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防大卒業式は武道館で挙行を [2012年12月12日(Wed)]



boudai.JPG



防衛大学校(防大)の卒業式は内閣総理大臣や防衛大臣が出席し、毎年3月に横須賀の防大講堂で行われる。今年も3月18日、五百旗頭 真校長が卒業証書を手渡し、野田首相が訓示をした。最後の「帽子投げ」も毎年、報道番組で全国放映されるのでご存知の方も多いと思う。

これまでに私も何度かお招きをいただいて参列したことがあるが、いつも超満員。ご家族や来賓で溢れかえり、学内の複数の別室にテレビ中継されるほどである。おそらく3千人以上が集まっているのではないか。

私はこれは是非、日本武道館で開催されるべきであると考える。都心で7千人以上は入れるなら、防大生の卒業を祝福し、国民としての信頼を託す機会としたい人が多数駆けつけることが出来るし、国民とともにあるべき自衛隊の将来のリーダーを祝福するものとして、堂々と首都で開催することには特別の意義があるのではないか。

そのあと、学生の主導で真向かいにある靖国神社に参拝することも容易であろう。3自衛隊音楽隊による行進と演奏は毎年、日本武道館での「自衛隊中央音楽祭」で行われるが、これも毎年、超満員である。その一部を防大生の卒業式でも実施してもらいたい。こういうことが国民一般と自衛隊との相互理解の促進に大きく寄与すると確信する。
外交・安全保障サマーセミナー [2011年06月14日(Tue)]



         





 私が主宰しているNPO法人ユーラシア21研究所では、
毎年、全国の少壮学徒を対象に、
こんなゼミナーを開催しています。

 これは、日本財団の助成をいただき、
セガサミーホーディングスの特段のご協力で
同社の伊豆研修センターを借り切って行うものです。

 豪華講師との徹底討論、ユニークな指導法は
産経新聞でも詳しく報道されたこともあります。

 ふるってご参加ください。もちろん、私も参加します。

 問い合わせは、
 shibata@eri-21.or.jp
または、03−3500−1215へ。
下地島空港の活用に賛成 [2009年12月30日(Wed)]

     



     あなたのがんばりどころですぞ、小沢さん








毎日新聞電子版によると、
民主党の小沢一郎幹事長は29日夜、
東京都内で開いた与党3党の幹事長・国対委員長の忘年会で、
米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設問題について
「(同県宮古島市の)下地島に使っていない空港がある」と述べ、
現行計画に基づく米
軍キャンプ・シュワブ沿岸部に代わる移設先として、
下地島を検討すべきだとの認識を示した、という。

 こんな話が今頃出てくるのがおかしい。

 下地島空港は10数年前に開港した、
国内有数の3000mもの滑走路を持つ
ほとんど使用していない空港。

 全日空と日本航空がパイロットの訓練用として使っていたが、
噂によると、労働組合が周辺に何もなくあまりに退屈であり、
英語の訓練も同時にできる米本土で行いたいと申し出、
今では、年に10日間ほど使用されているだけ。

 この下地島、人口はほとんどゼロに近い。隣接する伊良部島からは
それでも6本の橋がかかって、事実上1つの島になっている。
あと数年で、この地域の中心である宮古島とも大きな橋がかかる。

 そうなると、宮古市には大きな空港が2つもあるということになる。

 これまでにも”軍事活用”のはなしは何度も出たが、宮古市当局が、
断固「平和利用」を主張して、話は立ち消えになってしまったところ。

 私たちは、それでも、台風の避難空港として、また、
中台武力衝突になった時には、
双方の航空機の緊急避難空港としての使用を認め、
武装解除して乗組員を帰国させるということにすべきであり、
普段は自衛隊の訓練にも活用し、
整備を完全にしておくべきだと提言している。

 現に、数年前、航空自衛隊最高幹部OBと台湾空軍の幹部を
下地島空港に案内したこともある。

 これ以上は機密にかかわる部分もあるので、書かないが、
関係者の宿舎も完備し、風光明媚な下地島空港を
このまま眠らせておくのはあまりにおしい。

 小沢さんの剛腕は、こういうところに発揮してほしい。
今の連立与党の結論なら、
宮古市も徹底抗戦派できないのではないか。
太平洋戦争で勝てたかも? [2009年12月07日(Mon)]






   択捉島単冠湾(ひとかっぷ)湾。ここから31隻からなる
 連合艦隊が真珠湾に向った。68年前の今頃は、真珠湾の
 すぐ近くまで近づいていた。







 翻訳家であり、“国際的国士”ともいうべき
畏友・茂木弘道叶「界出版社長が、
米国人歴史学者ジェームズ・B・ウッドの
『「太平洋戦戦争」は無謀な戦争だったのか』
を(ワック:1600円+税)から刊行した。

