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和田有一朗くん。、尖閣上陸、よくやってくれた [2012年08月20日(Mon)]


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昨日、尖閣諸島の魚釣島に上陸した5人のうちの一人が、同じ末次一郎門下の後輩・和田有一朗くん(47)。早稲田大学卒後、神戸市議を経て、兵庫県議(3期)。学生時代創設した「鵬志会」はいまや伝統の雄弁会をはるかにしのぐサークルとして活動している。

1995年1月17日の阪神淡路大震災の際には、これはもう朝日新聞の「天声人語」に出た話なので、内緒ではないのですが、OSCの大川功会長兼社長が、私を見込んで(?)10億円をポンと出してくれたとき、即刻、和田くんに連絡、彼は、バイクを駆って大活躍、見事に責任を果たしてくれました。

その後、政治家となり、同門の松原仁法務大臣ともども5月には私が主宰するユーラシア21研究所に来てくれ、6月には私が新神戸に訪ねて、いろいろ意見交換をしました。

きょうは早速、私から「よくやってくれました。私の周辺は大喜びです。大拍手!」と携帯メールをしたところ、即刻「すべての条件が運命的にそろい、誰かがやるべきことが出来ました。ありがとうございます」と返信が来ました。

国を憂い、主権を思う好漢は、地方議員であるより、永田町に迎えたいものです。神戸のみなさん、そう思いませんか?
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先生、そういう記事に安心なさるのはどうかと思います。
中国がわがまま勝手な子供みたいな国で、ダブルスタンダードなどお手のもの、金を積んで相手国の指導者層の歓心を買う一方、自分たちに歯向かう国には居丈高に喚き立て、脅しつけるという事実は今や多くの国に認識されています。

しかし、日本に関しては、韓国が同じことを国際社会に訴える可能性があります。ついでにロシアも。
3国が異口同音に「日本は先の戦争の反省をまったくしていない。その証拠に他国の島をかすめ取ろうとしている」と訴え、しかも日本国内に過激な言動を行う者が出て来れば、半可通は「なるほど、日本は何かを企てている」と思わぬとも限りません。
自民党の総裁選で、候補者5人が全員、憲法改定や自衛隊の増強を主張したのは、実はかなりマズいことではなかったかと心配しています。

日本は主張すべきは主張すべきですが、その発言内容ややり方はしっかり考えてからやるべきだと思います。相手と同レベルに喚き返すのではなく、第三者から見れば、「やっぱり日本はジェントルマンだよね」と思ってもらえるような反論ができないと日本も国際社会から呆れられ見捨てられる可能性があります。

とても残念なことに、日本の政治家の質の悪さも、すでにかなり広範に知れ渡っています。これを挽回するのはかなり難しいことなのですが、当の政治家たちが気づいているのかどうか。
私は本当に心の底から心配しております。
Posted by: 桃です  at 2012年10月13日(Sat) 07:03


以下は、興味深い議論? 対話?をされているお二人へのご参考までに、産経電子版からの転載です。

     ☆☆☆  ★★★  ☆☆☆ 

9月の国連総会一般討論で中国の楊潔チ外相が尖閣諸島(中国名・釣魚島)をめぐり「日本が盗んだ」などと激しい表現で日本批判を繰り広げたことについて、日本政府筋は11日、各国政府の高官から驚きの声が上がっているとし、演説は共感を得ていないとの見方を明らかにした。

 同筋は楊外相の表現について「非常に品位に欠けた言葉遣い」とし「国連総会の場で言っていい言葉遣いと、控えるべき言葉遣いがあるのではないか」と批判した。

 日中双方が議論をしている最中のため「明示的に日本が良かった、中国が悪かったと言う人はいない。しかし(中国が)あそこまで言うことに驚きを口にしている人(各国高官)は数人にとどまらない」と話した。(共同)

(楊潔チのチは「簾」の「广」を「厂」に、「兼」を「虎」に)

Posted by: 吹浦忠正  at 2012年10月12日(Fri) 15:04

確かにここは「尖閣上陸、よくやってくれた」とおっしゃる方のブログですので、このような議論は相応しくないかもしれません。ブログ主のお咎めがないので甘えておりますが。(笑)
しかし、このような議論が無駄であるとも限らないのではありませんか?

サンマンさん、以前にも申し上げましたが、私も水掛け論をするつもりはありません。
二つ前にも申しましたが、なぜ「日本の版図外(=外国領だ)。」ということになるのでしょうか? いくらなんでもこれは「論理の飛躍」というものではないでしょうか? 1万円札なら人工物ですから落とし主がいないなどということはあり得ないでしょうが、自然のものなら「無主物」ということは十分あり得ると考えます。

サンマンさんは1690年代に江戸幕府は松島(現・竹島)の存在すら知らなかったとおっしゃいますが、問われた鳥取藩は知っていたわけですし、ましてや日本の漁師たちは竹島(現・欝陵島)まで出掛けて行ってアワビを採ったり竹などを伐採したりしていたわけです。日本はすでに鎖国中です。これは「外国領と認識していなかった」ことを証明するものではありませんか? 当時の概念として、明らかに先住者がいる土地でなければどこまで行っても問題はなく、もし行った先で問題が起きたら、その時改めて先方と話し合うという考え方ではなかったでしょうか。

