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領土問題解決のために連携強化を [2012年09月05日(Wed)]
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   根室港で「ビザなし交流」専用の新造船「えとぴりか」と筆者






7月26日から3泊4日、北方領土の国後島に行ってまいりました。全国各地からの社会科の教師約60人と若干名の中高校生とご一緒でした。北方領土問題の解決に時間を要していることから、元島民の思いを次世代に継承するだけではなく、教育の場を通じて広く啓発していくことがこの教育関係者訪問の使命であるのです。

一行は24日までに根室入りし、25日は終日研修(長谷川俊輔根室市長、河田弘登志元多楽島民、吹浦の話など)や納沙布(のさっぷ)岬の視察を行い、26日朝、新造船「えとぴりか」号で根室港を出発しました。

 私個人としては、もちろん「島」の現状を以前と比べて観察することが第一の目的ですが、11年前、東京財団の日露関係研究部会が中心になって「ビザ(旅券)なし」交流専用船を造ることを政策提言した研究グループのメンバーであり、それをまとめた東京財団の担当責任者だった者として、5月に竣工したこの船に乗ってみることも大事な目的でした。また、この交流に1993年の第1回目から関わって来た者として、交流自体のあり方を考える機会にもしたかったのです。

「えとぴりか」号は艫(とも)に船籍を表わす「日の丸」を掲げ、1,124t、16ノット弱の速度で一路、あらかじめ決められた根室と国後の「中間点」に向うのです。そこでロシアの国旗をメインポールに掲げなければいけません。ロシアの支配を承認するといった意味ではなく、これは現実的な安全のため、否応なく実施せざるを得ない仕儀なのです。

 根室港と国後島の主要港である古釜(ふるかま)布(っぷ)まで、これまでは5時間余りかかっていたのですが、この新造船では2時間40分ほどで着くようになりました。今回は往復ともベタ凪ですこぶる快適、これで霧さえなかったらというのは高望みでしょうか。

 ときどきイルカが水面上に飛ぶのが見えます。「心がけがよければクジラの潮吹きも見えるよ」と船員さんが説明していました。北海道大学を中心とする研究グループによると、北方領土周辺には2千頭以上の鯨が成育しているそうです。

 古釜布港外で停船すると艀「ナデジタ」号がやってきました。この船名は「希望」、日本から支援事業の一環として贈られたものです。今までは一行約70人が同時に艀に乗り移っていたのですが、先般、ヴォルガ川でフェリーの転覆事故があってから規則が厳しく遵守されるようになったとかで、2回に分かれて岸壁までたどり着きました。

過大評価は不要 ― 現地で見る「クリル発展計画」
「クリル発展計画」とやらで、5年間に約540億円の事業をこの地域で行うと言うことで、確かに一部の道路で簡単な舗装が行われたり、街灯が少しついたり、家の外装をきれいにしたりと言うことはあるのですが、何度も北方領土を訪ねた者として、私はこの資金、途中でかなり消えてるなと言うのが率直な印象でした。

 一行には若い教師が多く、中には、「こんな酷い道は初めてだ」とすっかり気分が悪くなり、同行した医師の世話になった人もいました。確かに、今や日本国中、よほどの山間僻地ででもない限り、これほどまでに砂塵が舞う道に出会うことはなくなったと、今さらながら日本のインフラ整備の完璧さと、国後の道路整備の遅れを認識させられました。

 同じ7月3日にメドヴェージェフ首相が2年半ぶりに国後に来、その砂埃の道を自ら少し運転したようですが、政治的パフォーマンスの域を出ず、島側からは「スポーツ施設をつくってほしい」と陳情したのですが、確約はなかったようです。国後島はその程度のインフラであることは確かです。

 島の「ロシア化」は今後とも注目する必要はあります。10年余り前、それまでの映画館をロシア正教の教会に作り変えていたのですが、ようやく本格的な教会建設が進んでいました。

教師のみなさんは、初めての北方領土訪問に、異口同音に「な〜んだ、この程度の発展ぶりか」と言っていました。その上、こうしたインフラの維持・管理の費用が継続的に予算化されるのかという不安を、島民の方から聞くということもありました。

北方領土の住民はよく入れ替わる 人口の流動性がとても高いというのも今回の印象です。島民約20人に聞いてみましたが、国後生まれの人には出会えませんでした。「給料3倍ですので、教師としてやってきました」「ここなら事業が出来そうだとネライをつけて移住しましたが、早くウラジオストクに戻ってこことの取引をしたいです」「ロシアの中では生活は楽なところですが退屈です。11年間の義務教育を終えると上級学校も職場もない。本土に戻ることが目標です」。

 10ヶ所に分かれて家庭訪問したうち、2つの家庭で「島は日本のものだ」「早くに日本の管轄になって大胆な開発を進めてほしい」「ビザなし訪問で福井県に言ったが、あそこは天国だ」という声を聞いたそうです

