CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る
« 2007年09月 | Main | 2007年11月»
<< 2007年10月 >>
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      
最新記事
カテゴリアーカイブ
月別アーカイブ
英国社会の成熟ぶり [2007年10月23日(Tue)]



 








 写真上(ウィキペディアより)が、エリザベス2世、
下がヘレン・ミレン演じる女王(プログラムより)。


















  下3葉の写真はプログラムから。






 1952(昭和27)年、エリザベス2世(1926〜)の戴冠式が行われたとき、私は小学生だった。敗戦からほどない極東の日本から、皇太子殿下がロンドンに赴かれた。

 小学生新聞で読んだときの憧憬の気持ちが今も忘れられない。「英国の王室」の威厳に圧倒される気持ちはそのときから始まった。

 爾来、英国の王室と王室制度に強い関心を持ってきた。それだけに英国映画「The Queen」は是非見たいと思っていた。先日、ようやくそれがかなった。

 10年前、1997年8月31日、ダイアナ元皇太子妃がパリでの自動車事故で亡くなった。この映画は、今まで語られることのなかった事故直後の王室の混乱、そして就任直後のブレア首相の力量、さらに女王の苦悩と人柄を描いたすばらしい作品だと感動した。

 女王という、雲の上の存在がかくも一人の人間として苦悩し、判断し、王室の危機を乗り越えたのだということを、この島国の一庶民にも納得させるだけのものを描き出している。

 主演のヘレン・ミレンは女王になりきっている。道で出会いでもしたら、私などはお辞儀をするか、卒倒しかねまい。姿や形はあるいはメイクでいろいろできることなのかもしれないが、風格や品格まで、演技者として女王になりきっている。さすがは、第79回アカデミー賞主演女優賞を授与されているだけある。

 そして映画全体の深みがいい。女王がロンドンに戻るべきか、女王不在のバッキンガム宮殿に半旗を掲げるべきかなどを巡っての女王と首相の綱引き、同じ事態をそれぞれの立場で見れば違うという判断も、よく描かれているし、首相がどうにかして国民と王室の架け橋になり、王室制度を維持しようとする姿もまた巧みに描かれている。

 女王が自ら4輪駆動車を単独で運転したり、バッキンガム宮殿の門前に出て、置かれた花束の山と、国民からのカードに目をやり翻意してゆくあたりは、もしかして実写フィルムではないかと思うほどの名演技である。

 こういう映画が10年を待たずに製作されるという英国社会の健全さは、どこから来るものかと思わざるを得ない。英国社会の成熟振りもまた垣間見ることができた。
アンチ巨人ではあるが [2007年10月23日(Tue)]





 開演前にご挨拶する林美智子さん。





 私は「アンチ巨人」。

 だから、CSでドラゴンズに3連敗したとき、
すぐさま名古屋在住の友人F氏に電話して
「喜び」を分かち合った。

 巨人軍のお粗末は今に始まったものではない。
あれだけカネにものを言わせ、
伝統にすがり、
やたらチヤホヤされる選手に、
大した人物はいないと、確信する。

 そうなると、「ミスター」などと呼ばれている人物も
好きにはなれない。

 ところが、その「ミスター」なる人を
(謙虚に言えば)おそらく正当に評価している
畏友・三好秀和くんのお勧めで、
私は「林美智子後援会」なるものの会員どころか
後援会の発起人にまでなっている。

 同姓同名の作家とはもちろん別人物、
こちらはいまや、売れっ子のメゾソプラノ歌手である。
 
 2年前にできたこの後援会、
三好くんが会長で、「ミスター」は名誉会長なのだ。

 先日、その私的なリサイタルが行なわれた。
名誉会長や会長はもちろん出席、
林さんの歌声はますます磨きがかかった。
2週間に4回もオペラシティで
「フィガロの結婚」のケルビオーノ役をしているさなかでの、
このリサイタルである。

