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東京の花 A [2007年04月20日(Fri)]
















  前回、「東京の花」と題しながら、いきなり交通標識と「夏みかん」の写真を掲載したので、ある方から、「看板に偽りあり」との指摘を受けた。

  ま、花があれば実がなるんですから、ご寛恕ください。今度は、新緑も掲載させていただきます。
伊藤一長市長への追悼 B [2007年04月20日(Fri)]






                       





 長崎市出身の同時通訳会社社長Aさんと、国連機関の駐日事務所代表のBさんは誕生日が同じ。そこで約40年の付き合いがある私がお二人を一度に祝おうと(言うほどでもないが)昼食を共にした。

 場所はさる長崎チャンポンをメインとするお店。時節柄、伊藤一長市長銃殺事件が話題となり、長崎の話で盛り上がった。

 私ども3人の共通の師匠は、橋本祐子(さちこ)先生。東洋人で、女性で、平時活動で、国際赤十字最高の栄誉である「アンリ・デュナン章」を1971年に受けた人。そして、伊藤市長もその一人である。

 食事をしてから、久々に明治記念館でお茶ということになった。庭の見えるベランダの席はは久々に陽光を浴びて風光明媚。お勧めしたい空間だ。

 少々驚いたのは全面がみずみずしい芝生だと思いきや、周辺のかなり広範な部分が人工芝だった。

 お二人からいわれても気付かないくらい一体化していたので、降りて行って触ってみた。

 余計なことをしてしまった。黙って騙されていればいいものを。

 私の歳のとり方がお粗末だったことを確認してしまった。
東京の花 @ [2007年04月20日(Fri)]


  いずれも世田谷の駒沢公園で。
















  10日ほど前に沖縄の宮古、先島方面を調査旅行をしたことは小欄でお伝えしました。

 そして読者の方々から、概して言えば「文はまずいが写真はいい」「海と花だけであればなおいい」といった率直な感想が寄せられ、悪友は「普段は花に接する機会が少ないから、沖縄で花にばかり夢中になったんだろう」「色の美しさに迷うなよ」とまでいう。

 いやいやおせっかいありがとうございます、と申し上げておこう。

 最近は、というより、この1月から35年ぶりに電車通勤をはじめたら、これが楽しくてしょうがないのです。歩くのも階段も苦にならず、何をいままで環境を汚染し、生活習慣病一歩手前まで行ったのかというくらい反省しています。

 体重もみるみる減少、昨年の今頃は89.6キロもあったのが今朝は81.2キロ。しかも、バランスよく、結構、食べかつ飲んでいるのに快調なダイエットなのです。

 来週中に80キロを切ることを念願しています。

 いつのころからか、散歩にもカメラを携帯するようになりました。もしかして、ロシアにたびたび行くようになってからかもしれません。食べ物は食べる前に写真に撮る、レストランは入る前に写真に撮る、一人では行動しない、地下鉄には乗らない・・・といったことを実践しているうちに、カメラ好きが復活したのでしょうか。

 さて、その散歩で、東京都内や宇都宮大学の構内などで、これはと思う花に出会いました。この一週間ほどの間に撮影した写真を掲載します。
伊藤長崎市長への追悼 A [2007年04月20日(Fri)]







 阿部信泰駐スイス大使は、わが国の現職外交官の中で、屈指の「軍縮通」。本省で軍縮問題を担当し、対人地雷の廃絶にも尽力した。その後、駐サウジアラビア大使を経て、国連軍縮局長(事務次長)に就任、私もニューヨークでご夫妻にお世話になった。

 スイス大使として着任してからも、内外の政官民をつないだ軍縮ネットワークを立ち上げ、ほぼ、毎日のように発信しておられる。

 尊敬する、わが秋田県立秋田高校の後輩の一人である。

 以下は、伊藤長崎市長が斃れたことに対する、阿部大使から発信されたメッセージ。

   ☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜

  伊藤一長長崎市長が凶弾に倒れられました。
  世界に向かって核廃絶を訴えて来られた伊藤市長を失ったことはかけがえのない損失です。
  狂気を止めようとした市長が狂気に倒れたとは何と皮肉なことでしょう。
  心からご冥福をお祈り申し上げます。    阿部信泰
記者クラブ賞のお二人 [2007年04月20日(Fri)]






 日本記者クラブは4月19日、今年度の日本記者クラブ賞の受賞者を発表した。朝日新聞の松本仁一編集委員と東京新聞の清水美和論説員のお二人である。

 お二人にご縁のある者として、喜びに耐えない。

 とかく日本の新聞社では40過ぎるとめったに書かなくなり、50過ぎると筆を折って引退したような形になる人が多いが、64歳の松本さん、53歳の清水さん、お二人とも健筆をふるって、活躍していればこそ、この大きな賞を与えられることになった。共通点は、専門を持ち、しかもその専門に全力を投入しておられることだ。
 
 松本記者は「アフリカ」「カラシニコフ(AK47)」がキーワード。シベリアにいるカラシニコフ氏を訪ねたり、児童兵が殺人行為をしている西アフリカを周り、管理が杜撰な小型武器の暴力に翻弄される様子を連載したことで知られる。

 2年前に、難民を助ける会が上智大学と共催した「小型武器に関するNGO東京会議」でも基調報告をしていただいた。

 清水記者とは4、5年前に笹川陽平日本財団理事長(当時、現会長)に紹介されたとき、私はわが目を疑った。中国総局長としてこんなにしっかりした日本人記者がいるとかねて注目していたからである。