なにしろ渡海禁止を決めた時の老中、安倍豊後守が「竹島の地因幡に属せりといえども」という覚書を残しており、「主権問題で降りたわけではないが、友好のために竹島での漁業は禁ずる」という趣旨であったと見られています。外務省の主張はこれに沿っています。
「鳥取藩の回答によって外国領と認識した」のではなく、日本の漁師が先に漁場として使っていたのだから日本の地だと主張できると考えていたようですね。

つまり、ごく最近まで「AでなければBである」などという考え方自体がなかったのだと思います。そういう意味では、「日本が日本の領土ではないと言ったのだから韓国のものだ」という発想そのものが姑息と言えなくはない。だから話し合ったら良いではないかと思うのです。
友好が大事か、ちっぽけな島とプライドが大事か、よく考えて話し合えば良いと思うのです。私が申し上げたいのはそういうことです。

話し合うためには、双方に謙虚さと相手を尊重する気持ちがなければなりません。過去に対する反省は必要であるにせよ、必要以上に卑下する必要もない。むしろ注目すべきは、何で韓国があそこまで凝り固まっちゃったか、でしょうね。
人の心は正論に納得できないこともあります。今の日本政府の姿勢はちょっとマズイよねと思います。余裕のあるほうが道を譲ってあげればいいんだと思います。それは「主権を譲れ」という意味ではありませんが、今の日本も落ち目を意識してか余裕がないよねとは思います。
Posted by: 桃です  at 2012年10月11日(Thu) 08:15

桃さん

>その後、鬱陵島には朝鮮人が定住するようになり、幕府は本土から島までの距離や隣国との友好関係を考慮して日本人の鬱陵島への渡海を禁じ、その旨朝鮮側に伝えるようにと対馬藩に命じたとされています。

 事実は、1690年代に鬱陵島(当時、日本人はこの島を「竹島」と呼び、現在の竹島を「松島」と呼んでいた。)で朝鮮漁民と日本漁民との間で紛争が起こった時に、江戸幕府は鳥取藩に対し「竹島(鬱陵島)は鳥取藩所属の島か?」という質問状を出しました。それに対し鳥取藩は「竹島(鬱陵島)および松島(現在の竹島)は鳥取藩領にあらず。」と回答しました。鳥取藩は聞かれてもいない松島(現在の竹島)についてもこう答えたのです。紛争地は竹島(鬱陵島)だけだったので、その回答を踏まえて幕府は「鬱陵島への渡海を禁じ」たわけです。しかし、そもそも幕府は当時松島(竹島)の存在すら知らなかったわけで、いずれにせよ、鳥取藩の回答により江戸幕府は「竹島(鬱陵島)も松島(現在の竹島)も日本の版図外(=外国領だ)。」との認識を持ちました。
 明治に入って、明治政府は島根県庁に日本の版籍調査を依頼し、その結果報告を受けて1877年に、「竹島(鬱陵島)外一島(松島=現在の竹島)は日本の領土にあらず。」という内容の太政官指令書を公布しています。(この文書は東京の国立公文書館にあり、韓国にもその存在は知られています。)

>では、日本はいったいいつから「竹島」の存在に気づいていたのでしょうか?

 いつからその存在に気づいていたかは知りませんが、以上の事実からすれば、日本は1904年の島根県編入前まで鬱陵島・竹島は外国領(韓国領)だとの認識を持っていたと思います。

>朝鮮はいつ「独島」を自国領と宣言したのでしょうか?

 いつ宣言したか知りませんが、大韓帝国は行政措置として1900年に勅令41号を公布し「欝陵島を欝島郡と改称し、その管轄区域を欝陵島全島と竹島(今の竹島とは別の島)・石島」としました。韓国ではこの石島が今日の竹島=独島であり、大韓帝国が竹島=独島を支配した有力な根拠とされています。
 なお、以前にも書きましたが、島根県役人44名一行が1906年に「竹島編入の事実」を事後報告した時に、欝陵島の郡守・沈興沢が驚いて「本郡所属独島について日本官人が、いま日本領地になったといってきた。照亮されんことを務望す。」と注意を促す報告書を送ったことからも、韓国側の認識として、日本による竹島島根県編入以前からすでに「独島が欝島郡所属の島」との認識を持っていたことがうかがえます。

 さて、私としましては、ここは竹島のスレッドでもないし、歴史論争・水掛け論をしたくありませんので、これ以上の議論はお開きにさせていただきたいのですが?
 最期に、竹島=独島問題について、私はおもに、内藤正中著「竹島=独島問題入門―日本外務省『竹島』批判」、「竹島(鬱陵島)をめぐる日朝関係史」等の著書を参考にして述べています。
Posted by: サンマン  at 2012年10月07日(Sun) 15:09

サンマンさん、私が申し上げているのは、あなたのおっしゃる「歴史的事実」とは何ですか?ということです。

あなたは尖閣諸島や竹島について、「相手国の弱みに付け込んで」という言葉を何度も好んでお使いですが、例えば竹島の場合、あなたの理屈では「日本は竹島を1905年に、朝鮮の保護国化に先立って、日本の領土に組み入れた」ということになるのですよね?

では、日本はいったいいつから「竹島」の存在に気づいていたのでしょうか?
1904年ですか?1900年でしょうか?

