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従軍看護婦の表記 [2008年04月09日(Wed)]











 東京・九段の「しょうけい館(戦傷病者史料館)」の事務局(http://www.shokeikan.go.jp)から、「従軍看護婦」という言葉の使い方について、こんな丁寧なメールをいただきました。

  先日、出掛けにお電話いただいたもので、「申し訳ないがメールにしてください」とお願いしていたのでした。誠実な対応に感謝しています。

  私は田中須磨子さんという、楽天の野村監督が「生涯一捕手」ならば、「生涯一看護師」というようなすばらしい看護婦さんと共同編集し、一昨年、『従軍看護婦たちの大東亜戦争』(祥伝社)を上梓しています。

  実際に執筆したのは、元日赤救護看護婦さんたちです。問い合わせに出てくる『ほづづのあとに』をさらにまとめ、日赤社長の畏友・近衞忠W氏に序文を書いてもらいました。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

吹浦忠正先生へ

先ほどはお忙しいところ、突然お電話を差し上げまして、大変失礼致しました。
大変ご無沙汰しています。開館準備の折には、メヂカルフレンド社発行の『ほづつのあとに』掲載中の写真の使用許可の件で、大変お世話になりました。

(その後、写真の件で連絡をとっていただいた秋葉ヤエ様のご家族の方々には、ご来館いただき、大変お世話になった旨を直接お礼を申し上げることができました。本当にありがとうございました。)

このたび突然に連絡をとらせていただいたのは、先生が「アンリー・デュナン」教育研究所にいらっしゃった折に編纂、発行された日赤看護婦の方々の体験記集『ほづつのあとに』(その後、続、続々をあわせた3冊)を、平成18年8月に祥伝社から再編集されて発行された『従軍看護婦たちの大東亜戦争』の件で、少しおたずねしたく思い連絡をとらせていただきました。

 実は、当館で昨年度制作した戦傷病者の証言映像を新たに公開するために企画上映会を今月末から予定しています。

今までは、当館では「戦傷病者とその家族」の人の証言映像を撮影制作していたのですが、昨年私が担当した方の中で、傷痍軍人の配偶者の方で、その傷痍軍人の方と結婚する前は、日本赤十字社の救護看護婦としてビルマに派遣され看護にあたった方からお話を聞く機会があり、このたび当館でははじめて救護看護婦の方のお話を証言映像として制作するはこびになりました。

その中で、制作した映像の中では、この方の身分を紹介する際に、当時の正式名称をもとに「元日本赤十字社救護看護婦」というテロップを用いたのですが、現在準備中の企画上映会の企画趣旨文では、一般の人にわかりやすく「従軍看護婦」(元日本赤十字社救護看護婦)」と説明して問題はないかどうか、この「従軍看護婦」という言葉の用法についてご教示いただけないかと思った次第です。

この祥伝社が発行した本では「従軍看護婦」という呼称が用いられていますが、この
冒頭の序文に近衛社長が9頁でもご指摘されているように軍直属の「陸海軍看護婦」と「日本赤十字社救護看護婦」は明確に区別されていたかと思うのですが、
この表題を「従軍看護婦」としたのは、その2者の総称ととらえてよろしいのでしょうか。
あるいは「この表題は祥伝社が勝手につけたもので、本来は「従軍看護婦」の呼称は用いない方がよい」ということなのか、大変細かいことで申し訳ないのですが、この点をおうかがいしたいと思った次第です。

日赤の方からすれば「従軍」したつもりはない、という風に仰られる方ももしかするといらっしゃるかもしれないとも思ったのですが、今回当館で制作した看護婦の方は昭和18年に召集がかかりビルマに派遣され、この方自身も「軍医の指揮の下で働いた」と仰られているので、「従軍看護婦」としても間違いはないかとも思い、その両者の間で悩んでいます。

大変細かいことを突然にお聞きして申し訳ございません。ですができるだけ正確な言葉の定義を調べてから判断したいと思い、先生にご教示賜りたいと思った次第です。

お忙しいと思いますので、お時間ある時で結構ですので、ぜひご教示いただきたく思っています。

どうぞよろしく御願い申し上げます。

      〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・

 以下は、これに対する吹浦からの返事です。

戦時における日本の看護婦には、おっしゃるとおり、陸軍看護婦と日赤救護看護婦がおりました。

しかし、日赤の看護婦も、日赤看護婦として軍属の扱いを受けたのです。ですから、総合的な呼称として「従軍看護婦」でよろしいかと思います。

「陸軍〜」「日赤〜」は所属の表示であり、「従軍」は職務の様態を示している言葉と言っていいのではないでしょうか。

また、どちらも赤十字のマークをつけていました。これはジュネーブ条約で定められていることです。

明治27(1894)年、日清戦争のとき、「婦人従軍歌」が作られました。軍歌の中では名曲の1つとされています。その歌詞をご覧ください。まさに、軍も日赤も、区別はありません。

