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中井貴恵さんと荒井泰子さん [2008年11月02日(Sun)]






  公演する中井貴恵さんと荒井泰子さん










10周年記念作品「たからものとんだ」のイメージで
最後に、出演者全員が、「こんすけ」のたからものに
ちなんで「紙飛行機」を場内に飛ばせた。
右から、荒井泰子さん、中井貴恵さん。










 最後にステージから挨拶する中井さ貴恵さん、
大型紙芝居の宗 佳代子さん、荒井泰子さん、
大型紙芝居の平野知代子さん。








  ロビ−では、中井貴恵さんの童話や絵本が
 飛ぶように売れ、また、募金箱にも浄財が寄せられていた。
 そして多くのボランティアの方たちが、
 それぞれ気のきいた役割をはたしていて、感心した。






 中澤貴恵子さんの生き方と活動には敬意を表したい。

 女優・中井貴恵さんのことだ。つまり、
俳優・中井貴一のお姉さんだ。

「大人と子供のための読みきかせの会」を主宰し、
きょうがその10周年記念チャリティ特別公演」。

品川の六行会ホールは超満員だった。この会は、
ピアノ、筝、尺八、そして大型紙芝居で
チームを構成して公演している。

 中井貴恵さんは、こうした、
自分で主催するボランティア活動のときは、
本名で出演する。

 今回は、会場内、涙、涙、また涙だった。
というのは、ピアノの荒井泰子さんが、
14ヶ月ぶりにステージに復活したのだ。

 昨年9月、六本木ヒルズを会場に、
難民を助ける会が
対人地雷全面禁止条約10周年記念チャリティ行事を
2日連続して開催したとき、
中井さんと荒井さんが出演してくださり、
ご来臨下さった高円宮妃殿下とも、
いろいろお話もした。

 ところがその1週間後、
荒井さんは脳梗塞に襲われ、
左半身が不随となった。

 その後の治療とリハビリの苦労は、
小学校の同級生であり、
長い間のパートナーである中井さんの言葉で言えば、
「チームメートの厳しい応援」で
なんとか“生きのび”
きょうから、右手だけでステージに復帰したのだ。

 まずは、こころから「おめでとう」と申し上げたい。

 人間にとって、ましてピアニストにとって、
どんなにつらかったことか、
思うだに、こっちも胸が詰まる。

 もちろん、片手での演奏といえば、
館野 泉 さんの先例もある。

 しかし、そんなことがどれだけ支えや励ましになっても、
人生をのろい、神さえ恨んだのではなかったか。

 会場での拍手は荒井さんへの祝福と、
それを支えた中井さんらのチームメイトへの
感謝に聴こえた。

 少なくとも、私自信は、
今述べたような関わりがあり、
ただただ嬉しくてしようがなかった。

各地での公演の純益と募金を合わせて、
今年は、50万円を難民を助ける会に
贈って下さった。

思いのこもった、重い浄財である。

十八番(おはこ)の「つりばしゆらゆら」では、
いつもは筝を演奏している小野美穂子さんが、
両手で、
荒井さんの左手のパートを連弾した。

小野さんの気持ちもさぞ、「つりばし」のように
揺れていたに違いない。

中井さんをリーダーとするこのチーム、
全国の学校や施設を、ほとんど一年中、
公演してまわっている。

このチームの公演にどれだけ多くの
大人や子供が感動し、
人生の支えを得たか、
計り知れない。

この10年を支えたスタッフや関係者を、
紹介する中井さんに、
会場から、
涙とともに、
絶大な拍手が送られた。
南朝行宮の花 [2008年11月02日(Sun)]


































  奈良県五條市の旧西吉野村賀名生(あのう)は後醍醐天皇以来、
3代の南朝の行宮(あんぐう)があったところ。

  その名家・堀家の前に咲いていた花。

  9月27日に訪れたとき、つぼみだったものが、
翌朝に再訪した際には、見事に開花していた。

  たった一輪だけだったのが、
なんとなく
都からこの奥地に逃れた南朝方の
孤高の帝たちを
連想させられて、思わず、
シャッターを切ったのだった。

  周囲には、同じ黄色の花が低く、沢山咲いていた。


      ▲∵△∵▲∵△∵▲∵△


     花に白い線が付いているのは、くもの糸。
法政、慶応、同志社も× [2008年11月02日(Sun)]









