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ミャンマー民主化、応援したい [2007年10月04日(Thu)]

























 10月2日(火)午後、渋谷の国連大学前で。
手に手にアウンサン・スーチーさんの写真を掲げている。




  早稲田のクラスメートで群馬県在住の
富沢誠二くんからこんなメールが来た。

 筆者はたまたま2日前、
あるテレビ局出演のため
近くの国連大学の前を歩いていたら、
ハンガーストをしているビルマ(ミャンマー)の
民主化運動家たち約30人が、
歩道で通行人に理解と協力を求めていた。

 及ばずながら、
私は日本語と英語で激励の言葉をかけ、
握手し、貧者の一灯をささげた。

 かなりの数の日本人も励ましたり、
質問したりしていた。

 どこかの外国人テレビ局のカメラマンが
その様子を撮影していた。

 民主化を否定する軍政の早期転換を切望する。
 

 ★.。.:*・゜★.。.:*・゜★.。.:*・゜

友人の皆様
先日、東京へ出て帰り、新宿からのバスを待つべく
昔の呼び名の喫茶店に入って新聞を拡げた。

ほどなく右隣に座っていた東南アジア系の女性の一人が
なにやらびっくりした素っ頓狂な声を挙げた。

すると連れの3名もこっちを向いて
私の方を見つめ始めた。

背中のガラス越しの通路に
4人の知り合いでも歩いているのかと自分も振り返ったが
丁度その時は誰も歩いていない。

怪訝な顔して彼らを再度”どうしたの?”というような感じで
見やったら
そのうちの一人が日本語で
”それ、私、わたしよ”と言うではないか。

紙面をひっくり返して一面を見たら
一人の女性の顔を中心にして
左右に数人が何か叫ぶような表情で写っている。

記事を見るとミャンマーの在日大使館前での
抗議行動の報道写真だった。

目の前の”私”と写真の顔を見比べると
まさに同一人物である。

実際その日も前日もデモに行ったという。

彼らもやや興奮気味に話しているので
”記念に持っていきなさい”と手渡しましたら
嬉しそうに”ありがとう”と4人から喜ばれた。

毎日新聞の9月29日朝刊である。

”何も支援できないけど頑張ってね。
必ず独裁政権から民主化されると祈ってるよ”と
励まして別れた。

別れてからそういえば昔、
「ビルマの竪琴」という小説と映画があったことを
思い出した。

苦労しているビルマの人々に
何も助けることが出来ないけど
早く民主化されることと
亡くなった日本のカメラマンの方の冥福を
祈りたい気持ちです。

☆ .。.:*・゜☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜

 こういうクラスメイトを持っていることを、誇りに思う。


朝鮮半島有事への対応 [2007年10月04日(Thu)]








 7年ぶりの南北首脳会談が行われました。そんな時期でもあり、わがユーラシア21研究所では、朝鮮半島の有事に、4大国(日米中露)がどう対応するか、すべきかを考えたいと思います。

 こんな案内状を、きょう、各位に発信しました。みなさまもいかがですか?

 阿久津さんは少壮研究者として、私が最も尊敬する一人です。今度、ハワイでの日米韓の学者・専門家による会議にも、ご一緒します。

 以前、阿久津さんの分析をうかがって、「目からウロコ」の思いがしました。安全保障、東アジアの平和に関心のある方は、是非、お越しください。

    ★.。.:*・゜★.。.:*・゜★.。.:*・゜


各  位

               特定非営利活動法人ユーラシア21研究所
                       理 事 長  吹 浦  忠 正 


         第6回虎ノ門フォーラム 開催のおしらせ

謹 啓

時下ますますご清祥のこととお慶び申し上げます。

さて、このたび下記のとおり、第6回虎ノ門フォーラムを
開催いたしますので、ご案内申し上げます。

今回は阿久津博康氏を講師にむかえ、「朝鮮半島の有事
―四大国の対応―」をテーマにお話いただきます。

万障お繰り合わせのうえ、ご出席賜りますようお願い申し上げます。
時節柄、一層のご健勝を祈念いたします。              
                                      敬具