 しかも、「しみず・みわ」さんという女性記者だとばかり思って、「東京新聞はすばらしい女性記者を擁している」と感心し、そのころは東京新聞を愛読していた。
 
 それが、むくつけきかどうかは別として、なんと男性ではないか。名刺ををいただいてしばし呆然。笹川理事長から「どうかしました?」とやんわり言われ、われに返ったほどだった。

 爾来、親交は深まり、東京財団在職中は虎ノ門DOJO(道場)や「政策フォーラム」にご出馬いただき、また、今でも、個人的にもいろいろご教示いただいてきている。

 松本記者の著書のうち主要なものを挙げれば、
@ カラシニコフ   朝日新聞社  1470円
A カラシニコフ2  朝日新聞社  1470円
B アフリカで寝る  朝日文庫    567円
C アフリカを食べる 朝日文庫    567円

  清水記者のは中国が専門。お薦めしたいのは、
@ 中国はなぜ「反日」になったか 文春新書  735円
A 「人民中国」の終焉―共産党を呑みこむ「新富人」の台頭
講談社 880円
B 中国農民の反乱―隠された反日の温床  講談社 1710円

 特に、『中国はなぜ「反日」になったか』は必読の書。「反日」を道具に使わねばならない中国統治の難しさが見えてくる。

 何はともあれ、お二人に、心からおめでとうと申し上げたい。

伊藤長崎市長への追悼 @ [2007年04月20日(Fri)]
              


          凶弾に斃れた伊藤 一長 長崎市長

 伊藤 一長 長崎市長の訃報について、長崎市の市長職務代理者となった内田進博副市長が発表している「おしらせ」は簡潔明瞭にして、深い悲しみを表明しているので、ご紹介いたします。

  ☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜

 平成19年4月17日(水)午後7時52分頃、長崎市大黒町において、伊藤一長 長崎市長が暴漢に銃撃されるという極めて凶悪な事件が発生しました。
 伊藤市長は、長崎大学医学部附属病院に搬送され、懸命な治療が続けられましたが、ご家族の願いもむなしく、平成19年4月18日午前2時28分帰らぬ人となられました。
 伊藤市長は、愛する郷土ながさきの発展のため、3期12年に亘りご尽力され、多くの方々の期待に応え、4期目の市長選挙を戦われている最中、志し半ばにおいて凶弾に倒れられました。
 ご遺族の深い悲しみを推察いたしますと断腸の思いでいっぱいであります。
 ここに伊藤市長のご冥福をお祈り申し上げます。


長崎市長職務代理者 長崎市副市長 内田進博



    ☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜


  伊藤一長長崎市長を追悼して、ニューヨークのMIDDLE POWERS INITIATIVEのDouglas Roche, O.C. 会長から、以下のメッセージが寄せられています。英文のままで恐縮ですが、合わせてご紹介いたします。

      ☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜



MIDDLE POWERS INITIATIVE



675 THIRD AVENUE, SUITE 315
NEW YORK, NY 10010
TEL: +1.646.289.5170 FAX: +1.646.289.5171

MPI Mourns the Tragic Death of Mayor Iccho Itoh

Dear Friends,

The Middle Powers Initiative is heartbroken at the death of Mayor Iccho Itoh of Nagasaki. Many of us, myself included, knew Mayor Itoh; we saw him in action, always caring about the devastating effects of nuclear weapons; we saw him at conferences; we saw him among his people in Nagasaki. I personally will always remember him leading the parade of NGOs through Manhattan at the 2005 NPT Review Conference. He always
appeared to me to be a modest man, even humble yet recognizing that, in virtue of his office, he was a spokesman for the victims of atomic warfare.

To think that he was killed in a senseless act of violence compounds our grief. We wonder, at first, what is coming of our world when the Mayor of Nagasaki, of all places, is killed in violence. Then we remember the culture of violence and war that has infected the world and how nuclear weapons, and the willingness to actually use them, spares no one, not even the very symbol of the effects of nuclear madness. There is only one way we can, in retaining our sanity and paying our respects to Iccho Itoh, give meaning to our grief and that is to re-double our efforts to reduce violence and
eliminate entirely the paramount instruments of violence: nuclear weapons.
It is not enough to express our grief at the death of Mayor Itoh. We must pledge to Mayor Itoh and the people of Nagasaki and Hiroshima our unstoppable drive to eliminate all nuclear weapons.


Hon. Douglas Roche, O.C.
Chairman, Middle Powers Initiative
日本の領域はこんなに広い [2007年04月20日(Fri)]




「連日、領土問題やあちこちの島のことについて触れておられ、興味深くまた目の覚める思いで拝読させていただいております。ただ、いかんせん地理についての基礎知識が乏しく、電車路線図以外、地図帳なのも手元にないので、頭の中が混同しそうです」。

 こんなメールやお電話を読者の方から4件もいただきました。失礼いたしました。つい、独断と偏見というわがDNAにすがってしまい、こういうことに相成りました。

 そこで、まず、「日本の領域」の全体像をお示しし、次に沖縄県や東京都に所属する「南方」領土の位置関係をご案内したいと思います。


   図は、海洋政策研究財団発行「海洋白書2007」より。
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