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ハワイの食事 [2007年10月20日(Sat)]





ワイキキのレストラン「TIKI」にて。
 10月17日撮影。




「小錦や武蔵丸がいっぱい歩いている」
というのが、目に付いた。

「太っていることに価値を見出すポリネシア文化が
ハワイの価値観の源流だから」という人もいる。

確かに、NYはじめ他のアメリカ各地にも、
日本より肥満型の人は多いが、
ハワイには特別多いような気がする。

要するに、アメリカ人、とりわけハワイの人たちは
食べ過ぎだということではないか。

朝、ホテルでホットドッグを注文したところ、
分厚くかつ特大のが3枚重ねられて出てきた。

会議中に出された昼のビュッフェは
2日間とも半分は余った。

夜のステーキはご覧のとおり。
これでも4分の1は食べてからの撮影だ。

街に出れば、杖や松葉杖、小さな車輪のついた歩行補助器具を
使っている人がなんと多いことか。これは要するに太りすぎて
膝や腰に不都合が出来たからであろう。

「ひょっとするとこれはアメリカの国家的大問題かも」と
思ったら、とたんにナイフフォークが止まってしまった。

どこかから、
「お前がいうセリフか」
という声が聞こえてきそうだ。

帰宅して計ったら、この一週間で1キロ、太っていた。嗚呼・・・
ハワイの印象 [2007年10月20日(Sat)]





 ワイキキ・ビーチの夕焼け。
10月17日(現地時間)撮影。







 4泊6日の強行軍でしたが、ハワイから戻ってきました。

 80数カ国に行ってるし、
ロシアに至っては100回は訪問しているのに、
ハワイは初めてでしたので、
いい歳をして、
いろいろ感動もし、
考えさせられもしてきました。

 少しずつ、書いて行きたいと思います。

 初日は、日本総領事館への表敬と時差調整、
次の2日間は、日米文化協会を会場に終日、会議でした。

 基調報告は私がしましたが、
「もちろん」それとはおかまいなしに、
日米韓の学者や専門家が
夢中になってしゃべり続けました。

 私も多くのものを得ましたし、楽しく議論に
加わりました。

「緊急事態にどう対応するか」と
「東アジア情勢についての分析」に
使える時間をフルに使いました。

 4日目は、民間防衛センター、国境警備隊、
アリゾナ記念館、ミズーリ号、そしてヒッカム空軍基地の
見学でした。

 ですから、ワイキキに泊まりながら、
海岸を散歩する暇もほとんどないような日々でした。
これを「充実した日程」というのは
あまりに可愛そうです。

 今回のハワイ訪問の印象を大雑把に申し上げますと、
第1に私はハワイってもっと豊かなところだと
誤解していました。でも、クルーザーやヨットを持って
楽しく暮らしている人もいれば、
街角には乞食までいました。

 要するに、大変な格差社会であるということのようです。

 第2は、日本人観光客の激減です。
15年ほど前の最盛期は220万人、
昨年は130万人なのだそうです。

 第3は、その日本人が、真珠湾(Pearl Harbor)には
ほとんどいなかったということです。

 もっとも、16年前、某有名女子大学で講演したとき、
「真珠湾ってどこにありますか?」と訊ねたら、
ある学生が、
「ええと・・・」と考えて、
「三重県です」。
これではいかに「妙齢の美女」であろうとも、
がっかりでした。

 第4は、オアフ島はワイキキを中心とする観光での「島づくり」と
真珠湾やいくつかの空軍基地などから成る「軍都」としての役割を
合わせ持っているということを
いまさらながら感じさせられたということです。

 それにしても、何人かのハワイの人に
「日本では、ハワイはパラダイスだと言われていますが、
あなたもそう思いますか?」と訊いたところ、みなさんが
「ええ、そう思います」
というのです。空気と景色がきれいで、
気楽な暮らしでというのですが、
私にはいくつも気になったことがありました。

 次回から、もう少し詳しく報告します。


スキンシップとセクハラ(再録) [2007年10月20日(Sat)]








 先週までの数日、大学の先生方との研究会が相次いだ。

 そこで開会前に話題になったのが、またぞろ、セクハラ問題。

 概して男性の教員よりも、女性の教員のほうが
「今のセクハラ騒ぎは過剰だ」
「こんな時代感覚では一層少子化が進む」といった意見が多く、
若い男性教員たちからは、
「何を言われるか解らないので、ばかばかしくて
1対1では指導できない」
「女性による男性への性差別の1つだ」
「研究室に一人でこられては困る」
という意見が出された。