この方面に独自の見識を持ち、
多くの読者を魅惑してきた「日下公人氏推薦!」と帯にある。
 
帯に曰く、歴史の常識は覆された!! 
敗北の運命が決まっていたわけではない、
じつは日本に勝利の可能性はあった・・・。

「太平洋戦争」の真実は何であったか、
あらためて考えてみる好著とお見受けした。

以下は、茂木さんの「訳者まえがき」。

 ☆☆☆  ★★★  ☆☆☆  ★★★

 大東亜戦争は絶対的に勝てるはずの無い無謀な戦争であった、
と思い込んでいる人が多い。確かに、昭和19年後半以降の
圧倒的な負け戦を見せつけられ、そして日米生産力、
軍事技術力、戦力の差というものを見せられると、
そう思い込むのも無理のないことではある。

 しかしながら、例えば日米戦力の差といったものも、
開戦時で見ると日本の方がかなり優位にあったのが
事実である。

また、
「戦力は根拠地から戦場への距離に反比例する」という
よく知られた戦いの原則からすると、たとえ
アメリカが日本10倍の戦力を持っていたと仮定しても、
戦場の選び方によっては、
たとえば決戦場をアメリカから4、
日本から1の距離にあるところに選ぶとするとどうなるか。

アメリカは、10の戦力が4の二乗=16=分の1、
すなわち0.625となり、
日本の1/1=1の6割となってしまうのである。
日本は圧倒的な優位な戦力と化すのである。

  そもそも大東亜戦争に対する日本の基本戦略は、
東南アジアの資源地帯から米英蘭勢力を駆逐した後は、
対米、すなわち太平洋は防御、攻勢の主方向は、
インド洋と中国であった。

開戦直前の昭和16年11月15日の
大本営政府連絡会議で採択された
「対米英蘭蒋戦争終末促進に関する腹案」には
このことが明記されている。この基本戦略通りに
戦ったならば、日本が負けることには
なりえなかったと思われる。

何もワシントンに日章旗を立てる、
などという勝利の話ではない。「腹案」は
そのような愚かなことはこれっぽちも考えていない。

英を脱落させ、中を脱落させ、
米をして戦争継続に意欲を喪失せしめる、という
極めてまともな勝利を目指しているのである。
 
そしてこうしたことを
私なりに研究していたところ、
弁護士の高池勝彦氏から本書
『Japanese Military Strategy in The Pacific War』の紹介を
受けた。
 
私はインド洋作戦こそが、第2段階作戦の中心であり、
それによって英本国への豪・印からの
原料・食料などの補給遮断、
スエズ英軍への米からの補給遮断、カルカッタ―アッサムから
重慶への米の軍事補給(最後の補給路)の遮断、
さらには対ソ米軍事援助の
中心補給路(7割を占めていた)の断絶、
などの莫大な効果をあげることが出来る、と
私は結論付けていた。この場合、
対米作戦は前方決戦を避け、防御に徹していれば、少なくとも
昭和18年後半までは、十分反撃できる、
と考えていたのであるが、本書はそれをきわめて
本格的な分析によって証明してくれている。

 本書はインド洋作戦のことには全く触れずに、
ひたすら太平洋において日本軍とるべきであった戦略と
その効果について論じているが、
その基本的な考え方はほぼ全面的に賛成できる、
極めて説得力に富むものである。

開戦についていうと、世界情勢もわきまえず、
自己の能力を過大評価した非合理的な決断であった、
という世の常識化している考えを根本的に否定している。

追い込まれた状況下で、考え抜かれたベストのタイミングでの
開戦であったとしている。
 
大東亜戦争を見直すための
非常に貴重な書籍であると考えて日本語訳に取り組んだのである。

幸い、WAC社のご理解を得て出版できる事になった。
 
優れた分析力に富む本書であるが、
英文資料の偏りなどのために、これはどうかと
思われるような箇所もかなり無くはない。
これは著者の責任ではないが、読者のために、必要
と思われるところについては、<訳者注>でこのことを指摘し、
説明した。

なお、あの戦争は
「大東亜戦争」と呼ぶのが日本にとっては
正しいことは言うまでも無い。しかし、著者はアメリカ人であり、
また取り上げている分野はまさしく、
太平洋における戦いであるので、「太平洋戦争」という言葉を
本書ではそのまま使用した次第である。