外務省の「竹島」に関する記述によれば、江戸時代の初めには日本人は鬱陵島で漁をし、『隠岐から鬱陵島への道筋にある竹島は、航行の目標として、途中の船がかりとして、また、あしかやあわびの漁獲の好地として自然に利用されるようになりました』とあります。
また、『当時、幕府が鬱陵島や竹島を外国領であると認識していたのであれば、鎖国令を発して日本人の海外への渡航を禁止した1635年には、これらの島に対する渡海を禁じていたはずですが、そのような措置はなされませんでした』ともあります。

その後、鬱陵島には朝鮮人が定住するようになり、幕府は本土から島までの距離や隣国との友好関係を考慮して日本人の鬱陵島への渡海を禁じ、その旨朝鮮側に伝えるようにと対馬藩に命じたとされています。

つまり、サンマンさんはこの辺りの情報をご存じないか、無視していらっしゃる。その理由は何ですか?
徳川が支配した時代と、明治以降の日本は別物だということでしょうか?
朝鮮はいつ「独島」を自国領と宣言したのでしょうか?
それは日本に知らされたのでしょうか?
ここのところをきちんと説明しない限りは、サンマンさんの主張は「自虐的」と見なされても仕方のない点があると思います。
同じことをしても、相手国がした場合には問題がなく、自国がした場合には問題があると言っているように聞こえますから。

サンマンさん、私は【何度でも申し上げます】が、だから話し合いをすればいいのですよ。歴史を遡れば、最終的にはあれらの島々は、「誰もその存在を知らない無人島」であったことは疑いないのですから。
では、「誰が最初の発見者か?」となれば、神ならぬ身にわかりようもないことでしょう。
それを直近の対立関係(戦争)を根拠に「盗人扱い」するのは、やはりフェアなこととは言い難いと私は思います。

最近、日中国交正常化40周年の企画番組として、NHKが盛んに「田中角栄と周恩来」会談に関するテーマのものを流していますが、あの時代にあってさえ、「あのような小島の存在を、両国の対立の理由にしてはいけない」という認識があったのです。
なのに期待された「後世の知恵」はこのていたらく。
やはり笑っちゃいますよねえ?
Posted by: 桃です  at 2012年10月06日(Sat) 02:07

桃さん

>イギリスやオーストラリアに決定権はあるのですか?

ありません。だから「竹島(独島)は韓国領だ」などと私は言ってませんよ。というように、アメリカのラスクの見解のみとりいれて日本人が「竹島は日本領」だと主張することに説得力がないと言ったのです。そこでは、サンフランシスコ条約で連合国の意見の一致が見られなかったので、サ条約において、国際法上竹島(独島)の帰属が明記されなかった旨、述べたのです。

>「小笠原諸島」のほうには、島の領有権を宣言してしまった人や実際に住みついて有効利用している人たちがいたのです。だから自国領にするためには(相手の権利を損なわないように)話し合いが必要でした。

日本は、尖閣諸島・竹島編入前は、それぞれ清国領・韓国領であることを認識し、あるいは、その疑いが強いという認識を持っていました。無人島ではあるが、無主地だとは思っていませんでした。それなのに、相手国の弱みに付け込んで秘密裏に『「私が見つけました」みたいな顔をして領有権を宣言して』しまったものですから、中国や韓国から盗人扱いされているのです。小笠原編入時と同じく相手国に対処していれば、現在に引きずってまでの領土紛争はなかったでしょう。過去の日本の姑息な領土編入の仕方が、事実、日本の国益を大きく損なっていると言いたいのです。

最期に、何度も述べているので本当にこれを最後にしたいのですが(水掛け論をしたくないので)、私はどこの国の主張が正当かどうかを議論しているのではなく、また、歴史論争をしているわけでもありません。厳然たる歴史的事実に基づく現在の相手国の領土認識・国民感情に対して、今の日本の論理は通用しない、怒りを買うだけのことだ、ということを繰り返し述べているのです。
Posted by: サンマン  at 2012年10月05日(Fri) 02:46

サンマンさん、アメリカに「竹島の領土について決定権がない」のであれば、イギリスやオーストラリアに決定権はあるのですか?
このような論法は、結局ご自分の見解の説得力を削いでしまうだけのように思いますが。

それに、ご存知だとは思いますが、当時のイギリスやオーストラリアは、戦争中に自国の捕虜が日本軍に酷い目にあっていたので、「日本憎し」に凝り固まっていましたよね。そういう国々の韓国寄りは、公明正大と言えるのでしょうか?

さて、話を戻しますが、サンマンさん、私はあなたが当然ご存知だと思っていたのですが、「小笠原諸島」と「竹島」「尖閣諸島」との編入時の違いが何か、ご存知ですか?
「小笠原諸島」のほうには、島の領有権を宣言してしまった人や実際に住みついて有効利用している人たちがいたのです。だから自国領にするためには(相手の権利を損なわないように)話し合いが必要でした。

それに対して、「竹島」「尖閣諸島」には先住民や船溜まりはありませんでした。だから、小笠原同様、「私が見つけました」みたいな顔をして領有権を宣言してもいいんですよ。
それが不満なら、後年気づいた時点で「話し合い」をすれば良いのです。
戦争や植民地時代があったのなら、それから脱却した後でもかまわないじゃありませんか。
それがいきなり「泥棒だ!強盗だ!返せ戻せ!」って話になってしまうからおかしいと言うのです。これは明らかに「日本憎し」の心理が働いているでしょう?(ある意味、当然ですが。)

