむる心地すれ。
    (第15段)

 そんなわけで、15日から24日まで、
パリ、ボーヴェ(パリから北に約80キロ。
前述の40キロは間違いでした)、
そして少し調べものがあり、
ベルリンなどを周ってきます。

 そこでしばらく小欄は
お休みとなりますが、たぶん24日から
再開できるかと思いますので、
ご愛読くださいますよう
お願い申し上げます。

 ところで、私が帰国するころまでには、
菅さん、
辞任しているんでしょうね。

「それまでさらし続けるであろう醜態を
見ないで済むのはうらやましい」
さきほどお訪ねくださった、
ある民主党の衆院議員の
目や表情が
あまりに力のないものだったのが、
気になります。

 私も心機一転、今年の後半に
備えるよう、ストレスを発散、
元気に戻ってまいります。


震災・津波、気の毒な話 [2011年06月14日(Tue)]




   この大船渡湾から手前に向けて大津波がやってきた。
  大船渡市から陸前高田市に向う国道路上で撮影。












    岩手県立高田高等学校前での筆者。






 今回、被災地を周って、
いろいろな話を聞きました。

 感動的な話も、胸が詰まるような話も
耳にしました。

 なかでも気の毒だと思ったのは、
震災の日までに
岩手県立高田高校では
大学進学に合格したせいと5人が
自宅にいて亡くなり、
最初の試験でうまく行かず、
この日、再挑戦で自宅を離れていた子たちが
無事だったという事実です。

これが人生の皮肉でなくて何でしょう。

「塞翁が馬」の話を思い出してしまいました。
楽器支援、喜ぶ生徒たち [2011年06月14日(Tue)]


 









































span style="font-size: 150%;"> 写真はいずれも、岩手県立高田高校から送られてきたものです。
高田高校吹奏楽部への支援 [2011年06月14日(Tue)]



   県立高田高校。1階が完全に水に浸かった









 津波後の音楽室







   瓦礫の中から掘り出した吹奏楽器。







 岩手県立高田高校は、陸前高田市の
やや高いところにあったのですが、
3月11日の津波では1階が完全に浸水し、
壊滅的被害を受けました。

「生徒も22名が亡くなりました。
当日はちょうど吹奏楽部の練習中で、
各パートに分かれてやっていました」。

6月5日に大船渡市のHotpotという
ファミレスのようなお店でお目にかかり、
前日までに到着した楽器の目録をお渡しし、
お手入れ用品の費用などを進呈しました。

そのときに顧問の小笠原先生が
説明してくれました。

「打楽器と一部の管楽器は
置いたまま山のほうへ逃げました。
その後、みんなで瓦礫の中から掘り出し、
修理できるものはなんとか修理して使っています。
なら文化高校からの楽器支援もありました。
それでも木管楽器ほかもだめになり、
今回の支援で助かりました」。

 校舎は今、隣接する大船渡市の
移転のため空き校舎になっていた
旧大船渡農業高校を借りています。

 まずは、津波後の校舎と楽器の様子を
ごらんください。
180万アクセスに感謝します [2011年06月14日(Tue)]










 気付かないでいましたら、
小欄のアクセス数が1,817,814になっていました。

 180万人って大変な数ですよね。
恐れおののいています。

 読者からの励ましやお叱りや、
お褒めの言葉や苦情も数限りなく
頂戴していますが、
小生はうぬぼれず、めげず、
お調子に乗らず、良心に従って、
この21世紀のコミュニケーション・ツールを
活用しながら、
さらに精進したいと思います。

このツールを教えてくれた
日本財団の笹川陽平会長、
そして元カンパンブログの責任者であった
寺内昇さんにあらためて謝意を謝意を表します。
7月2日からO美術館で剪画展 [2011年06月14日(Tue)]










小欄でお世話になっている
石田良介画伯率いるNPO法人日本剪画協会の
27回目の展覧会が、
この案内状の概要で開かれます。

 山手線や埼京線の大崎駅から
雨にぬれずに行けるO(オー)美術館でです。

 こんなにも表現力があり、深みのある技法かと
毎年、感動しています。

 あなたもいらっしゃいませんか?
いいですよ、すばらしいですよ。
究極の選択・緞帳を切り刻んだ話B [2011年06月14日(Tue)]















石巻東中学校は、同じ石巻市立石巻中学校に「居候」している。だから、校名を書いた看板はない。
校舎が大きく損なわれた悲しみと、あまりにせまくなった移転先とで、
意気消沈かと思いきや、先生方の献身的な尽力と勇気で、
クラブ活動も活発に行われつつあるようにお見受けした。








  >4月1日に着任した新しい校長先生に楽器寄贈の目録を渡す私と、
左から松下功東京藝大教授、柳瀬房子認定NPO法人難民を助ける会会長。





 宮城県石巻市湊中学校で
楽器の支援に行った時に聞いた話。

「震災のあった3月11日は
とても寒い日でした。
加えて
停電、子供たちはおびえ、われわれ教師も、
何をどうしたらいいのかわかりませんでした。

学校はあちこちが壊れ、
吹きさらしのような状態です。

生徒を帰宅させるわけにはゆきません。
みんなで集まって寒さをしのぎましたが、
暖房具など全くなく、
ありあわせの数枚の毛布に
くるまることができた生徒は、
まだしも、多くは身を寄せ合い、
新聞紙をかけたりしていました。

そこで、私は思い切って、講堂の
緞帳を切り裂きました。

そのままでは真んなかの部分が
活用されないので、
一人でも多くの生徒にと
度胸を決めました」。

 教頭先生のこの言葉に
生徒を守る強い責任感を感じ、
感動しました。

 おそらくは同窓会とか、
さまざまな人の思いをこめて
作られ、守られ、誇りになって
受け継がれてきた緞帳だったのでしょう。

 この先生の判断と勇気に
最大限の拍手を送り、
いつの日か校舎が再建された時、
私も緞帳再製に貧者の一灯を投じようと
思っています。

 ちなみに緞帳はどのくらいするものかと
東京で随一の旗屋さんである
岩岡商店に尋ねたところ、
「ビロードのもので300万円、
緞子、刺繍ものとなると500万円以上とか。

 いざという時の教頭先生の勇気に
感服しました。




台湾と日本の関係史を学ぼう [2011年06月14日(Tue)]










 「台湾の大使館」ともいうべき、
駐日台北経済文化代表処が
こんないい企画をしています。

 これにはどこかで私も行ってみようと
思います。

 日本はなぜ、台湾には今でも慕われ、
同じようなことをした韓国とは
少なくとも表面的びは
歴史教育など難しいのかは、
何度も考え議論してきたことですが、
まずはさらに学ぼうと思います。
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