 大東亜戦争の見直しに
少しでも本書が役立ってくれることを願うものである。

   ☆☆☆  ★★★  ☆☆☆  ★★★、

 海戦記念日を前に、私はさきほど回覧されてきたのを眺めた
だけだが、冬休みに紐解くべき書として、早速、注文した。
乗ったばかりの「くらま」が [2009年10月27日(Tue)]








    10月23日、相模湾上で撮影した「くらま」の艦橋。
   撮影のため立ったこの付近がまだ炎上している模様だ。








 夜の研究会を終えて帰宅中に、
護衛艦「くらま」が韓国籍のコンテナ船と衝突したとのこと。

 4日前にこの船に乗った者として驚くほかない。

 観艦式では艦閲者、
今年はなぜか菅副総理が乗った旗艦である。

 コンテナ船の右前方に「くらま」の
先端が当たったとのことのようだ。

 船は相手を左に見て、右側通行であるから、どちらかが
完全に航路を誤ったのではないか。

 それにしてもやわな護衛艦ではないのか。これで
炎上するなら船首部への砲弾一発で燃え上がり、
航行不能になってしまうということではないか。

 しかも、海自のOBたちがインタビューに応えて
あたかもそんなことは周知のことと言っているのも
いかがなものか。
観艦式に出ない鳩山首相 [2009年10月21日(Wed)]












海上自衛隊の観艦式が3年ぶりに相模湾で行なわれます。
私も旗艦「くらま」に乗せていただいて見物してまいります。

 ところが、今年、観閲するのは菅直人という人だそうです。

 誰?!

いわずと知れた副総理です。でもね、おかしくないですか?
 副総理というのは自衛隊の指揮官でも何でもないんですよ。

 内閣総理大臣が最高指揮者で、防衛大臣がその下にいるだけです。

 なぜ、鳩山さんは行かないのでしょう?

 あの村山富市さんだって、現職の総理として観閲したのですよ。

 観艦式は3年に一回、各国の大使や武官も大勢乗艦します。
総理の不参加を憂います。3年前の安倍首相はヘリコプターで
着艦し、途中、再びヘリで帰京しました。

 鳩山さんは防衛問題に関心がないか、翌日からの国会を前に
ご多忙なのでしょうね。

 どこかのお国の方、日本を攻めるなら、
国会の開会直前がいいかも、
なんていうのは国家機密の漏洩かな?

 生活しか考えない首相と、政局しか考えない最高実力者。

 このことが国家の防衛に日本の最高指揮官の
関心が薄いことに繋がったり、自衛隊員の士気に影響したり、
そしてこれが観艦式の最後にならないことを切望しつつ。
防衛大綱・中期防の先送り [2009年10月10日(Sat)]




   心は? 何がなんだかわかrない





 読売新聞によれば、政府は今年度で切れる
(5年後に改定すると2004年に決めた)防衛計画の大綱と
5年間の主要装備品の整備内容を定めた
現行の次期中期防衛力整備計画(中期防)の策定を
来年末に先送りする方針を固めたという。

ともに年末の作業完了を目指していたが
、平野官房長官が9日、
北沢防衛相に「拙速で不完全なものを作るよりは、
先送りしてじっくり検討した方が良い」と伝え、
防衛相も了承したのだという報道だ。

こういうのって、どうして民主党はホンネを言わないのか。

 代わりに言ってあげよう。

「来年7月の参院選で単独過半数を取ろう。そして
社民党との
連立を止める。ことによったら
党内左派が出て行っても過半数を
とれる。ややこしいのは
それからでいい。戦争が迫っているわけじゃないし、
連立にヒビが入るようなことはやめようや」。

 不思議なのは、国家戦略局だか、室だかしらないが、
そういうところがこういう話は
きちんと議論して政策の遂行を
決めるのではなかったのか。

 民主党の「生活第一」ならぬ「政局第一」の戦略は
なんら変わっていないように見える。
原爆と千羽鶴 (完) [2009年08月17日(Mon)]











 オバマ大統領の広島・長崎訪問を強く求めると同時に、
その部分について謙虚に振り返ることが
われわれの世代の責務であるとさえ思う。

たとえ、「ナイーブな理想主義」といわれても、
米国各地でともに千羽鶴を折る人が出てくることは
世界の平和にとって決して少なくない効果をもたらすと思うが、
同時に、現実の世界が折鶴だけで平和になり、
その平和が維持されると思い込むのはあまりに危険である。
 