                    記

講 師: 阿久津 博康
        (特定非営利活動法人岡崎研究所主任研究員)

テーマ: 朝鮮半島の有事―四大国の対応―

と き: 2007年10月31日(水) 18:00〜19:30 (開場17:30)

ところ: 海洋船舶ビル10階ホール
     港区虎ノ門1-15-16 Tel: 03-3500-1215
     (地下鉄銀座線・虎ノ門駅下車、4番出口から
      桜田通りを神谷町方向に向かい、左側4つ目のビル)

聴講料: 虎ノ門フォーラム会員     無  料
       一        般     2,000円
       学        生      無  料
       安 保 研会 員       1,000円

                                      以上

*会場は定員100名のため、
 参加希望者多数の場合は立ち席となる可能性がございます。
 あらかじめご了承ください。

*参加人数の把握のため、ご参加をご希望の方は
 下記の事項をご記載の上、MailまたはFaxにてお知らせください。
 ご連絡を頂戴した時点で受付完了とさせていただき、
 ご返信はいたしませんので、ご了承ください。

虎ノ門フォーラム事務局宛
Mail: t-forum@eri-21.or.jp / Fax: 03-3500-0215

記載事項: ご芳名(ふりがな)、所属・役職(現職・元職別)
ご連絡先(メールアドレスもしくはFax番号をご記入ください)



与那国から初の国際便 [2007年10月04日(Thu)]





    花蓮との交流に熱弁を振るう田里千代基さん。
    (花蓮市内のホテルで、9月17日)







     左は、筆者。




 読売新聞の朝刊(10月4日付)を開いて、
「あ、田里さんが出ている!」とうれしくなった。

「顔」の欄に、
「台湾との経済交流で与那国町の自立を目指す」
田里千代基さん(49)として大きなカラー写真とともに
出ているのだ。記事は明日転載する。

 私は半月ほど前に台湾東岸の花蓮に
田里さんを訪ねたばかりである。

 すぐ小欄で紹介したかったが、
実は「きょう」を待っていた。

 今朝の10時に与那国空港から
初めての国際便が飛ぶ。

 その仕掛け人が田里さんなのだ。

 与那国と台湾はわずか111キロしか離れていない。

 本来なら、姉妹都市提携25周年を記念して行われる、
与那国町主催訪問団(団長=外間守吉町長)の一行だ。

 花蓮へは飛び立てばすぐ着陸する距離なのだが、
航空界のさまざまな事情から、今回は、
台北の桃園(旧・中山)国際空港に70分かけて向かい、
そこから列車「自強豪1063」で花蓮に着くのだそうだ。

 ちょうど今頃は東シナ海上を飛行中のはずだ。
天気もいいようだし、この交流の成功を祈り、
見守っている。

 それでも3月に田里さんが花蓮に、
日本の町村としては初めての在外事務所開設のため飛んだときは、
与那国→那覇→台北→花蓮と2回乗換えで、
2日もかかった。

 目と鼻の先にある与那国と花蓮の交流で、
「辺境の地」を経済交流の最前線にしようという、
外間町長を中心とする意気込みはすばらしい。

 町民も議会も挙げて「わが町」の
この針路を指示し、期待している。

 一行129人という数字が
何よりもその事実を証明している。

 全人口1700人の島からの129人、
単純計算なら東京に換算すると92万人もが
訪問したことになる。

 田里さんの「町づくり」への情熱は、
さきほど書いたばかりの「地方の疲弊」への、
目の覚めるような挑戦である。
地方の疲弊に挑戦 [2007年10月04日(Thu)]