 クリクリお眼目をパッチリと開いて、
情熱的にイタリア歌劇のアリアを聞かせてくれた。

 この2年間、林さんの急成長ぶりはこちらが、
細い目をシパシパしながら、驚いている。

 渡された公演予定メモによれば、
目白押しに過密な演奏日程が詰まっているようだ。

 三好くんの目の高さに驚嘆するほかない。

 聞けば、長嶋さんは林さんの学生時代(東京音大)からの
支援者で、
アテネ五輪の壮行試合で林さんが「君が代」を独唱したのは、
そのあたりが関係していたようだ。

 盛大な拍手でアリアが終わった。
「アンコールは長嶋名誉会長のリクエストで、
今回も山田耕筰の『この道』です」。

 それはそれはすばらしい歌唱だったが、
率直に言って、私には気に入らないところが
1ヶ所だけある。

「あ〜あそうだよぉ」のところだ。
あそこはブレスしないで、一気に歌ってほしい。
日常生活でも「ああ」で息をして、
それから「そうだよ」とはめったに言わない。

 帰宅してから、鮫島有美子、松本美和子、岡本喬生、
ダークダックスと聞き比べたが、
「あ〜あ」でブレスする人はいなかった。

 林さん特有の解釈かもしれないが、
私には不満だ。

 今度、松田トシ先生にご意見を聞いてみようと思う。

 ところで、名誉会長。
不自由な右手をポケットにいれたままなので、
拍手もできず、お気の毒というほかないが、
2年ぶりで拝見したその顔色は喜色満面、
すっかり元気になった様子で、
この「アンチ巨人」も、うれしくなった。

 リハビリを懸命にやってるんだろうなと思いつつ、
やはり、さすがは「ミスター」といわざるを得ないかと
「半分」脱帽した。


これぞ名演奏のCD [2007年10月23日(Tue)]





 新発売のCDのデザインがまたいい。






 山季布枝(やまきのぶえ)先生の
何枚目かのCDが発売された。

 ベートーベンの「月光」第1楽章から始まって、
ドビュッシーの「アラベスク」「月の光」、
ラモーの「鳥のさえずり」、
モーツアルトの「幻想曲」、
ショパンの「別れの曲」、
瀧廉太郎の「憾み(うらみ)」といった
超有名な曲が15曲収録され、
最後に、
本邦初演と思われる、
ハンガリーの作曲家ドライショック(1818〜1869)の
「幻想曲」(これがなかなかいける!)が
おさめられている(全16曲)。

 企画・製作はかの中野雄先生。
若きころは東大オーケストラのコンマス、
ケンウッドの社長・会長を歴任され、
音楽プロデューサーとしてはわが国屈指の人。
天満敦子を育てたことでも知られている。
私も天満さんの紹介でもう10年近く
お付き合いをいただいている。

 昨年の今頃行なわれた
松田トシ先生の門下生による「松の実会発表会」に来られた
山季先生はその場で、
何を間違えたか、
3月26日、紀尾井ホールで
「山季布枝と素敵な仲間たち」というコンサートをするから
「出演せよ」とご命じくださった。

「松の実会」では私は“前座”にすぎず、
ご冗談をという気分でいたが、
その後、
とんでもない光栄なことが真面目に準備されている様子で、
そこから大慌てで練習に励んだ。

 さて当日、
中野先生には
「私が出演するというのは“清水の舞台から飛び降りる”んだから、
2度とありません。5分でいいですから必ず来てください」
と頼み込んだ。

「日程上、まったくムリ。どうしても伺えない」と中野先生。

 それでもしつこい私は
「夜の本番がムリなら、ゲネプロの時にでも顔を出してください。
なんたって私が歌う最初にして最後の機会なんですから」
と強引に迫った。

「それなら2,30分お付き合いしてあげてもいいよ」。

 かくして、先生は3時ごろ客席に入ってこられた。
紀尾井ホールのスタッフたちが
にわかにピーンと張り詰めたようになった。
念のために言うと、業界における中野先生は、
それほどのプロデューサーなのだ。

 そして、私には「立ち位置を5センチ前に」と指示した。
もうそれだけで、歌いやすくなるのだ。
あの間隔と感覚は忘れたくない。

 ま、そんなことはこの際どうでもいい。
山季先生の演奏になったら、
今度は中野先生のお顔に緊張が走った。

ゾッコン! 
2、30分が2、3時間になり、
挙句は「全くムリ」のはずが、
山季先生の演奏だけの第1部を全部、
お聞きになられた。

 なんとナント、「肝腎の私」が出るころには、
(当然とはいえ)影も形もなかった。

 その後は実力者同士、とんとん拍子に話は進み、
「私がプロデュースして、秋までにCDを出そう」
ということになった。

それがこのCD『山季布枝ピアノコンサートvol 1』。
 そんじょそこらにない名演奏。ほんとうにそう。
 私はともかく、中野先生を信用して、
 是非、ご鑑賞ください。

 ウィーンで10年修行した人による、
「音楽の都ならではの音」がする。
 それは優美で、繊細で、心にしみる音色である。

発売元はアートユニオン、
品番はART−3113、
¥2800(税込) 楽器店、CDショップ、インターネット、
それで見当たらなかったら、サロンドアール山季
(03−3710−8899)へお電話を。


| 次へ