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ヨーロッパの極小国 [2009年09月01日(Tue)]





    リヒテンシュタインの国旗








   ヨーロッパには極小国とでも言うべき国がある。

  アンドラ(ピレネー山地)、モナコ(リヴィエラ海岸)、サンマリノ(イタリアの山地)、リヒテンシュタイン、いずれも国連では日本と同じステイタスで加盟している。当然、国旗もある。

 リヒテンシュタインという国はハンス・アダムス2世公爵(第15代)を元首とするスイスとオーストリアに接する独立である。

 余談であるが、大学院時代のわが恩師・松本馨早大教授は昭和初期のハイデルベルク留学時代、この国を訪ねてみようとして列車に乗ったが、往復とも通過してしまい果たせなかったという思い出をしばし語っておられたので、弟子の私は1979年、レンタカーでスイスから向かい、これまた通過するというお粗末だった。

 帰路、最新の注意で念願を成就したが、要はそのくらい面積の小さい国。160平方キロというから、宮古島や小豆島程度。人口は3.5万、首都のファドゥーツと言えども五千人に過ぎない。

 1866年の普墺戦争以来、非武装中立政策を続け、在外公館はスイスに大使館、欧州議会のあるストラスブールと国連本部のあるニューヨークに常駐代表部を設置している。

 1919年の合意に基づきスイスに外交の多くにつき利益代表を依嘱している。1975年にOSCE(欧州安保協力機構)に加入して以来、外交活動を活発化し、スイスに先んじて90年には国連加盟国となった。翌年、EFTA(欧州自由貿易連合)に、95年にはWTO(世界貿易機関)への加盟も果たしている。
 
 ところが、この国は、国連加盟国のうちチェコとスロバキア を承認していない。

 リヒテンシュタインは第二次世界大戦までチェコスロヴァキア内に領地を持っていた。しかし、戦後チェコスロヴァキアが自国内のドイツ系とハンガリー系住民の国籍を剥奪し、財産を没収するという措置(ベネシュ布告)を行ったことを違法とし、この問題が解決していないからである。同様に、リヒテンシュタインへの対抗措置として、1993年1月「協議離婚(ビロ−ド離婚)」した、チェコとスロバキアはともに同国を認めていない。
 
 この小国、実は国旗の点でも、@ハイチ国旗と同じため1936年のベルリン五輪で混乱し、翌年、公冠を付けた、A垂直掲示の場合には、公冠を90度回転したデザインの国旗を製作しなくてはならない、B同じく、公冠が常に左上部に来るように掲揚しなくてはならないなど、実に特殊である。
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