例えば、尖閣諸島の場合、サンマンさんは「清が弱るまで待ってた」とおっしゃいますが、「日本は、清が島に名前を付けていたのを知っていたから清の領土かもしれないと考えて、10年もかけて近くに航路がないか、先住民がいないか、過去に建造物が造られた形跡はないか、定期不定期に関わらず人が上陸して利用している気配はないか等を調べ上げ、そのいずれもないことを確認してから領有を宣言した」と言う人もいるのです。(歴史認識ってこういうものです。)
私はこれが事実かどうか知りませんが、領有権を主張する前に相手に確認しなければならないという考え方はどうかと思います。

おそらく、サンマンさんはとても正直で誠実な方なのだろうと思います。
でも、「私のものでなければあなたのもの」でしょうか?

サンマンさんが駅前で風に舞う1万円札を見つけたと考えてください。
その1万円札はサンマンさんのものではありません。サンマンさんはそのことを十分知っています。そこでサンマンさんは声を上げました。「どなたか1万円札を落とした方はいらっしゃいませんか?」

すると背後の男性が即座に返事をしました。「あ、私のです。ありがとうございます」。そこでサンマンさんは男性に拾った1万円札を渡してしまいます。ところがほんの十数メートル先の交番を通りかかった時、中で真っ青な顔をした女子高生が泣きながら警官に「お父さんにお遣いを頼まれて預かった1万円札を落としてしまった。駅で定期券を出した時には確かにあったから、定期券をしまった時か何かにうっかり落としてしまったのだと思う。届いていないでしょうか?」と訴えている。
さて、サンマンさんが拾った1万円札は本当に男性のものだったのでしょうか?

もちろん、その日に限って1万円札を落とした人が二人いたのかもしれません。サンマンさんの拾った1万円札は正しい落とし主に戻った可能性はあります。しかし、男性はサンマンさんのお人好しにつけ込んで、女子高生が落とした1万円札をせしめて逃げたのかもしれません。さあ、どうしましょう?

私なら、拾ったその場で声を上げず、交番に届けておきますね。それを「落とし主が現れなければ半年後に自分のものになることを見越しての姑息な行動だ」と言われれば大いに心外です。
サンマンさん、「この島はあなたのものですか?」と聞かれて「違います」と答える国家があると思いますか?

ちなみに、外国では道でお金を拾った際、「天使の贈り物」だか「神様の贈り物」と言って、交番に届けなかったとしてもとがめられることはないのだそうです。
少し前に「チャーリーとチョコレート工場」という映画があったのですが、その主人公が雪の吹き溜まりで拾った紙幣でチョコレートを買うシーンがあって、日本では「子供にはお金を拾ったら交番に届けなさいと教えているのに、こんなシーンがあるのでは子供に見せられない」と小さな子を持つお母さんたちの間で騒ぎになっていました。
日本て良い国ですよね。おそらくサンマンさんも良い方なのでしょう。
でも、「日本が姑息な方法で竹島、尖閣諸島を手に入れた」という主張には賛同いたしかねます。
Posted by: 桃です  at 2012年10月03日(Wed) 03:14

斎藤さん

 あなたが紹介したラスクの日本側に迎合した見解は、竹島の領土について決定権のないアメリカ人の一意見にすぎません。
 ちなみに、サンフランシスコ条約に竹島が日本に含まれるべき領土だと規定するよう日本側も何度も要請しましたが、それもイギリスやオーストラリアに却下されたのです。
 実はサ条約の原案作りの過程で、日韓双方からのロビー活動により、竹島(独島)は日本領→韓国領→日本領→韓国領などと二転三転四点・・・しましたが、結局連合国の意見が一致しなかったので、竹島(独島)がどちらにつくかを明確にせずにサ条約が作成されてしまいました。
 従って、ラスクの見解をとらえて「竹島が日本の明確な領土だ」とすることに何らの説得力もありません。
Posted by: サンマン  at 2012年10月02日(Tue) 18:07


アメリカ合衆国政府も明言している、竹島は日本国のものだ。
米国は、1945年8月、ラスク極東担当国務次官補から梁大使への書簡をもって以下のとおり回答し、韓国側の主張を明確に否定しました。
 「アメリカ合衆国政府は、1945年8月9日の日本によるポツダム宣言受諾が同宣言で取り扱われた地域に対する日本の正式ないし最終的な主権放棄を構成するという理論を(サンフランシスコ平和)条約がとるべきだとは思わない。ドク島、または竹島ないしリアンクール岩として知られる島に関しては、この通常無人である岩
島は、我々の情報によれば朝鮮の一部として取り扱われたことが決してなく、1905年頃から日本の島根県隠岐島支庁の管轄下にある。この島は、かつて朝鮮によって領有権の主張がなされたとは見られない。」
これらのやり取りを踏まえれば、竹島は我が国の領土であるということが肯定されていることは明らかです。
竹島は明確に我が日本国の領土である。

Posted by: 斎藤  at 2012年09月29日(Sat) 18:36

私が言っているのは、あなたのような日本側に都合の良い言説は韓国に対して全く説得力を持たないということです。

竹島編入を日本側が韓国側に伝えたのは領有化約1年後の1906年3月で、島根県の役人44名の一行が鬱陵島の郡守・沈興沢を訪問した時でした。編入の事実を伝えられた沈氏は驚いて中央政府に「本郡所属独島について日本官人が、いま日本領地になったといってきた。照亮されんことを務望す」と注意を促す報告書を送ったそうです。しかし、すでに第二次日韓協約(日韓保護条約)が結ばれた後で韓国は外交権を剥奪されていたのでクレームの付けようがありませんでした。それよりも、当時韓国は国全体が存亡の危機に瀕していたわけで、日本海の人が住めない小さな孤島を失うことを心配するどころの騒ぎではなかったはずです。

竹島編入を島根県告示・山陰新聞で報道とのことですが、世界のどこの国の領事館が松江にあったのでしょうか?

