CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る
« 2009年08月 | Main | 2009年10月»
<< 2009年09月 >>
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30      
最新記事
カテゴリアーカイブ
月別アーカイブ
旗とは何か [2009年09月14日(Mon)]












旗とは何か? 「旗」という文字と言葉はいつからあるのか?

旗は集団や国家の象徴、権威の表示、所属の表示、
到達すべき目標、儀式などでの装飾などの目的で使用される。

中国は旗が最も早く進化した地域であった。最近の
考古学や歴史学の成果によると、
周の開祖・武王(紀元前12世紀ごろ)が白い旗を用いていたが、
おそらくこれが中国における国旗の一番古い使用例ではないか。

当時はさまざまな形状のハタが王や軍によってかかがられた。
『大百科事典』(平凡社)には
「唐の高祖・李淵の従弟の李壽(577〜630年)の墓に描かれた旗」
の写真が掲載されている。巨という字の右の縦棒をとったような、
旗の端がいくつにも分かれたデザインの赤い旗である。

旗を表す文字、旗にまつわる漢字の種類は多く、
使用者、使用目的、形などにより文字の使い分けがなされていた。

漢字では「旗」から「其」を除いた部分、そもそもハタを意味し、
「其」の部分はその読みを表す。

国旗、校旗、旗幟鮮明、旗艦などとして用いる「旗」は
本来、狭義には熊や虎を描いた赤いハタで、
帥都(大将)が兵の集合を命ずるときを示すものを指した。

清の太祖が1616年に制定した、全満州族を8つの旗色で区別した
軍団の総称「八旗」がよく知られている。ちなみに「八旗」は
正黄、正白、正紅、正藍、鑲(じょう)黄、鑲白、鑲紅、藍の
各部隊を指す。「鑲」は「準ずる」「補う」といった意味。
一旗は7,500の兵から成る。

「幢」「幡」「旌」「幟」も用いられていた。「幢」は絹の幕で
筒型に包んで垂らした飾りである。「幡」はもともと仏教用語。
供養のための荘厳具をさしていた。

江戸時代には「良家の子女が若くして死んだ時など、
振袖など生前の晴着を仕立ててつくり、
これを寺院などに納めて供養する風習が
行われた。(『日本国語大辞典』)

「旌」はセイとも読み、
旗竿の先に旄(ぼう。カラウシの尾)などを飾った旗。
天子が士気を励ますために用いたのが始まりだ。

しかし、『源平盛衰記』には「旌の足を見て、
五十騎三十騎此こ彼(ここかしこ)馳集る」という具合にも
用いられている。
| 次へ