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ロシアの少子化対策 [2007年10月06日(Sat)]


























    国後島や択捉島で出会った子供たち







 ロシアでは紛争や事故で若者が亡くなる例が多い。
 おそらくG8では最大ではないか。

 交通環境未整備のまま
急速に自動車が増えたことによる交通事故、
「伝統の」アルコール中毒、麻薬・・・
人口減を引き起こす社会問題がいろいろある。

とりわけ、
シベリア以東のロシアの人口減は深刻な国家的課題だ。

 希薄な人口に豊富な資源となれば、否応なしに、
中国や北朝鮮からの労働力の導入が必要になってくる。

 そこで、ロシアでも少子化対策が急務となってきた。

 それだけに対策はいささか過激だ。
国会議員や大統領の選挙が近いこともあるせいか、
いささか人気取りといえなくもない政策が、
この夏から打ち出された。

 先日、国後島で聞いた話。
 この夏から、医師の診断で妊娠がはっきりすると、
病院から大きな箱が贈られるようになった。

 昼食会で隣り合わせになった行政府の女性が
一見して「おめでた」だった。
 
 そこで、聞いてみると、もらった箱の中には、
紙オムツ、衛生用品、化粧品、
母親の権利が記された小冊子などの品々が
入っていたのだそうだ。

 さらに、ビタミン剤や栄養補強剤も無料でもらえるほか、
さまざまな母子検診も無償で受けることが出来るという。

 最初の1人出産すると本土では8千ルーブル(約3万8000円)、
2人目からは、教育費と住宅購入費として25万ルーブル(約118万円)の補助金が支給されるのだそうだ。

 シベリア以東、北方領土までは
それが一人目から25万ルーブルもの一時報奨金が
支給されるのだそうだ。

 ロシアではソ連時代以来、
医師や学者の給料は低いが(知識人は
労働者や農民に奉仕する役割とされた)、
今回は、医師側も1人の出産を担当すると
3千ルーブルの報奨金を得られるとあって、
この政策の推進に積極的だとか。

 それでも隣り合わせの女性は、
「(行政府に勤めている)夫は、あと2年ここで働き、
モスクワに移住し、
二人目はモスクワでともくろんでいるのよ」と語っていた。

 どこの国でも少子化や過疎対策は難しいようだ。
トラック2の役割 [2007年10月06日(Sat)]





   択捉島の散布(ちりっぷ)山。1588m。日本固有の領土である。.








    北海道・猿払村の海岸に建つ、ロシア船遭難者慰霊碑




 10月5日、ミユーラシア21研究所では、
都内のホテルでミハイル・ベールィ駐日ロシア大使を主賓に、
ミハイル・ガルージン同公使、
ユーリー・サプリン同アタシェ(ロシア側通訳)をお招きし、
佐瀬正盛安全保障問題研究会会長、
木村汎、袴田茂樹、兵藤長雄の各ユーラシア21研究所理事、
吹浦忠正同理事長、吉岡明子同常務理事で
夕食をともにしながら、日露関係を中心に意見交換をした。

 こうした会合は、末次一郎の主宰していた
安全保障問題研究会が
1973年に第1回日ソ専門家会議を開催したときから
続いているもので、
いわば、ハラを割ってホンネで話し合う貴重な場であると、
双方が評価してきた。

 この間の35年には
日ソ・日露関係は紆余曲折、
函館への亡命、アフガン侵攻、ドイツ統一、ソ連邦の崩壊、
相次ぐ首脳会談、漁船員の射殺・・・多くの劇的な出来事があり、
また、大使にもさまざまな性格と背景を持った人がおり、
今振り返っても、多くのドラマが彷彿としてくる。

 一つ一つを列挙するわけには行かないが、
このグループによる「トラック2」としてのルートで
道が拓けたこともいくつもある。

 少なくとも、クレムリンの幹部に
「日本にも一筋縄ではいかないが、
理屈をしっかり聞いておかねばいけない奴らがいる」
「それが日本の与論に影響力を持ち首脳や
政治家・官僚に一定の影響力を持っている」という程度の評価は
インプットされていると確信する。

 ところで、ベールィ大使は、中国の専門家。
シンガポールとインドネシアの大使を経ての
このたびの着任だが、
モスクワで外務省のアジア局長であったこともある。

 当時、私たちは『日露平和条約への道標』という
ロシア語の本をモスクワで出版し、
お届けしたときもある。

 大言壮語をせず、柔和で頭のきれる人という好印象で
一時間余、局長室で意見交換をした。

 先日、東京・日本財団ビルで開催した
「サハリンフォーラム2007」でも開会式と第1セッションに大使は参加、
私がある大事な提案をしたことに対し、熱心にメモをとり、
その夜、自ら主催した、大使館でのレセプションで
ファオローし、さらに公使にも調査を命じるなど、
いろいろ動いていた。

 私の提案というのは、
来年7月に行なわれる洞爺湖サミットに来るロシアの首脳が、
サミット終了後、
北海道の猿払(さるふつ)村を訪問してはどうかということだ。

 以前、小欄で少しご報告したが、1939(昭和14)年、
この村の沖で遭難したソ連船から、
村人たちは702人を救出(500余人が死亡)するという
「インディギルカ号事件」があったのだ。

 この地を訪問することは、日露関係の改善に、
かならずや貢献するものと確信する。

 私は外務省の幹部や猿払村の村長にも
こういう動きをしていることを数日前に、通報しておいた。

 いずれにもせよ、停滞している日露関係ではあるが、
なればこそ、いかなる場合でも意思疎通を欠かないという、
<トラック2>が存在していることの意義は高いと思うし、
今までも応分の役割を果たして来た。

 次回は、狸穴のロシア大使館で懇談することも約束された。

 北方四島の返還を実現して、
日露間に真の友好協力関係を構築するという目標に向かい、
わがネットワークは今後とも、全力を尽くす所存である。



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