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海洋白書 2007 [2007年04月17日(Tue)]




「今回は、海洋を取り巻く様々な状況を総合的に整理・分析した『2007年版海洋白書』(海洋政策研究財団発行)についてご紹介いたします。」

  https://blog.canpan.info/koho/archive/123

 こんな連絡が日本財団広報部から着くのと、海洋政策研究財団から同白書が配送されたのとが同時でした。

 早速拝読。いやはやかゆいところに手が届くすばらしい内容で永久保存版といえそうです。

 ただ、寺島常務理事名の送り状が気になりました。

☆ .。.:*・゜☆.。.:*・゜☆.。.

 「わが国は、四方を囲む海の恩恵に恵まれて発展してきましたが、残念ながら近年のわが国の海洋への関心は低く、海洋や沿岸域で起こっている海洋汚染、水産資源の減少、・枯渇、内湾の環境悪化、砂丘の減少、海洋の安全保障などのさまざまな問題に対する対応は、縦割り、かつ、問題が大きくなってからの後追いがほとんどです。相互に密接な関連を有している海洋の問題には総合的、計画的に取り組む必要があります」。

 私たちはもっともっと世界の海洋、とりわけわが国を取り巻く海洋に注目し、海からの恩恵を得るだけではなく、積極的に海を守るという姿勢を取るべきでしょう。

 今回の「海洋白書」は4回目の刊行。全ページ多色刷りでとてもわかりやすい。

 特に、海洋基本法、新海洋法関連の動きといった重要課題や東シナ海における中国の動き、日本の辺境の島々の概況といった時事的なテーマについて詳細に記述してくれているのがうれしいです。

 問い合わせは、t-sendo@sof.or.jp


■資料リンク
海洋白書2007
海洋白書2007
斎藤佑樹で六大学野球復活か [2007年04月17日(Tue)]





 斎藤佑樹選手(左)。夕刊フジより。




 早稲田の斎藤佑樹の開幕先発勝利投手という結果が出て、六大学野球が久々に注目され、グッズの販売も始まるらしい。卒業生として、うれしくないといえばうそになる。

 対戦相手が東大だったというので多少は割り引いてみなくてはいけないだろうが、ならば次の28、29日に行われる法政大学戦に注目しようじゃないですか。

 今度の試合は、同じ1年生の原寛信(神奈川桐蔭学院)がホームランと2塁打で5打点という援護射撃をして勝利をもたらした。気の毒にそっちはあまり注目されないようだ。

 11年生の開幕投手は1930(昭和5)年の高橋一(東京帝大)以来の77年ぶり、開幕勝利投手ともなると、1927(昭和2)年の宮武三郎(慶応大)以来の80年ぶりの快挙だとか。早稲田では初めてのこととも伝えられる。

 プロでは有力な選手が次々に渡米し、はっきりいって2軍に毛の生えたような程度に成り下がった。日本の野球の原点ともいうべき、東京六大学野球の人気復活を大いに喜びたい。

 28日は何とかして神宮に行けないものかな。
波照間島の風景 B [2007年04月17日(Tue)]





















「白い猫でも黒い猫でも鼠をとる猫がいい猫」というのは、さる中国共産党の指導者の名言であるが、波照間で実に面白い光景で出くわした。

 畑を耕しているトラクターの後に、白鷺とカラスが一緒になってついてゆき、掘り返した後に出てくる落穂を一心についばんでいるのだ。

 ただそれだけなのだが、なんとなくほほえましく、独り占めにしておくにはもったいないような光景だったので、下手な写真で紹介したい。
波照間島の風景 A [2007年04月17日(Tue)]



 最南端の有人島・波照間にある竹富町立波照間小学校。
 春休みのさなかで、学校に児童はいなかった。






 日本の最南端の有人島・波照間には、日本最南端の小学校がある。

 竹富町立波照間小学校。力強く、希望に満ちた歌詞が正門に掲げられている。なんと心強いことか。

 そしてその脇には、「はばたけ未来へ輝く百年」とある。

 伺ったところ、1894(明治27)年にこの小学校が開校してから100年経った1994年に、創立百周年記念事業として建立されたものだとのこと。

 現在は生徒数26名、教職員10名が指導に当たっている。「日本最南端教育の森」というその心意気がいいじゃないですか。













地雷探査技術 [2007年04月17日(Tue)]


 2006年4月、対人地雷全面禁止運動を推進したジョディ・ウィリアムズさん(1997年ノーベル平和賞受賞者)を早稲田大学に案内し、記念講演後、会食した。写真は、そのときの白井総長(前列左)、堀口副総長(同右)を囲み、難民を助ける会関係者と筆者(後列中央)。



 対人地雷禁止には、中曽根康弘元総理が賛同してくれたことが決定的に大きかった。写真は、同元総理が描き、難民を助ける会が作成したポスターをジョディ・ウィリアムズさんに渡す、小渕恵三外相(当時)。1997年12月、オタワで。



 難民を助ける会は現在、地雷回避教育(地雷安全教育)をアフガニスタン、アンゴラなど各地で実施している。写真はユニセフと協力してアフガニスタンで行っている同教育のポスター。アフガニスタンに向かう国連機の各座席には、難民を助ける会作成の関連啓発資料が配布されている。



