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7人に1人が銃保有 [2007年10月05日(Fri)]




  レソトの国旗。これも小型武器。





 スイスのジュネーブ高等国際問題研究所は8月に、「2007年版小型武器サーベイ」を発表した。それによると、世界全体での小型武器の保有総数は、8億7500万丁に上るという。これは約7人に1人が小銃など小型武器を保持していることになる。

 この数字にはもちろん、各国の軍隊が世紀に保有しているM16やカラシニコフを含んでおり、ミャンマー(ビルマ)のように民間人を射殺する例もあるが、問題はむしろ民間に出ている小型武器ではないか。

 民間での保有数は6億5000万丁。これは全体の約4分の3を占めている。

 民間人の保有が最も多いのは、アメリカで約2億5000万〜2億9000万丁。人口比83−97%にもあたる。

全米ライフル協会の政治的、社会的影響力の強さを示しているといっても過言ではあるまい。

私にとって意外なのは、2位のインド。3200万〜6000万丁と、3位の中国の3000万〜5000万丁だった。両国でどうしてこんなに民間に武器の保有が認められているのか、不思議なくらいである。これが社会不安の原因にならなければいいが。
町づくりへの情熱 [2007年10月05日(Fri)]





    外間守吉与那国町長





「辺境の町」与那国(沖縄県)を台湾の花蓮との交流によって、日本の先端地域にしようというのは、もちろん与那国町の外間守吉町長が中心だ。われらが田里千代基氏を指導・監督し、情熱を持って町づくりに取り組んでいる。

 9月には、学者や、類似の条件を持つ全国の市町村長などの参加を得て、日本島嶼学会を与那国町で開催した。

 昨日からの友好親善交流団の花蓮訪問でも団長をつとめ、129人を率いて出発した。

 以下は、今般の訪問にあたって発しられた、同町長のプレスリリースである。

         ☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜

    姉妹都市締結25周年記念友好親善交流
            ご 挨 拶



1982年(昭和57年)10月8日、与那国町と花蓮市との間で『姉妹都市締結盟約』を結んで以来、ここに記念すべき「25周年」の節目を迎えることになりました。

この友好親善の歴史を基に、両町市民の善隣関係をさらに発展させ、経済・観光・教育文化の交流を推進し、今後の両町市の限りない発展を願い、平成19年10月4日(木)から10月8日(月)にかけて、『姉妹都市締結25周年記念友好親善交流団』の派遣となりました。

与那国町住民が与那国空港からチャーター便で直接外国に出国するのは、史上初のことであります。

本交流事業は、昨年10月、与那国町で開催された『国境交流増大戦略会議』における両町市間の基本合意に従って実施するものです。

かかる直航チャーター便の実現、また、島民有志一丸となっての交流行事の実行は、まさに‘万国津梁’精神の顕れであり、『東アジア経済圏の拠点として自立する与那国島(どぅなんちま)の確立』に向けた、確かな一歩であります。

そして、このことは、『与那国・自立自治宣言』が謳う「国際社会の模範となる地域間交流特別区」の実現を促進するものと認識しています。

両自治体間の交流・協力関係の強化・発展は、21世紀・東アジア地域の平和と共生に先駆け、これに寄与するものと確信する次第であります。


                      沖縄県与那国町長
                                外 間 守 吉
島からの海外交流 [2007年10月05日(Fri)]




  右から、田里氏、蔡啓塔花蓮市長、筆者。
花蓮市庁舎玄関前で。






 田里氏のデスクは市長席から
   手の届く距離。以下に重視されているかの象徴?







