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プロというもの [2007年04月01日(Sun)]



 3月26日に紀尾井ホールで歌った話はもううんざりかと思いますが、私自身の心得、反省としてもう少し書いておきたおいのです。お付き合いください。

 まず、プロということについてです。

 山季布枝先生は健康管理の名人です。

 私はほとんど今回だけが成功したというくらい、普段の心身の元気さはどこへ行ったのかと思うほど、これまでのステージでは熱があったり、声が出なかったりといったカゼのような症状で悩まされました。この責任感ということについて再認識しました。みなさまベスト・コンディションを公演日にきちんと合わせておられます。

 第2は体力です。

 前々日の中野のベーゼンドルファー・ピアノ・ショウルーム(ここは面白いですよ!)でのゲネプロで私は、正直、ヘトヘトでした。そのあと、埼玉県立大学時代のゼミ生だった連中4人と渋谷で11時まで飲んだときは、さすがにわが無責任さにウンザリしました。気力で翌日回復しましたが。

 第3は気力です。

 ゲネプロで「5ヶ国語で6曲」歌うことを決められたときは、もう泣きたい気持ちでした。歌詞も節も、ハーモニーもわからない曲が2つあったのです。「ボクは辞めます」と宣言する直前にリカ・チェカートさんと山季先生に「さあ、ではあなたが上の音ね」といわれながら、前奏を弾かれたときには、もう、引っ込みがつかなかったのです。アトは恥をさらしてもやりぬくしかない、そういう気分にさせられました。

 第4は、練習がすべて本番さながらの緊張感であるということ。これは以前、森進一さんなどと一緒にチャリティの仕事をした時にもよくわかっていました。しかし、私には甘さがあり、これが最後までたたりました。

 5番目は、「ピアノ譜」で歌うことです。これは初めて覚えました。頭の中には自分の声楽の譜面ではなく、山季先生が弾くピアノ譜を想起しながら、その上に乗って声を出すことがコツであることがわかりました。声の終わりと伴奏の終わりの関係がどうなっているか、どこでお辞儀をすべきかなどもこれで解決しました。

 第6は、リカさんの思いやり、つまり、デュエットは全部リカさんのレパートリーなのですが、素人の上、初めての曲を歌う私に対して、ありあまる「愛情」を示して、私の力を引き出してくれるのです。

 第7は、さすが日本一といわれるだけあって紀尾井ホールが、歌わせてくれるということでした。音楽プロデューサーの中野雄先生(ケンウッドの会長、天満敦子さんの育ての親)が練習を見に来てくださって、立ち位置を5センチ動かしてくれただけで、まるで変わるのです。ホールを知り尽くした人のわざでした。

 清水の舞台から飛び降りる過程で、他にもたくさん学ばせていただいたのでした。ありがとうございます。
 


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