 日本は当初、対人地雷全面禁止条約には消極的ないし反対だった。その潮流を大きく変えたのが、日本語と英語による絵本『地雷ではなく花をください』。難民を助ける会の事務局長だった柳瀬房子(現理事長)が文を、絵本作家で画家の葉祥明さんが絵を描き、通算で56万部にもなった。すべては無償で関わり、純益は全額、カンボジアとアフガニスタンでの地雷撤去に充てられている。




『外注される戦争』(菅原出著、草思社)を紹介したところ、みなさまからさまざまなご感想をいただきました。

 まずは、札幌在住の編集長氏。さすがそこからひらめかれ、地雷の探査にまで話が及んでいますので、一言。

☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜

 件名の本、早速、金曜日に買い求め 土・日の2日間の空いた時間で読了しました。

 ご紹介がなければ多分、目にすることなく 読む機会をもてなかったものと思います。

 世界の動向のいったんをご教示いただけました ことに感謝しております。

 本誌の書評でもとりあげたいと> 思っております。

 ところで、今、北海道衛星の特集を準備していまして 星から10センチ程度の土地の隆起などを 判別する技術が確立しているそうですが これを地雷発見に結びつけることが出来ないのか‥‥ と地図屋さんに聞きましたが、埋設したものは今の段階では難しいとのことです。

 しかし、生育している農作物のタンパク含有から 土壌改良の対策を提案するところまで来ているのですから、プラスチック系であろうと 何とかピンポイントで探し出す技術を 国ができないのでしたら、それこそ日本版の PMCが手がけてもいいのでは? と菅原さんの 本と、特集の草稿作成で私の中で 思いつきはショートしているのですが、 どんなものでしょうか?

 衛星打ち上げの資金をアチコチから かき集めので苦労しているなら 平和利用で訴えればと素人は思うところです。

☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜

 対人地雷の発見には、この10年(オタワ条約締結前後以降)、実に多くの技術者が取り組み、その中には、平地なら十分使えるというものも完成されました。南アフリカ、日本などで、特に進んでいます。

 ただ、難点は、破砕してしまったのでは金属片が散らばって最終チェックがいっそう難しくなるということ、木の根、草の根がしっかり張っているところで使用できないこと、現場への取り付け道路や橋がない場合の移動の難しさ、故障した場合の修理技術が整備されていないこと、維持費がかさむこと、地雷掘削要員の失業対策的な面が維持できなくなること・・・

 こうした機械が普及しにくいことにはさまざまな理由があるようです。それでもブルドーザーメーカー、電子機器メーカーから地中探査機器、衛星探査の専門家、さらには、微生物や家畜を使用する案まで研究・検討されています。

 要は、最後の1個まで完璧に取り除くという至上命令にどう答えうるかということになり、依然として、最も信頼度の高いのは、探査要員が探査棒で手探りしてゆくというのが、主力になっているのです。



■資料リンク
サニーのおねがい 地雷ではなく花をください
サニーのおねがい 地雷ではなく花をください
早稲田大学入江文庫 [2007年04月17日(Tue)]




「慈雲寺のさくら」。挿画は、石田良介画伯のご厚意で掲載させていただいております。禁無断転載。





 昨夜(4月16日夜)、恩師・入江啓四郎先生のことを書いたところ、学友より、入江文庫のことを紹介すへきだとのご助言をいただいた。

 先生が亡くなられてから、蔵書や文献がご子息であるシカゴ大学教授入江昭氏により早稲田大学図書館に寄贈されている。その数は、和漢書(中国文図書を含む)4,373冊、洋書(キリル文字図書を含む)3,473冊、和雑誌 1誌53冊、洋雑誌 24誌375冊、論文抜刷 44点、論文掲載誌 328点に及ぶ。

 入江啓四郎先生の専門分野である外交・国際法関係が中心であるが、法律全般や政治・経済・社会・歴史などの分野の資料も数多く収められている。また、同盟通信の記者としてヨーロッパや中国で活躍された戦前のものも多い。さらに、国際法がいかに広範囲な知識を必要としているかを感じさせる収書内容である。

 啓四郎先生は東西の実に多くの語学に通じていた。したがって、英・独・仏など西ヨーロッパの言語によるもののほか、ロシアのキリル文字や中国語の図書が多数含まれていることも特徴である。

●入江啓四郎先生ご略歴: 明治36年(1903)4月20日鳥取生、昭和53年(1978)8月13日没。昭和2年、早稲田大学法学部卒業。昭和6年、同盟通信社入社、ジュネーブ、パリ各支局長、外信部長、時事通信研究所長を歴任したのち学界に入る。昭和28年より愛知大学教授、成蹊大学教授、早稲田大学客員教授、創価大学教授をつとめた。

 著書は「ヴェルサィユ体制の崩壊」全3巻(共栄書房 昭和18年刊)、「日本講和条約の研究」(板垣書店 昭和26年刊)、「国際公法」(法文社 昭和30年刊)、「国際法解義」(成文堂 昭和39年刊)など多数ある。

 その中でも「中国古典と国際法」(成文堂 昭和41年刊)という、古今東西の学識と語学に通じていなければ到底執筆不可能な独特な著作によって、ハーグの国際法アカデミーに招かれて、この主題について講義した。

 この著書は、中国の春秋戦国時代に、現代国際法の萌芽とも言うべきものが多数、成立していたということを文献的に論証したものであり。私は2年ほど前、光文社から上梓した『平和の歴史』(光文社新書)で大いに引用させていただいた。略歴の一部は、早稲田大学のHPを参照した。
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