 近衞日赤社長にも問い合わせました。

「通称としての従軍看護婦は定着しているので、通常それを使用することにとやかくいう対場にないが、ふだんはカッコででも、また、公式な場合には、日本赤十字社救護看護婦という言葉を使ってほしい」ということでした。
東京五輪への問合わせ [2008年04月09日(Wed)]






   周囲の灰色は床かテーブルの模様でしょうか。






奈良県在住のP氏から、「東京オリンピック旗についてお尋ね」として、以下のメールを頂戴しました。

◆ ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

吹浦忠正先生

 私は先生のブログ「東京オリンピック旗」の記載を拝見しました奈良県下居住のP(実際は記名していただいています。住所も、電話番号もあります・・・吹浦)と申します。

 誠に不躾で申し訳有りませんが、私は以前に知人より「東京オリンピックに使用されたと称する旗」を譲り受け所有して居りますが、五輪と日本国旗、アメリカ国旗、イギリス国旗が重ねてデザインされた物で、公式記録にも記載が無くスポーツ博物館等に聞いても判明しません。

御多忙中の処、誠に恐縮で御座いますが、別添写真の旗について、ご存知の事があればご教示願えないかと思いメール致しました。

旗の生地は木綿でサイズは3m×2m、紐穴が両端と中央の3箇所についています。
 何分宜しくお願い致します

**************************************

早速お返事させていただきました。東京オリンピック、とりわけ国旗や式典関係のことでしたら、どうぞ遠慮なくお問い合わせください。今、私は67歳。組織委員会の最年少職員(国旗担当専門職員)として、諸先輩に代わって回答することは、私の義務だと心得ていますので。

★.。.:*・゜★.。.:*・゜★.。.

この旗は私は初めて見ました。

少なくとも、オリンピック東京大会組織委員会で準備した旗にはこういうものはございません。私はすべての旗の発注を行い、約1万枚に及ぶ個々の旗を全部点検しましたので、この点は間違いございません。

また、東京大会ではすべての旗類をエクスラン・バンティングで製作しましたので、
木綿製と言うこともありえません。

一部の民間の方がご自分で製作し、そのときに用いたのかも知れませんが、
そうしたもののすべてを掌握することは出来ませんでした。

その旗の隅に製作したメーカーのラベルはございませんか。

もしありましたら、たいていの旗屋さんは連絡できますから、聞いてみましょうか。

ただ、私はこれは日本製ではないのではない可能性もあると思います。

3カ国の国旗の縦横比(このことば自体、私が東京五輪のときに“発明”した言葉です)がほぼ1対2になっているため、「日の丸」が貧弱に見えるからです。日本の旗屋さんは、まずそういうことをしません。当時なら、2対3か、ごく一部で7対10というのを製作していました。

 なお、五輪旗にかぶせるように3カ国の国旗のみを描いていると言うのも不思議と言えば不思議ですね。
 
 この程度の答えで、よろしかったでしょうか。
オーストリアの春 [2008年04月09日(Wed)]









 各地から季節の便りと写真が送られてきます。

 ピアニストの山季布枝(やまき・のぶえ)さんは、
オーストリアのハイリゲンシュタットの春を
撮影して送信してきてくださいました。

「ベートーベンが遺書を書いたハイリゲンシュタットです」
との解説つきで。

 山季さんは、私の「音楽の師」であり、仲間です。

 ウィーンで10年修行されたピアニスト。
そのやわらかく独特な「ヤマキ・サウンド」の演奏もさることながら、
世界史と日本史、それに音楽を絡ませた「歴史小話」や
ピアニストの裏話が面白く、
東京財団で以前、283回開催した「虎ノ門DOJO(道場)」で、
みなさまの要望で、
2度、ほとんど連続で講師を勤められた方です。

 CDもいいのがたくさんあります。
詳しくは、山季さんのHPをご覧ください。

 5月8日には夕方7時から、横浜のみなとみらいホ−ルで、
リサイタルがございます。

 HPをごらんの上、私にメールでお申し込みいただいても結構です。
fukiura@eri-21.jp
です。
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