竹島編入前、当時の陸軍大臣は「韓国領の疑いのある一塊の岩礁を領有化することで国際社会に日本が韓国に対して領土的野心があるとの疑いを持たれる」ことを心配して編入に反対でしたが、日露戦争を有利に運ぶためには「ここに望楼を建設し、電線を張って来たる日本海海戦に備えるべき」との外務省の山座円次郎の意見が通って竹島領有化が決定されました。尖閣諸島領有化の時と同じく、日本には相手国の韓国のみならず世界の諸外国にも竹島編入の事実を知られることとに対する懸念があったわけで、そうであればこそ日本政府の公示ではなく島根県告知で済ましたのも頷けるところです。こっそり編入しておいて、気づかなかった相手が悪いとする日本の論理を「姑息」といわずして何というのでしょうか?「当時の桂首相以下のやり方」は日本人の面汚しとしか、私には思えませんが。

すでに述べたように、私はどこの国の主張が正当かどうかを議論しているのではなく、また、歴史論争をしているわけでもありません。厳然たる歴史的事実に基づく現在の相手国の領土認識・国民感情に対して、今の日本の論理は通用しない、怒りを買うだけのことだ、ということを繰り返し述べているわけです。
Posted by: サンマン  at 2012年09月20日(Thu) 20:23

どうも、日本が姑息な手段で竹島をかすめ取った言う人がいるようですね。

それは違いますよ。無主の地を取得してゆくのは当時は国としては普通の講堂だったのです。そしてその取得(先占)を閣議で決定したことに、どこからもクレームがつかなかったことは、それだけで十分です。

確かに1905年の韓国政府は弱っていました。前年の「第一次日韓協約」で日本の外交顧問を受け入れ、外交に関しては事前協議も義務付けられていました。しかし、力の時代にあっても、その時に何もしていなかったのは、その時点で仮にあったかもしれない権利を放棄しているとみなされます。

閣議決定なんて知らなかったということで、日本が竹島をかすめとったという自虐的な人もいます。同年1月28日に閣議決定で日本の領土とし、22日に島根県告示として公示され、24日には山陰新聞で報道されているのです。

官報にでていないというのは事実ですが、当時の官報をご覧ください。今と違って、官報が何もかも告知するのとは全然違っています。出ない閣議決定が圧倒的に多いのです。

ですから、日本は堂々と、誰もいず、誰も管理していない竹島を自国領として編入したのであって、当時の桂首相以下のやり方を姑息とするのは公正さを欠き、失礼な話であると思います。
Posted by: 吹浦忠正  at 2012年09月11日(Tue) 07:38

> どうも「豊富な油田」と聞いてあわてたのは中国だけじゃなかったようですね。

これは違いますね。日本はサンフランシスコ条約で尖閣諸島は沖縄の一部として日本に返還されたと考えていましたから、急に主権を主張し始めた中国の態度に近隣住民が慌てたと見るべきでしょう。
ことに石垣島は、漁業者が付近で操業していましたから、中国の船が我が物顔に押し寄せ、自分たちが締め出されることに強い危機感を持っていた。だから慌てて標杭を建てた。しかし、日本政府は尖閣諸島が自国領であることは自明の理であるから何もしていない。そういうことだと思います。
「石垣の漁師は尖閣諸島を中国領だと認めていたから、その付近には近づかないようにしていた。なのに1969年になって急に日本政府の命令で標杭が建てられた」という事実でも出てくれば話は別ですが。
(一つの事実を取ってさえ、人によってこれだけ解釈に差が出るというのが歴史認識の厄介な点です。)


つまり、歴史は連綿と続いている。どちらがどうということもなく、曖昧に過ごした時代もきっと長くある。しかし現在、何かの権利(国権)を確立しようとすると、その歴史をどこかで切ってしまわざるを得ない。それをどこで切りますか?という問題です。

日本はサンフランシスコ条約で世界中から認められたと思っている。しかし、当時の中国は共産党と国民党が争っている最中で、イギリスは中華人民共和国を、アメリカは中華民国を「中国」を代表する政府として参加させようとして話がまとまらなかった。それで「中国」は結局サンフランシスコ講和会議には招請されなかった。日中間のことは後日二国間で話をつけてくれということになった。
そして日本は1952年に中華民国との間に日華平和条約を調印。さらに後、国際連合での「国府追放、北京招請」に倣い1972年に中華人民共和国政府との共同声明に調印。それまでの交流を続けることを条件に中華民国とは断交しています。

