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東京オリンピック [2007年10月10日(Wed)]














開会式。「東京オリンピック公式記録」より。
    





   開会式の日の筆者。国立競技場アリーナで。




 きょう10月10日は、本来の「体育の日」。
43年年前、
第18回オリンピック東京大会開会式が行なわれた日だ。

 他方、台湾では辛亥革命(1911年)を記念する「双十節」。
台北市内の総統府前で、
16年ぶりの軍事パレードが実施されたとの報道がしきりだ。
 
 台湾の空軍力が相当なものであることは
大いに注目すべきことであるが、 それはさておき、
1964(昭和39)年の10月10日に話を戻そう。

 この日、東京では、明け方まで続いた雨が
まるで奇跡のように晴れ上がった。

 当時の私は、未だ早稲田の学生であったが、
組織委員会の国旗担当専門職員であった。

 最年少職員であり、
それはもちろん今日でも最年少OBである。

 だから、
NHKの「プロジェクトX」などという番組や、
さまざまな機会に当時の様子を聞かれることが多い。

 これも諸先輩のご苦労を称え、
ご指導に感謝することと思い、
忙しくともインタビューには素直に応じている。

 組織委のスタッフは、開会式の直前まで、
電光掲示板の故障で、
お先真っ暗という気持ちでいた。

 故障は永田さんという技師を中心に、
関係者が徹夜で修理に当たり、
かろうじて復帰した。

 コンピューターがまだ、
信頼性の低い「魔物」か
「巨大なおもちゃ」だった時代に
よくぞ、滞りなく活用できたと、
今になって振り返っている。

 信じられない人も多いかと思うが、
開会式で活躍したひとつが手旗信号。

 坂井義則君という早稲田のランナーが
聖火を持って国立競技場に入ってくるのは、
聖火台からもよく見えるが、
いよいよ点火というときが一番難しい。

 プロパンガスを放出するときと、
坂井くんが聖火を点ずるときが
ピタッと位置しなければ、
演出上もまずいし、
場合によっては危険でもある。

 メインスタジアムの式典本部から
そのタイミングを指示するのに、
ハンドトーキーも使用したが、
これも今の携帯電話より信頼性が低い。

 結局は、
メインスタンドの式典指揮司令部で手旗信号を送るのを
聖火台のすぐ下にいる職員が双眼鏡を見て、
「ガス放出はじめ。バルブ全開! 点火!」と
叫ぶのである。

 アナログ時代の最たるものだ。

 坂井くんは19歳、
広島に原爆が落とされた1945(昭和20)年8月6日の生まれ。
陸連の幹部がそれゆえに、
アメリカへの皮肉を込めて坂井くんを選んだという説があるが、
それはあまりにうがちすぎというものであろう。

 私は、予行演習では
畏れ多くも昭和天皇の代役をしたりしていたが、
本番ではひたすら国旗ばかりを見て間違いがないかと点検、
再点検、
再々点検をしていた。

 しかし、式典課の他の職員たちは、
いかにも日本の組織らしく、
各次第が予定より何秒早いかを測定し、
場外に通報・指示したり、
航空自衛隊に連絡して、五輪の輪をえがくジェット機を
はるか遠くで旋回させたり、それはそれは大変だった。

 東京五輪の開会式は、規模といい、意義といい、
戦後、最大のイベントの一つではなかっただろうか。

 戦後19年、
あの五輪の成功が、
沖縄・小笠原・北方領土の返還をのこしてはいたものの、
「戦後は終わった」という実感、
日本人としての誇りの回復に
大きく貢献できたことは確かだったと思う。

 そして東京オリンピックのちょうど中日(なかび)に、
中国は初の原爆実験を行なったのだ。

 当時はそれを讃えて、
「中ソの原爆は平和のため、
米英の原爆は帝国主義的侵略のため」と
大真面目に言う人が少なくなかった。

 ところで、来年8月8日、
今度はその中国の首都北京でオリンピックが開かれる。

 まさかそのさなかに
日本が原爆実験をして「報復」するようなことはあるまいが、
五輪の最中に実験をしたという「あの日」の新聞の見出しは忘れられない。
 
 私はきょうのある研究会でこう言った。
「正直、国旗の逆掲揚をしまいかと、心配している」。

 東京オリンピックで私は至上命令として、
そのことの阻止に、創意工夫、努力と忍耐
あらゆることをした。全力を尽くした。

 日本は1958(昭和33)年のアジア大会のとき、
国立競技場で中華民国の国旗を逆さまに揚げるという
大失態を演じていたからだ。

 国旗の政策を担当している北京の皆さんの苦労は
よ〜く解る。

 自惚れているかもしれないが、
おそらく私が一番理解できるのかもしれないとさえ、
思っている。

 是非、北京のみなさんも
東京大会の苦労を想像してみてください。

 北京の関係者が「タネ明かし」か「秘訣」でも聞きに来るなら、
喜んで、いつでも教えてあげたいと思っている。



鈴鹿での花(下) [2007年10月10日(Wed)]































 三重県鈴鹿市の
高野興業緑化事業部で
出会った花の続きである。

 親友・高野國夫氏が今、一番、
汗水流している所だ。

「あいつ」は本当の意味で実業家だ。
にいい仕事をしている。

 それに比べれば、「オレ」は本当に
「虚業家」に過ぎないと
昨今、飲めば愚痴りたくなる。

 これは、老化か、ホンネか、
はたまた、文弱の身の劣等感か・・・

鈴鹿での花 (上) [2007年10月10日(Wed)]

