 去年の関東学院についで、
今年の5月には関西、
10月には法政、そして
今週は慶応、
さらに同志社の各大学の学生が、
大麻の所持、使用、栽培などで逮捕された。

 こうなると他の大学生はそんなことをしていないとは、
思いにくくなる。

 関係諸機関の厳重な管理・監督・指導もさることながら、
大学名、個人名を積極的に発表すべきである。

 新聞発表も、同じ逮捕でも個人名を明かさないなど、
手加減あるようだが、
そんなことではこの種の罪は防止できない。

少なくとも20歳以上については、
今朝の産経新聞が「同志社大4年の女子学生(22)=神戸市」
としているような報道ではなく、学部名、個人名も明記すべきである。

 マスメディアに多くの人材を送っている大学の場合、
以前は、しばしば「大学生が逮捕」「大学生がひき逃げ」などとし、
名前は出しても、大学名を出さなかったり、その逆だったりして
不公平な面があったと「聞く」。

 そういうさじ加減は不要である。一罰百戒、
たとえば、早稲田の学生が万一、麻薬で逮捕されたら、
「早大生、麻薬保持で逮捕」
「○×学部△年 ○浦×正」とフルネームで
報道すべきである。

学生というのは、甘やかされる権利を持っている存在ではない。

重々自戒して、していいことと悪いことをはっきりさせ、
自己責任をしっかり取らせるべきである。
空幕長解任は当然だが [2008年11月02日(Sun)]










航空自衛隊の田母神俊雄幕僚長の更迭は
当然のことと思います。

私はその論文とやらを読んでいませんが、
報道された概要だけでも、
弁護のしようがありません。

ここは、この“論文”を審査した、
審査員の名前を公表すべきではないでしょうか。
また、どこの論文コンペなのでしょうか。

任命権者の責任はないのでしょうか。

この人が、こういう思想の持ち主であることを
それまでの長い自衛官としての経歴の中で
知らないわけがないでしょうに。

本人は、解任後の自宅前記者会見でも、
笑みまで見せる余裕たっぷりの態度でした。

類似のケースで大臣を解任されたときは、
あわてて訂正し、平身低頭する人が多い中で、
その「確信犯」ぶりは立派といえば立派です。

大臣たちは、辞任するなら自説を貫くべきでした。

私は過ぐる戦争について、
全て日本が悪く、連合国が全て正しかったとは
思いませんが、
多くの点で、日本側が猛省すべきであると
思います。

自衛官の最高幹部がその地位を利用して
自説の公表を図りたいなら、
まず辞めて、その後にでもなさるがいいのです。

ただし、その前に、自説について、
よくよく吟味し、非の打ち所のないものに
磨き上げてこそと申し上げたい。

そんなところに、
国際派ジャーナリストのPさんから
メールが来た。同感である。

以下に転載させていただきたい。

▲ ∵△∵▲∵△∵▲∵△∵▲

 航空自衛隊の田母神俊雄幕僚長の
暴言、妄言は
改めて
政治家と同様に

軍隊という暴力装置を担う者の教育が大切なことを
考えさせられました。

彼の論文(というには余りにもお粗末ですが)を
優秀賞に選ぶ審査員たちも
お粗末を絵に描いたようなもので

日本社会の結構な地位に、
未だにこういう人間がいることのオゾマシサを
世界に知らせる結果になった責任を

田母神氏と審査員ら本人達は
どこまで認識しているのか。

「侵略」と言う言葉の重みを一体どの位勉強しているのか。
中国大陸だけでも百万以上の軍隊を長年送り込み、
1千万以上の犠牲者を出したこと、
その結果
敗戦、占領、正当に得た領土の喪失、東京裁判、サンフランシスコ条約、国連加盟、日米安保条約と辿ってきた
戦後の歩みを冷静に学び判断すれば

ようやく国際貢献を評価されるまでになった
自衛隊の幹部として
何を発言すべきか
熟知すべきです。

麻生総理らの的確迅速な処分によって
このような人間が
自衛隊の最高幹部にいたことの
悪影響は
今は表に出ていませんが、

一人の暴言の裏には
数十人の同類がいるといわれるのが組織の常です。

私の従兄弟は航空自衛隊の戦闘機のパイロットで
今は教官をしていますが

真面目に取り組んでいる隊員たちと家族の名誉を傷つけ
彼らに
後ろから切りつけるようなものだ、と

それも彼らを守るべき最高下部が裏切るのは
悪夢以外の何物でもない、と

大いに憤慨しています。


これからの外交に負わせた重荷を考えると
田母神(前)航空幕僚長と
その周囲の関係者への処分は
一過性で終わらせてはならないでしょう。

慰安婦問題での発言で
アメリカ政界を刺激し
慰安婦決議を実現させた
安倍元総理の例を見るまでも無く

貧弱な歴史認識が
以下に国益を損なうのか
指導的立場に立つ者は

田母神事件を教訓として

この際、
褌を引き締めてもらいたいと
思っています。

麻生総理、浜田防衛相の果断な措置で
この危機を切り抜けたからと
軽々しく終わらせないことが
肝心です。
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