だから、中国が「サンフランシスコ条約? ちょっと待て」と言いたい気持ちはわからなくもないのです。しかし、日中共同声明が1972年にずれ込んだのは、「運命のいたずら」的な要素ですね。

現代人がこの辺りをもっとドライに捉えて、「ちょっと待ってくれ。その点についてはこちらにも言いたいことが…」と率直に語り合えれば良いのですが、「姑息な輩」は少しでも自分たちに有利になるようにと、「歴史的事実」ってやつを持ち出すんですね。
「清の時代から…」「江戸時代から…」「明の時代から…」昔は今のような高性能な船も航法もなかったということには目をつぶって、「俺たちはその頃からその存在を知っていた」「そこで漁をしていた」という話に持って行ってしまう。
真剣に考えている方たちには申し訳ないのですが、私はこの辺で吹き出してしまいます。
「かつて海は広くて大きくて、お魚さんも獲り切れないほどいっぱいいたのよね。化石燃料なんてものは誰も興味がなかったのよね」

今という時代を考えずに歴史を遡り、ナショナリズムに陥って行くというのは、とてもバカげたことだと私は思います。男性はこの辺りで国の威信だ、名誉だとおっしゃるのですけれども、「今や海洋資源も有限なんだから、どこの国であろうと無茶獲りしちゃダメ。ルールを作って保護管理し、恒久的に再生可能な資源として利用することを考えるべきでしょう? グローバル化の時代なんだから、まずは国境線より国家を越えた共通認識とルールの確立を」と私などは思いますけれど、なかなかそういう方向には行ってくれないですねえ。

サンマンさん、私もあなたと「どっちが姑息」論争をするつもりはありませんが、外交は誠実な正札取引ではなくて丁々発止の駆け引き。高く吹っかけ安く買おうとする。そこのところを忘れると、相手の言い分ばかりを飲まされるでしょう。それを「自虐的」「マヌケ」と評される可能性は忘れてはいけないと思います。
ただひたすら誠実で優しくあれば尊敬されるでしょうか? バカにされ、憐れまれる場合もあるのではありませんか? 私なら、この件については、歴史論争にしようという時点で×をつけます。

日本政府は、「日本は尖閣諸島が日本領であるということに揺るぎない信念を持っているから国際司法裁判所に訴えようという気はないが、もし中国や台湾が国際司法裁判所で決着をつけようと言うのであれば、日本はいつでも受けて立ちます」と言っておけば良いのではないでしょうか?
「日本固有の領土」とか、「領土問題は存在しない」という言葉は、かえって胡散臭く感じられます。


なお、先日書き込んだ「後の世代の知恵にまかせよう」という言葉は、周恩来氏ではなく、ケ小平氏が1970年代終わり頃に日本に視察に訪れた際に言った言葉でしたね。勘違いしました。失礼いたしました。
Posted by: 桃です  at 2012年09月09日(Sun) 04:40

桃さん
>日本政府は、「1970年代、付近で原油などの資源が豊富に眠っている可能性があると国連の調査団が指摘して以来、中国が主権を主張するようになった」としていますが、最近中国では、「1970年代、付近で原油などの資源が豊富に眠っている可能性があると国連の調査団が指摘して以来、日本が主権を主張するようになった」と学校で教えているらしいですよ。さて、誰が姑息でしたっけ?

 まさに上の日本側の主張によって、たいていの日本国民は中国の領土主張を「姑息」または“ずるい”と感じて到底受け入れられないとの思いでいるのでしょう。ただそれは歴史の一部の一端の事実を取り上げたにすぎず、従って私には少々日本に都合よく事実を歪曲した言い分に感じられます。
 さて、あなたが指摘された「最近の中国」の言い分の方はどうでしょうか?
 下段に私が引用した資料には、「(明治政府の)95年1月の閣議決定は、むろん公表されたものではない。・・・政府が沖縄県「魚釣」、「久場」両島に沖縄県所轄の標杭たてるよう指令したことも、一度も公示されたことがない。・・・のみならず、政府の指令をうけた沖縄県が、じっさいに現地に標杭をたてたという事実すらない。・・・標杭がたてられたのは、じつに1969年5月5日のことである。すなわち、いわゆる「尖閣列島」の海底に豊富な油田があることが推定されたのをきっかけに、この地の領有権が日中両国間の争いのまととなってから、はじめて琉球の石垣市が、・・・「石垣市建之」と刻した標杭をたてた。これも法的には日本国家の行為ではない。」とあります。
 どうも「豊富な油田」と聞いてあわてたのは中国だけじゃなかったようですね。おそらく中国は上記の歴史的事実などを捉えてそのような言い分をしているのでしょう。その主張も事実としてあながち間違いとは言えませんね。同工異曲の感は拭えませんが。
[ 文献における尖閣諸島と無主地先占の疑問その5 ]
http://portable.blog.ocn.ne.jp/t/typecast/187000/49841/35760556?page=2