 50代後半のA教授は、
ある女子院生が4年かけての苦戦の末、
修士論文が最終的に立派に出来たので、
肩を叩いて褒めてあげたら、その院生が
「みんな先生ののご指導のおかげです」
といって、ワァッと泣きついてきたのだそうだ。

 その院生を軽く抱きとめて(「抱きしめて」ではない)
「ずいぶん厳しいこともいったがよく頑張ったね」
と祝福したというのだ。

 ま、当人からの話しか知らないので、確証ははないが、
この様子を見た、たまたま同じ研究室内にいた
複数の学生から、これがセクハラだとして問題にされ、
学部長に「不注意だと」厳しく叱責されたというのだ。

 本来、
「身体の接触や肌の触れ合いによる親密な交流」が
「スキンシップ」。

 これは世界的というか、人間はもちろんすべての動物に
共通なことであり、心の交流の結果である。

 母子間での直接的な皮膚接触が大切だと、
育児の本にはかならず書いてある。

 しかし、もちろん度を過ぎてはいけないが、
私はこれが事実なら、学部長のほうが
少しおかしいのではないかと思う。

 とかくこの世はすみにくい。すみにくいからとて
越す国がないことは漱石先生が教えてくれた。

 しかし、わが友人には、東京の自宅を貸して家賃をとり、
ニュージーランドで暮らしているのもいるが、
こうしてみると
今は少しは事情が違うようになって来た。

 閑話休題。
「セクハラ」はしばしば、一方的で強制がともなうことではないか。

 しかし、そこまで行かない段階では「スキンシップ」との領域分界が
かなりに難しい。時と所でも違う。

 いつかクロアチアに行ったとき、
空港に出迎えてくれたはじめて出あった若い女性に
めちゃくちゃ抱きしめられ、チュッ、チュッ!

 さすがの?私もいささか面食らったこともある。
「所変われば」の異文化体験だ。

 要するに相手が嫌がることを繰り返すのは
「いけません」ということで、それ以外には
今少し寛容でいいのではないだろうか。

 もちろん、日本では何であれ、よく知らない人に
接触しては「いけません」。

 軽い冗談のつもりでも、相手の嫌がることを
繰り返しては「いけません」。

 一度は許されることがあっても、繰り返したら、最悪です。

 性を話題にしては「いけません」。権力や上下関係、
利益をからめて、いかなる形であれ
性的に迫るのは「いけません」。

 これらはみんな「セクハラ」になるの「だそう」です。

 そしてその行為や言動が
「セクハラ」になるかどうかは、
本人が決めるのではなく、
対象となった相手が「勝手に」決めることができるのです。

 実際の判例などをみると、
そうとしか言いようのないのです。

 諸兄よ、
「ああ、兎角この世は住みにくい」と、私とともに慨嘆されたい。

 これでは恋が減って少子化が進むのは
当たり前ではないでしょうか。

 以上、自称・人畜無害の筆者の独り言。

 (この話の後半は、以前にも書きましたが、折りしも、
こんな話題がありましたので、再録しました。)

草と木の区別 [2007年10月20日(Sat)]





 これは草か、木か。萩なんですが・・・



 仏教では、「山川草木悉皆成仏
(さんせんそうもくしっかいじょうぶつ)」
と説く。

 それはそれで正しいのだろうが、
「山と川」の区別はついても、
「草と木」ってどこで区別するのかな?
             
 こういう一見自明のことの違いを説明するのは 
至難だ。

 読者諸兄姉、如何とす。

 こういう時はものの本に頼るほかない。

『日本語大辞典』によれば、草とは「茎が柔らかく、
木質でない植物。草本」であり、
木とは「多年生の植物のうち木質の茎を持つもの。木本」。

 木には、高木・低木、広葉樹・針葉樹、常緑樹・落葉樹がある。

 また、『広辞苑』によれば、草とは
「草本。木質があまり発達しないで柔らかい茎を有する植物」であり、
木とは「木本の植物。高木・低木の総称」とのこと。

 うまいこと説明するものと感心するが、
実際には、どちらかわからないような、
草とも木ともいえそうなものがいろいろあるようだ。

 セイヨウニンジンという植物がある。
名前は野菜、実際は木である。

 どうやら結論は、
茎の硬軟で区別するよりほかなしということのようだ。

 オダブツ、オダブツ。


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