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角福戦争の遺恨試合? [2009年09月08日(Tue)]












「日本では今度の総選挙でまた“角福戦争”が復活し、
田中派の小沢一郎が、
福田赳夫の系列である
森、小泉、安倍、福田の清和会が4代も総理を独占した自民党に
壊滅的な打撃を与えたんじゃないのかな」。

 そんな声を、ある県で県議をしている古い友人のNくんが
上京ついでに立ち寄ってくれ、旧交を暖めた。

 暖めてくれたはずが、背中が、ぞっとした。
朝日新聞はやめられない! [2009年09月08日(Tue)]









 朝日新聞はときどきとんでもないことをするが、
それでも購読をやめられない新聞です。

 それは、ときたま、これぞといういい記事が載るからです。

 ごらんになられた方も多いと思いますが、以下に転載する
9月6日朝刊掲載の野嶋剛台北特派員の
<「台湾ドリーム」裏切りの傷>は心を揺さぶられました。

    ☆☆☆  ★★★  ☆☆☆  ★★★

「親愛なる友よ、分かってほしい、
私はあなたの犯行を断罪しなくてはならない」
 検察官の声に、法廷は静まり返った。被告人席にいるのは
台湾の陳水扁前総統(58)。陳氏は表情を変えず、
メモをとり続けた。

 陳氏は昨年、総統在任中の海外への不正送金や収賄で
逮捕・起訴された。台湾で総統経験者が裁かれるのは
初めてのこと。「総統の犯罪」の判決が11日に言い渡される。

 7月の論告求刑で陳氏に語りかけたのは
林勤綱・主任検察官(56)。陳氏の台湾大法学部の1年後輩で
80年代、共に民主化運動を戦った仲だ。陳氏は
弁護士から政治家、林氏は検事の道を進んだ。

 林氏は、30年以上前、日本での田中角栄元首相の逮捕に、
国民党独裁の腐敗を憎んだ2人の若者が
どれほど勇気づけられたかを追憶しつつ、言葉の矢を放った。

「あなたの民主化への貢献が巨大なものだったとしても、
罪は回避できない。権力はあなたが握っていたのだ」

 陳氏は、台湾南部の貧しい家庭に育ち、
努力の末に総統に上りつめた。
その成功物語に人びとは熱狂した。

「台湾の子」と呼ばれた陳氏の転落。不正送金の実行役、
長男夫妻は裁判途中で罪を認めた。長女は父をかばった偽証罪で
有罪判決を受け、希望する海外留学の道が閉ざされた。

主犯格の呉淑珍夫人(57)は
「夫は選挙狂いの政治的動物。寂しかった」と
蓄財に走った心境を漏らした。

 陳氏が体現した「台湾ドリーム」は消し飛び、
人びとにうらやまれた「ファーストファミリー」は崩壊した。

 検察の手法も強引だった。
取り調べ内容などをメディアにリークし、
逃亡の恐れのない陳氏の拘束を続けている。

馬英九(マーインチウ)政権による民進党つぶしの
「国策捜査」の側面が垣間見える、との指摘がある。

 陳氏裁判に人びとの目が奪われ、
支持率が低迷する馬政権が助けられたのも事実だろう。

台風の水害対応の遅れで厳しい批判を浴びている時期の
陳氏への判決に、政権側には
「矛先が陳氏に向けば」との声まで聞こえる。

 だが、そうした政治的な思惑を意識しつつも、
台湾社会には、林検察官の弁論への共感が広がっている。

それだけ、2度の総統選で不利の予想を覆して
陳氏に幅広い支持を寄せた台湾人は
「裏切られた」という思いに深く傷ついた。

20年間も陳氏を支えた台湾独立派の長老の一人は
「自分の半生が否定された気分だ」と言った。

 検察は「最も厳しい刑」を求めた。長期実刑は
不可避との見方が強いが、人びとを失望させた指導者の罪は
いかなる量刑も超える重みを持つ。

   ☆☆☆  ★★★  ☆☆☆  ★★★

 私には陳前総統を支持した多くの友人がいる。その人たちの
失望する顔が浮かぶ。

 だが、みなさん、
日本も田中角栄への絶望を30年以上、克服していた。

 台湾の民主主義がこれで潰えたわけではあるまい。

 日本も大きく変わった。また、自主独立志向の健全な
指導者が出てくるに違いない。協力隊を持ち続けよう。

韓国と北朝鮮、その国交 [2009年09月08日(Tue)]

     
          


       韓国の国旗         北朝鮮の国旗    











今夜は、
朝鮮総連で行われるレセプションにお招きをいただいている。

以前、拉致問題がはっきりりするまで、
私は「朝鮮の子供にタマゴとバナナをおくる会」の
実行委員長だったので、
それ以来、多少のお付き合いが続いている。

もちろん、拉致には絶対反対、速やかに全員の帰還を望む。

それどころか、「救う会」の平田隆太郎事務局長は、
「おくる会」のメンバーとして4回、北朝鮮を訪問し、子供たちに
タマゴやバナナを各10万個ずつ、配ってきた人。

同僚の山岸丈良くんと二人で事務局をやっているが、
このご両人、わが師・末次一郎先生の事務所で、
私の部下だったこともある。

大韓民国(韓国)と朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)は
1991年9月、同時に国連に加盟した。韓国と北朝鮮は
すべての国が承認している国家か、となると、
そうは進んではいないと答えるほかない。

1975年までは国連加盟を申請し続けた韓国ではあったが、
冷戦構造厳しい時期にあって、
ソ連の拒否権で果たせないままであった。

しかし、88年のソウル五輪の成功に見られるように
70年代後半からの韓国の経済的な発展は目覚ましく、
これにともなう国際社会での伸長ぶりが目立った。

90年、韓国はそのソ連と国交を回復、
翌年4月、26年ぶりに国連への加盟申請を行った。

北朝鮮は、両国の加盟は分断の固定化につながる
として抵抗しようとしたが、自らの孤立化を恐れて、
5月に申請に踏み切り9月、両国の加盟が認められた。

韓国は2008年9月現在188の国と国交を結んでいる。
国連加盟国で韓国と国交がないのは、
キューバ、シリア、マケドニアの3カ国のみである。

北朝鮮は現在160カ国と外交関係を
持っている(うち157ヶ国は南北双方と外交関係を有する)。

日本は1965年の日韓基本条約に基づき、
北朝鮮を承認していない。また、
国連安保理常任理事国中、アメリカとフランスは同様に、
承認していない。

韓国は北朝鮮を承認していないし、
北朝鮮は韓国を承認していないが、
相互に特殊な実務的関係を維持している。

最近でも、2009年8月の金大中元大統領の国葬には
北朝鮮から正式な弔問団がソウルを訪問、
李明博大統領と約30分間面会した。

今後も紆余曲折の話し合いが続き、
いつの日か朝鮮半島には核のない統一国家が誕生することを
期待したい。
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