挿画は石田良介画伯の特段のご厚意で
掲載させていただいております。禁無断転載。 「生キテ虜囚……」は僕が書いた白根 ところで、あなた方の『戦陣訓』研究の的はどこに絞っているんですか。
── 日本人の捕虜の特徴です。また、逆に日本人が捕虜を取扱う場合の諸問題についても研究しています。その間の共通の鍵の一つが『戦陣訓』にないかということです。一般的には、広く言えば国際人道法と日本との関係ですが……。「捕虜の歴史」も研究しています。
白根 そうですか。
── 『本訓』2の(8)、「名を惜しむ……」というところにとくに興味を持っていますが、専門は近代思想史、とくに軍隊内における教育についてです。
軍紀風紀が紊乱していたからああいうものをつくった、という論理からいきますと、捕虜になるものがいっぱいいた、ということになるわけですか。したがって、そういう方面が紊乱していたから、ああいう一文が入ったと考えてよいのですか。
白根 捕虜の数が特別多いということはなかったですね。
── するとなぜ捕虜についての一文が入ったのでしょうか。
白根 みんなが集団行動をしましたから、簡単に何百人の人間を一網打尽に捕虜にすることはできません。ただ、南京で、日本軍が揚子江を渡れなくてウロウロしているところを何百人かつかまってしまったということがありましたね。敵だって軍隊ですからね……。とくに上海や南京にやってきた軍隊というのは精強でしてね。蔣介石の親衛軍ですからね。この隊は軍艦で来たんですよ。毎晩のようにチャルメラみたいなラッパを吹いてましてね。日本軍で捕虜になるのも出ることでしょう。
── あれがピュアピュアと鳴ると皆びっくりして恐怖心にかられると書いている本がありますね。
白根 そう。それでも日本軍で捕虜になる者は絶対数においてもとても少なかったですよね。 〔注〕
<第2次世界大戦主要国別捕虜数>
ドイツ 9,451,000
フランス 5,893,000
イタリア 4,906,000
イギリス 1,811,000
ポーランド 780,000
ユーゴスラビア 682,000
ベルギー 590,000
フランス植民地 525,000
オーストラリア 480,000
アメリカ合衆国 477,000
ハンガリー 337,000
オランダ 289,000
ソ連 215,000
日本 208,000
(1947年6月30日現在、赤十字国際委捕虜中央情報局に登録されている
捕虜カード数)
<『Report of ICRC, 1939〜1947』Vol.2(1948)316頁>
<お詫び> 私のPC力では数字と国名をそろえることが出来ません。
お見苦しいでしょうが、ご寛恕ください。
(つづく)