 但し、このような歴史的事実やこれまで書いてきた日本の尖閣領有化に至るまでの経緯を、ほとんどの日本国民が知らずに日本政府の主張を鵜呑みにして領土主張しているのは確かでしょう。反対に、そのような歴史的事実を(香港、台湾、中華人民共和国に限らず)かなり多くの中国人が知っていて、それらに基づいて領土主張しているのも事実なのです。
 両国の大手メディアが自国の不都合な歴史的事実を伝えないことにそのような齟齬の大きな責任があるのはいうまでもありませんが、やはり日本人が真に日本の国益を考えるなら、国民自身が冷静になって自ら相手国の主張の根拠を知る努力をすることが大切です。日本国民が烏合の衆となって今日の日本の大政翼賛報道に翻弄されてしまっては、太平洋戦争の時の二の舞になりかねませんから。
 何度も書きましたが、私は「どちらの領土主張が正しいかどうか」を論じてきたのではなく、あるいはまた、「どちらの外交が姑息かどうか」をあなたと論じるつもりもありません。どちらも「水掛け論」になるだけのことでしょうから。
 私が言いたいのは、尖閣諸島にしても竹島にしても、日本が過去軍事的に圧倒的に優位な立場を利用して秘密裏にこれらの島の領有化を推し進めた、その「姑息」なやり方が後世に大きな禍根を残すことになった、という紛れもない事実です。(このことを、出来ればすべての日本国民に知ってほしいと思います。)先に述べたように、例えば小笠原諸島の時のように当該国に確認しておけばこのようなことにはならなかったはずです。
 おっしゃる様に「つけ入る隙を作ったほうが悪く、つけ込まれるのがマヌケ」なのかもしれません。しかし、そのような本音、いわば「盗人の論理」を元に日本の正当性を主張すれば中国人や韓国人が納得するのでしょうか?それは永遠に不可能なことでしょう。反日運動がますますエスカレートしていくだけのことです。
Posted by: サンマン  at 2012年09月08日(Sat) 06:29

正直に申しますと、私は今回の尖閣上陸は褒められたものではないと考えていましたので、発言を控えて参りましたが、ちょっと水掛け論的になって来たようなので敢えて水をさしてみようかと…。(笑)

日本が戦後無人になった尖閣諸島を無人のままにして来たのは、やはり台湾や中国に対する配慮があったためだと思います。
それを最近中国が強気に出て来たからと、苛立ちと焦りをあらわに「やられたらやり返す」脊髄反射的に果たした上陸を褒める気には私はなれません。
「世界が見ている」ことを忘れた行為であるように思われます。

相手の側には、中国国旗を掲げて上陸しながら、遠くない過去に同じ国旗を燃やした反共産党の活動家もいたと聞きます。台湾の活動家と言いながら、中国本土の企業の支援を受けて中国国旗を翻すケースもあるようですし、相手が必ずしも一枚岩でない状態であるようなのに「敵はここだぞ」とばかりに日の丸を翻すのは上策でしょうか? もう少し思慮がほしかったと思っています。

ことにこういうことは、実際の現場で向き合う人達よりも、普段遠くから眺めているだけの人間のほうが、現実的な妥協より理屈に走って先鋭化するような気がいたします。
日中国交正常化の時の首相、周恩来氏が「後の世代の知恵にまかせよう」と言ったのですから、そしてそれに反対しなかったのですから、お互いにもう少し知恵の絞りようがあるのではないでしょうか?

同時に、サンマンさんのおっしゃることにも同意いたしかねます。
外交というものは、残念なことですけれど、本来姑息なものです。どの国の外交官も常に「自国の利益を最優先」に考えています。つけ入る隙を作ったほうが悪く、つけ込まれるのがマヌケなのです。
よく外交は「相手の足を蹴飛ばし踏みつけながら、顔だけにこやかに踊るソシアルダンス」に例えられます。「一勝一敗なら上出来」な世界なのです。

また、サンマンさんがおっしゃることは、まず中華人民共和国が明や清の正当な後継者とみなせるかどうかから議論しなければならないでしょう。
「ただそこいら辺に同じ民族が昔から住んでいるから同じ国」ということにしてしまって良いのか?という点です。
清は満族による征服王朝で、清を倒したのは(それまで列強の圧力による弱体化もありますが)辛亥革命です。革命家孫文は臨時大総統となって中華民国を建国しました。
その地位は、次に大清帝国第2代内閣総理大臣を務めた袁世凱が引き継ぎますが、やがて孫文と袁世凱は対立します。
孫文は国民党を結党し、これはやがて蒋介石へと受け継がれます。蒋介石は反共的で共産党とは相容れませんでした。
第二次世界大戦後、両者は本格的に争い、共産党側が勝利して国民党軍は台湾に逃れます。今日、両者は共に「一つの中国」を掲げていますが、互いに「我こそが正統」として譲りません。

どちらにしても、中華民国は清から、中華人民共和国は中華民国から、武力闘争で国土を分捕ったわけですね? 正々堂々(?)分捕ったので姑息ではない? サンマンさんがご指摘の通り、尖閣諸島について、日本政府が気を遣ったのは清ですが、どちらも清朝を受け継いだと言えるのでしょうか?

また、最近、香港でしたかの実業家がブログで暴露してしまいましたが、1920年に、中華民国の駐長崎領事は遭難した漁船の乗組員を救助してくれたとして、日本政府にあてた感謝状で「日本帝国沖縄県八重山郡尖閣列島」と書いていました。
1953年には「人民日報」が最初の部分には「尖閣諸島を含む琉球群島」と書いてあり、最後の部分では「琉球は日本人民が独立、民主、平和を勝ち取る闘争と、切り分けることができない」と書いた文章を発表しています。
日本政府は、「1970年代、付近で原油などの資源が豊富に眠っている可能性があると国連の調査団が指摘して以来、中国が主権を主張するようになった」としていますが、最近中国では、「1970年代、付近で原油などの資源が豊富に眠っている可能性があると国連の調査団が指摘して以来、日本が主権を主張するようになった」と学校で教えているらしいですよ。さて、誰が姑息でしたっけ?