 花蓮市庁舎



 昨日、小欄でご紹介した、
与那国町の「町づくり」のリーダー田里千代基さんを取り上げた、
4日付、読売新聞の「顔」欄の記事を紹介します。

 日本語教室も「開く」とありますが、田里さんは、もうとっくに
開設しています。

 写真は、9月18、19日に花蓮で撮影したものです。

   ☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜

[顔]台湾との経済交流で与那国町の自立を目指す
 田里千代基さん

 ◇たさと・ちよき 49歳
 ◆自由に往来できる関係に
 日本最西端の沖縄県与那国町の代表として
台湾東部の姉妹都市、花蓮市に駐在して5か月。
「与那国と台湾との間に橋を渡して、
新たな交流を生み出したい」。

 与那国から見て、
台湾は、石垣や那覇より近い。
かつて、日本の統治下にあった台湾との往来、
戦後数年間も密貿易中継地として、にぎわった。

 だが、「一つの生活圏」は取り締まりの強化により分断され、
島の経済は衰退し、人口は最盛期の7分の1に減った。
 
 町は3年前の住民投票で
石垣市などとの合併を「生活圏が違う」などの理由で拒否。

 より近い台湾との経済交流の復活などで
「辺境の島」自立の道を選んだ。

「中国など東アジアが経済的に一体化する中、
東京や那覇ばかり見ていていいのか」との思いが募る。

 4日、姉妹提携25周年を記念し、
与那国と台湾を結ぶ初のチャーター航空便が飛ぶ。

 さらに、高速艇就航や台湾企業の投資誘致を目指し、
台湾の関係先と折衝を重ねている。
 
 農民や漁師と酒をくみかわし、
日本語教室も開く。

「辺境同士、親近感がある。食べ物から雑草まで似ている。
時間にルーズな点も」と笑う。

 与那国町役場では、診療所運営を8年間担当し、
医師を確保する苦労を味わった。

 今は、外交関係がない日台当局のはざまで、
独自の「自治体外交」を手探りで進める。

「自由に往来できた約60年前の自然な姿に戻したい。
台湾の力で自立する島の姿を国に示してみたい」
     (台北支局 石井利尚)


ここが日本の最北端 [2007年10月05日(Fri)]









 北海道の宗谷岬(稚内市)には
「日本最北端の碑」がある。

10年ほど前、当時の市長に申し上げた。

「北方四島がわが国固有の領土であることは
ご承知のとおりです。その1つ、択捉(えとろふ)島の
最北端カムイマッカ岬はご当地より北に位置しています。
この最北端の碑はいかがなものでしょうか」。

 市長は困惑した様子だった。

「ほかにこれという観光スポットのない稚内ですから、
これはなんとかご勘弁いただかないと」とか言って、
結局は撤去も表示の変更もなされていない。

宗谷岬は「日本人が生活している最北端」であっても
「日本の最北端」ではないのだ。

 これを少し数字で見てみよう。
 宗谷岬は北緯45度31分21秒、
カムイマッカ岬は同33分19秒である。

その差1分57秒は、
南北間の距離にして3611メートルに相当する。

つまり、カムイマッカ岬が東京駅と上野駅くらいの差だけ
北にあるということだ。

 戦後、カムイマッカ岬に立った日本人はいない。

ただ、洋上から臨んだ人たちがいる。

「北の海の動物センター」(大泰司紀之代表)を中心とする
学術調査団が北方領土周辺の洋上調査をしたときなどである。

カムイマッカ岬はまさに最崖の地らしく、断崖絶壁。

そこにはラッキベツの滝がうみに注いでいる。
 
畏友・本間浩昭氏が撮影した貴重な写真を,
同氏の特段のご協力でお目にかけたい。禁無断転載。
ロシア政治展望の名記事 [2007年10月05日(Fri)]





  プーチン大統領


産経新聞の内藤泰朗モスクワ支局長は、在モスクワ日本人記者中(外国人記者中?)、屈指の名記者だと思う。

産経新聞は私の知る限り、昔から澤英武(現・外交評論家)、斎藤勉(現・編集局長)の両氏をはじめ、ソ連・ロシアの取材陣が他紙にぬきんでていた。

その内藤支局長が一昨日の紙面に、<プーチン再登板態勢 「強い首相」で後継者を統括>と題するすばらしい分析を書いているので、これはみなさんに是非、お読みいただきたく、
一昨日、袴田茂樹ユーラシア21研究所理事を講師とするユーラシア21研究所の「虎ノ門フォーラム」でも紹介したが、ここに転載する次第である。

  ☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜

 ■12年大統領選待たず“いつでも”
 ロシアのプーチン大統領は1日、大統領任期が満了する来年春以降、首相に就任する可能性について初めて言及し、退任後も政治の主導権を握り続ける姿勢を鮮明にした。プーチン氏が、来春に選出される後継大統領を統括する「強い首相」にいったん退いた後、再び大統領として登場するシナリオが現実味を帯びてきたとの見方が有力になっている。
 プーチン大統領は、1日開かれた政権与党・統一ロシアの党大会で演説し、今年12月2日の下院選で同党の比例代表名簿の第1位に登載されることに同意した。
 そのうえで、党大会出席者の要望を受け、2期目の任期が切れる来春以降、首相に就任する可能性について「考えるのは時期尚早だが、現実的な提案だ」と言明。そのための条件として、(1)統一ロシアの下院選での圧勝(2)プーチン氏が信頼できる人物が後継大統領として選出されること−をあげた。
 下院で3分の2以上の議席を保有する同党は、最新の世論調査でも支持率50%超を獲得し他党を大きく引き離している。国民が圧倒的な信頼を置くプーチン氏が同党支持を鮮明にしたことで、同党は、憲法改正や大統領の弾劾手続きまでも単独で可能となる「4分の3以上」の議席獲得すら視野に入った。
 ロシア憲法は大統領職の連続3選を禁じているが、1期休んだ後での再登板は禁じていない。プーチン氏は首相在任中に下院を牛耳り、誕生したばかりの弱い後継大統領が「謀反」を起こさぬよう牽制(けんせい)しながら、いつでも大統領職に復活できる態勢の構築に乗り出したといえる。健康上などの理由で後継大統領を退任させれば、2012年の大統領選挙を待たず、プーチン氏の再登板が可能になるというわけだ。
 プーチン氏が先月、新首相に指名した無名官僚のズプコフ氏(66)は、早くも後継大統領職への意欲を示し、年金増額など人気取り政策を連発している。一方、大統領の有力な後継候補と目されるセルゲイ・イワノフ(54)、メドベージェフ(42)両第1副首相は、来春の大統領選出馬について依然として否定を繰り返す。
 消息筋によると、後継大統領の任務には、プーチン氏がこれまでかたくなに拒否してきた憲法改正も含まれる。現在、1期4年で2期までと規定される大統領任期を1期7年3期までに拡大し事実上の「終身大統領」誕生に道を開く案や、ドイツなどを念頭に、首相に大幅に権限を委譲し、大統領制から議院内閣制に近い制度に変更する案も検討されている。
 政治・経済の中央集権化が進むロシアでは、いずれにせよプーチン統治体制の盤石化に向けた動きが、今後も進展するものとみられている。
武蔵野と三鷹 [2007年10月05日(Fri)]








今朝(10月5日)の産経新聞によれば、都内のタクシー初乗り料金は、11月までに上限710円になるのだとか。

ここはそれを問題にしようとしているのではない。

その記事の「都内(23区・武蔵野市・三鷹市)」という部分だ。

なぜ、武蔵野市と三鷹市は特別扱いなのだろうか。デパートなどの配達も両市は23区並みである。私は以前、長く三鷹に住んでいたので、そのときは大助かりだったが、今、品川区に移ってから、あれじゃ、調布や狛江(こまえ)といった隣接する市の人はどうなんだろうかと思うようになった。

電話番号の局番は、両市とも0422であって、03ではない。

どなたかにご教示を願う。なぜ、両市は中間的な扱いなのか。東京25区としたり、両市が合併して24番目の区になったりしないのか。
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