「クリル発展計画」により、5年間で540億円もが千島列島と北方領土に投じられるとはいっても、船は岸壁に着岸できず、舗装されているのは町の中心部の単線のみ、ちょっとした生活用品は通信販売という暮らしは、なかなか大変なようです。

ロシア語名を付けることには現島民も国際社会も反対訪問していたころ、ロシアのナショナリズムがまた歪んだ形で、露出してきました。北方4島の名称を変更しようという動きがあるのです。国後島はダヴィードフ(活躍した船員の名)またはコサック島、択捉島はナデジダ(希望)または大鮭島、色丹島はフィグルヌイ(探検家シパンベルクが付けた名)または美しい島、歯舞群島はソヴィエツキェかルースキー群島にと、少数政党「公正のために!」のポノマレンコ党首が主張しました。島民の声は「生活条件の向上が急務なのに政治家は名前の変更というくだらないことに情熱を費やしている」「思いつきより実質を」というものでした。

 主導するのは「公正のために!」という、この6月にできたばかりのミニ政党。党員は全国で600人とか。これが10月のサハリン州議会選挙で北方領土に住む有権者の支持を得ようとして、島内で島名変更のための「世論調査」を行うと報道されていますが、これは現島民の実情を知らなすぎる話です。

 第1は、ハボマイ、シコタン、クナシリ、エトロフは言うまでもなくアイヌ語に由来する名称で、日本語の歯舞、色丹、国後、択捉ももちろん当て字、これは世界的に周知されている。EUの駐日代表部や駐日フランス大使館の幹部と反す機会があったが、「地名を今更変更というのはロシアの自信のなさだ」「世界に迷惑をかけることだと認識すべき大統領」と言っていました。「公正のために!」私も反対するほかありません。

 第2は、既に4島の名はロシア社会にあって、好むと好まざるとに関わらず67年間も使用されてきた呼び名であり、無用な摩擦につながることはロシアの良識が認めないでしょう。

 第3は、州議会選挙の票を獲得しようと言っても、北方4島の人口はせいぜい1万7千人程度。そのほとんどがプーチン支持の「統一ロシア」ということです。そして、4島は南サハリンの港町コルサコフ(大泊)と同じ選挙区であり、これまでの州議会選挙でも、独自の候補者を立てることさえできず、当然、島の住民からは州議会議員を出したこともありません。むしろ、特別に1名の州議会議員枠でも作ってこの地区からはかならず1名の議員を出すことができるとでもしたらいいと思うのですが、これは「敵に塩をおくる」類の話。

 第4は、北方領土に現実に居住している人たちは、今さら、タタキ台として示された何のなじみもない名称に「故郷」の名を変えられることを望んではいません。

 さらに第5は、これに伴う日露関係の決定的悪化をクレムリンが喜ぶわけがないということです。クレムリンはもっと冷静な計算で、日本との関係改善を企図しています。

 歴史をみれば、また昨今の周辺諸国の行動を見れば、ロシアに限らず、ナショナリズムは時に、走らなくてもいい時に暴走する傾向があります。

政局の安定が外交の基礎北方領土の返還を要求する日本として、今は時期を待つべき時です。日露関係を進めるには、まず、日本とロシアの政治状況・政局が安定することが最大の条件だからです。7月3日のメドヴェージェフ首相の国後島訪問に続き、8月9日の李明博韓国大統領の竹島訪問、8月15日の尖閣諸島魚釣島への香港の活動家たちの上陸。政局不安定の日本がいかにもなめられている状況にあります。

「国民の生活が第一」と言われても、「国会の政局が第一」としか私には聞こえません。
日本に主権問題、外交、安全保障に挺身する志を持った政治家が出てこなくては、周辺諸国との関係は悪化するばかりではないでしょうか。仲間を集い、そうした政治家を支援してゆくことも、これからはユーラシア21研究所の大きな使命の1つかと考えます。

今ひとつは、百歩譲って「引き分け」の形で4島問題の解決を図るなら、日本はどんな見返りや譲歩が可能かにチエを絞ることではないでしょうか。「4島一括」は譲れません。しかし、その条件で、どんな方法でロシア側にも眼に見える、妥協し易い条件を作ってやるかも、民間団体ならではの研究できる課題ではないでしょうか。

そして、それらを有効活用するためにも、領土問題を総合的かつ戦略的に考究する組織の構築が望まれます。ユーラシア21研究所は師・末次一郎先生たちが始めた、私も最初から関わって来た安全保障問題研究会(現在の会長は、袴田茂樹新潟県立大学教授)とタイアップして、40年の実績をもとに、そのリーダーシップを担いうるものと確信します。

今月はウラジオストクで通算3回目の「東京・ウラジオストクフォーラム」を開催し、来春には同じく29回目に当たる「日露専門家対話」(かつての「日ソ専門家会議」)をモスクワで開催します。ほかにこれまでサハリン州行政府との間で10回の「サハリン・フォーラム」も開催し、率直な話し合いを継続してきています。

国後島で暗い夜道を散策しながら、この島の行方と日露関係の進路を思い浮かべ、以上のような感想を書かせていただきました。
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