「サツキとツツジ」の話で、
三重県在住の親友・高野國夫氏のことを書いたところ、
新潟在住の「妙齢の美女」さんから、
「あちらはまだ秋ではないのでしょうね」という言葉と共に、
「高野氏の緑地センターとやらを見学したのなら、
めずらしい花もあったのではないか」との
メールをいただきました。

 珍しいかどうかは兎も角、
いくつかの花と出会いましたので、
2回に分けてご紹介します。

 撮影したのは9月26日、鈴鹿市でです。
台湾国連加盟の意義(下) [2007年10月10日(Wed)]






    会場には100を超える花輪が並んでいたが、
   「衆議院議員安倍晋三」というこの生花だけが、
   壇上にのせられていた




 もう一点は、
台湾は1990年代から民主化して、
台湾は民主国家となり、
日本と同じ社会的価値観を共有するようになりました。

 それに引き換え、中国はいまだに独裁国家です。
 
 そういうところに台湾を押しやって併合させることは、
日本自身の自由や民主主義、人権という
社会的価値観に照らし合わせて、よいものなのでしょうか。

 もしそうであれば、日本の自由、民主主義をも
破壊することになりかねません。

 だから台湾を「国家ではない」と言うべきではないのです。
 
 国際社会において、台湾というのは、
世界中の国々の中で、あらゆる分野において、
ほとんどが20位以内に入る国力を持っています。

 それにもかかわらず、
台湾は国家ではないというのは事実に反しているのです。

 そして、そう言わせるのは何かというと、
中国の強引な主張のためなのです。

 このような国際社会の現象は、
日本国内で大きな問題となっている
教育問題、いじめの問題とつながるのです。

 いじめの問題を解決するには、
加担してはならない。黙って見ているだけではいけない、
怒って反対しなくてはならない、という原則があります。
 
 国際社会のいまのいじめに対して、
日本は本当に、台湾は中国の一部だといって、
事実に反し、自分たちの利益にも反してまで、
加担するのでしょうか。

 いじめに対処する原理と同じように、
きちっと自分の考えを表明すべきであると思います。

 これは日本に対する一番大きな期待であります。
台湾国連加盟の意義(上) [2007年10月10日(Wed)]






 研究所生活をしていると、
さまざまなところから実に緊張する情報も入ってくるし、
わが蒙を開いてくれる貴重な論文にも接することができる。
すばらしい人との情報や意見の交換も頻繁にできる。

 きょうも、今から小池百合子さんにお越しいただき、
大宅映子さんをはじめ、
各界で活躍している数人と、
忌憚ない懇談をすることになっている。

 かくも自由に研究と社会活動に没頭させてくださる、
日本財団に衷心より感謝し、
天下国家に少しでも役立つ仕事をしたいと、
時には心を引き締める。

 そんな中で、
尊敬する許世楷台北駐日経済文化代表処長(大使)の
論文を読んだ。

「中華民國96年双十国慶節」の記念レセプション
(10月4日、ホテルオークラ)で配られた
「台湾週報」に掲載されているものだが、
さすが、
わが先輩(早稲田の大学院で同じ松本馨教授ゼミの7年先輩)! 
眼からウロコの説得力を持つ、
台湾国連加盟問題についての論旨である。

 主要部分を転載させていただきたい。

  ☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜

 台湾と日本の関係において、
直視しなければならない重要な問題が、
台湾の国連加盟問題です。

 今年、台湾ははじめて「台湾」の名義で
国連に加盟申請をしました。

 これについて日本は「台湾と国交がないので、
台湾を国として対処するわけにいかず、
台湾の国連参加を支持できない」と表明しました。

 しかし、国であるかどうかは、
国交があるかどうかと関係ありません。
国連に加盟しているいくつかの南太平洋の小さな国々は、
国交を30カ国くらいしか持っていません。

 大使館を置いていなくても、それでも歴とした国家なのです。

 国交と国家であるかは関係ありません。
 1971年以前、日本と台湾は国交を持っていましたが、
断絶した直後に国がなくなったわけではありません。

 わが国がいま、日本に最も期待していることは、
今のまま中国と国交を持ち続けたままでも構わない、
台湾と国交を持たなくてもいいから、
台湾が国家であるという事実を
否定しないでほしいということです。

 これについて、「日中共同声明」において
中国が「台湾は中国の一部」と主張したことに
日本が「理解し尊重する」と答えたのは、
「承認」とは違います。何が違うのかというと、
「承認」というのでは縛られてしまいますが、
「理解し、尊重する」というのは幅があります。

 どこまで理解し、どこまで尊重するかは
日本国が幅を持って決められることです。

 何を基準に日本は考えればよいかというと、
いまわが国から言えば、日本の国家的な安全を考えて、
「台湾が引き続き、現状変更せずに、
独立していくことを日本はよいと思うのか」
それとも
「現状を変更して、台湾を中国に併合させてしまうほうがよいのか」
を選択すべきなのです。

 日本の安全保障にとって、もしも前者であるならば、
日本は台湾を「国家でない」と言って、
台湾を中国に押しやるようなことは
自国の国家利益に反しているはずなのです。
(つづく)
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