 わが師・末次一郎が若き政治家や
地方のリーダーににおくっていた色紙。






 つい最近まで「地方の時代」ともてはやされていたのに、今や「地方の疲弊」がキーワードになってしまいました。

 そんな思いでいたところに、ふるさとで次の選挙に立候補して市長になろうという、Pくんからこんなメールが来ました。

 海外でもいろいろと活躍され、中央官庁にも大きな人脈を持っているすばらしい人材です。

〃★〃☆〃☆〃☆〃★〃☆〃☆〃☆〃★〃

  大変ご無沙汰いたしました。Pでございます。

 Cさんから連絡をいただき、例年どおりドイツに赴いている由。すっかりドメスティックになった私には、全く別世界のようにも映ります。

 11月に先生、Cさんの帰国時にご一緒させていただく機会をいただけましたら、幸甚に存じます。

「ヒゲの隊長」佐藤くんは、20年ぶりの自衛隊組織選挙で、そのプレッシャーも大きかったことと思います。

 現役が動けずOB主体の選挙活動において、25万票を得て自民党で6位に入ったことは評価に価するものと思います。
 
 他方、自衛隊・自民党という巨大な組織から距離を置いて、過疎地田舎での選挙に臨むことは、やはり想像通り厳しいものがあります。自民党/保守系市議/業界に依存した時点で、「Pもか・・・」と落胆されることは火を見るより明らかですから、5月の連休以降、連日市内全域の戸別訪問を継続しています。

 わずか1万数千世帯の田舎で、全戸を訪問することがこれほど時間と体力の要ることとは、少々現実を甘く見ておりました。当初は1週間くらいの活動は大丈夫だったのですが、この頃は2日も続けると身体の芯から疲労を感じるようになってしまいました。

 大学時代体育会でしたし、その後もスポーツに励んできましたから、体力的にアップアップのはずがないのですが、「同じ発言を数千回繰り返」さざるをえないことがストレスになっているのかも知れません。

 それにしても、参院選の結果は「然り」と思いました。30年振りに戻った故郷は、私が想像していた以上に疲弊しています。3年前に着工した災害地復旧工事が中断したままのところさえあるのですから。

 しかも、「鉄道や道路も幹線はなく、光ケーブルもない地域」に2年で職場創出することは不可能故、次の衆院選も民主党が失策を犯さない限りは自民党は地方で勝てません。

 もっとも、民主党がその「失策」を犯しつつあるようにも見えますが・・・。

 介護・医療、子育て・教育、景観、環境、森林再生、すべからく問題の解決策は「職場の創出」に尽きると思います。

 とにかく、「働く意欲も体力もあるのに、仕事がない」に埋め尽くされています。更に不安は、市役所がどの程度の企画力を持っているかということです。

 現在のわが市は、国・県による地方活性化策ほぼ全てに「不戦敗」、ノミネートさえすることができないのです。やりたいこと、やるべきことは山ほどあるのですが、当選させていただかないことには。

 明日も、D地区に行って参ります。車を市営駐車場に置き、自転車でギコギコ。一汗一票と思い、不肖P、走り回っております。駄文を重ねながら、まずは近況報告させていただきました。

  〃★〃☆〃☆〃☆〃★〃☆〃☆〃☆〃★〃

 自民党からも民主党からも失策はまだまだ出てくることでしょう。

 地方の疲弊、外交の無力、学力の低下、社会の低俗化・・・。日本はそこそこの経済力、環境浄化、科学技術力でかろうじて持っているのかもしれませんが、「ジリ貧」への道を日々、まっしぐらに進んでいるのかもしれません。

 豊かな経験と学識を持つPくんは50を前に地方に転じ、理想に燃えて、市長を目指しています。

 本来なら国会議員になってほしい人ですが、いま、自民党から国会議員になろうというと、2世、3世がいない場合に限られるといっても過言ではありません。

 自民党のエネルギーや自民党支持者の力の減退は、四半世紀前からここから起こるぞと私もまた永田町全体で警告し、それなりの危機意識を持ってきましたが、福田、麻生、町村、谷垣、塩崎・・・
自民党の有力者たちの多くが「政治家のお坊ちゃま」、しかもしばしば「東京育ち」であることに、「地方疲弊」の大きな原因の一つがあるように思えてなりません。

 かくいう私も故郷を離れて早や半世紀になろうとしています。わが身を省みつつ、メールを読ませていただきました。

 Pくんの新たな人生への挑戦、初志貫徹と成功を祈念しています。
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