千羽鶴に託す日本人のこの「ナイーブ理想主義」は、
学校における平和教育にとって格好の手段かもしれないが、
現実の世界が、好むと好まざるとに拘らず、
核の抑止力で平和が維持されている面が大きい
ということも大いに指導すべきであるし、
地雷や小型武器の撤廃や削減といった問題や
その被害者への支援といった、
より身近な軍縮のテ−マにも感心を持つべきだと、
私は思う。

2003(平成5)年8月5日付「中国新聞」によれば、
第二次大戦末期の日本を舞台に、
原爆の悲劇を取り込んだハリウッド映画の制作構想が
進んでいるということを聞いていたが、どうなったのであろうか。

 取り組んでいるのは、
「タイタニック」の特殊映像を手掛けた
ロサンゼルスの映像制作会社デジタル・ドメイン。
題名は「A Thousand Cranes(千羽鶴)」。

 広島市出身の女性とロマノフ王朝に縁を持つ
米国情報員の恋を軸に、戦時下の愛と希望を描くもので、
コンピューター・グラフィックス(CG)を駆使し、
原爆のさく裂する瞬間や被爆前の広島の街並みも
再現するという話だった。

「ナイーブ理想主義」は日米の映画ファンに
どう評価されるか、されたか、
どなたかご存じの方教えてほしい。
原爆と千羽鶴 C [2009年08月16日(Sun)]










ところで、米国内に
「原爆投下が終戦を早めて多くの人命を救った」と
これを正当化する見方が根強いことを批判する声が日本には多い。

私は日本が唯一の被爆国として原爆の悲惨さを訴え、
現在の核兵器の備蓄に反対するとともに、
戦時中に日本軍が起こしたさまざまな非人道的行為に対して
真剣な反省を表明しない限り、
この訴えは欧米では説得力が乏しいのではないかと思う。

 取り違えないでほしいのは、私は依然小欄にも書いたように、
いわゆる「南京大虐殺30万人」などという反日運動の数字は
「何の根拠も説得力もない政治的な数字である」と、中国側の
専門家から上海や南京で直接、聞いたことがある。

 しかし、では、日本がシナ事変や第2次世界大戦で、
なんら戦時国際法(国際人道法)に違反する行為をしなかった
という説にもくみしない。

それなりの非道な行為については認めなくてはならない。
それなくして、日本は世界の人々を説得することは
至難であろうし、その信頼を得ることは不可能ではあるまいか。
                        (つづく)

「広島で五輪」への疑問 [2009年08月16日(Sun)]









  オリンピックはヒロシマでせよ
    赤白の国旗しずかに掲げて見せよ

 8月16日付「朝日歌壇」に入選したスエーデン在住の
マドセン泰子さんの作である。選者の永田和宏氏は
「同じやるのなら
歴史的に意味のある広島でこそと。<しずかに>がいい」と
評しておられる。

 私は少し印象が違う。広島での開催は、
あまりに政治的な色彩を帯びすぎるのではないか。

 私は平和の大事さを尊び、
日本と日本人が、世界の各国や各国の人々とともに
平和と繁栄を享受することを願い、祈る者である。

しかし、その一方でいまや、核兵器への対応は、
全人類の挙げて取り組まねばならない喫緊の課題であり、
単に、「原爆反対」と唱えているだけでは
現実的な対応はではないと考える。

 私は
日本がすみやかに核武装すべきだという論者には与しないが、
日本が北朝鮮、中国という核保有国に隣接しているという
「引っ越しできない位置」にある以上、
これらの国の核をいかなる形や手段で抑止するかは
安全保障の根本的な問題であると考える。

 その分は日米安保条約により、
当面はアメリカの傘に依存するほかなく、
そのためには、両国の紐帯をしっかり維持しなくてはならない。

 口先で「対等な関係」で唱えても、
千羽鶴を折っても、それで、隣国の核が消えるわけではないのだ。

 オバマ大統領にはぜひ、広島と長崎を訪れ、
原爆の悲惨さを学んでほしいが、
広島でオリンピックを開催すれば、
それで平和が来る、日本の安全が保障されると信じるほど
単純に考えることは難しい。

オリンピックで日本選手が活躍し、赤白の国旗(「日の丸」)が
ポールにはためくのは嬉しいが、
なぜ、それを「しずかに掲げ」なくてはならないのか。

 厳粛にもいいが、その選手の栄光を讃えて
いいのではないだろうか。
啓発された(enlightened)愛国心は大切にしたいものだ。

 広島でオリンピックをというのは、輻輳する国際政治を
情緒的に解決しようという「ムード的平和主義」であり、
私はさしていい意見だとは思わない。

 読者のみなさん、
やはり私は詩心が不足しているのだろうか。
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