このような具合なので私は歴史が好きではありません。読む文章ごとに違う見方が出て来てすっきりまとまった試しがありません。
歴史が好きな方は多分、この混沌こそが楽しいのでしょうね。
国境線において、「我が国固有の」と主張することは、本来出来ることではないのだろうと思っておりますが、台湾の馬英九総統のように、「公平な漁業協定を結んでくれれば、主権は棚上げでかまわない」とする国権の代表者が双方に現れない限り、国境は揺れ動き続けるのでしょう。

長文失礼いたしました。
Posted by: 桃です  at 2012年09月07日(Fri) 21:06

>先人が無主の地を日本の領土にしたことを、どうして「姑息な手段」などと言えるのでしょうか。
>日本が堂々とその主権内にあることを宣言したことが私にはなぜ、卑下しなくてはいけないのか理解できません。

 日本が尖閣諸島を領有するとの閣議決定は公示されなかったし、日清講和会議の際に清国側には一切知らせませんでした。当時日本政府は、清国の抗議を恐れ、日本がこの島を踏査することさえ新聞などに載らないように密かにやり、一般国民および外国とりわけ清国に知られないように気を配り、この問題は太政官会議にも出されなかった。
 というように、尖閣諸島の領土編入は、あなたが仰る様に「日本が堂々とその主権内にあることを宣言した」わけではありません。自国民にも知らせずに、他国領との認識の島を“万引き”するかのように自国のものにしたことを「姑息」と言わずして何と言えばよいのでしょうか?

>「姑息派」の方のには小笠原の領有も納得ゆかないのでしょうか。

 小笠原領有は事前に何度も英米に問合わせをしながら、あとでクレームが付かないことを確認して日本領にしています。これら欧米諸国に対しては、対中国、対韓国には比較にならないほどの非常な気の配りようでした。

>堂々と閣議決定し日本の統治下に置いたことを姑息な手段でというほど、私は自虐的な日本人ではありません。

 他国領との認識の島を窃盗するかのように領土編入しておいて、あとで「固有の領土」などと誤魔化して自国の行為を正当化することの方が、私にはよほど「自虐的」に見えますが。日本人としての誇りがどこにあるのでしょうか?
Posted by: サンマン  at 2012年09月06日(Thu) 00:23

先人が無主の地を日本の領土にしたことを、どうして「姑息な手段」などと言えるのでしょうか。

世界の陸地の領有権を確定しあうことが急速に行われていた時期に、日本が堂々とその主権内にあることを宣言したことが私にはなぜ、卑下しなくてはいけないのか理解できません。

「姑息派」の方のには小笠原の領有も納得ゆかないのでしょうか。そもそも日本人が日本列島に国家を創設したことはいかがなのでしょう。インカ帝国を滅ぼしたスペイン、先住諸民族・諸部族を圧倒してゆかねばアメリカでもロシアでも国家ができなかったはずです。それは姑息でも何でもありません。時代の力のなせる業であり、「力が正義」の時代であったからです。

それだけではならじと人類は不完全なものであれ国際法を発達させ、国際司法裁判所をとにかくここまで進歩させて、なるべくそこの決定には従うという国際社会のルールうぃ決めてきたのではないでしょうか。

竹島でも、尖閣でも、日本は勝手に住み着いたわけではないし、いつの間にか日本の領土にしたわけではないのです。閣議決定を知らまかったとか、米軍が射爆場につかっていたときにクレームをつけなかったというのは、すでに韓国や中国が情報収集能力も統治能力も関心さえもなかったというほかありません。まさに「無主の地」であったといわれても仕方ないことです。

堂々と閣議決定し日本の統治下に置いたことを姑息な手段でというほど、私は自虐的な日本人ではありません。
Posted by: 吹浦忠正  at 2012年08月29日(Wed) 14:11

サンマンさま
ご教示ありがとうございました。
参考文献といえど人が書くものは、多少なりと書き手の主観が入るので、それをまた客観的に且つ多角的に分析して自分の見解にする・・・その時にまたその個人の思考や感情や性質が加味されるわけですね。だから歴史はむずかしい。芥川龍之介の作品にありましたね。「霧の中」でしたでしょうか。ひとつの事件を関係者がそれぞれ自分の立場から状況説明するのですが、それを聞くとだれもが犯人ではなくなる、というような話。
もとより戦争そのものに、正義はないと私は考えていますので、領土問題も、「奇襲作戦」が卑怯といわれたりするのと同じような感覚で捉えてしまいます。どこからが卑怯とか姑息とかいう線引きがわかりません。戦争時はお互い様、喧嘩両成敗に近い感覚です。
ただ、かつての日本と日本人の一部は思い上がり、間違い世界に迷惑をかけました。だから、弱小といわれても、憲法第9条は変えてはならない。これは過ちを犯した国の背負うべき十字架だと思います。非核三原則も同じく。
今の日本と日本人は精神が貧弱で目先の私利私欲に走る人間が多く愚かさ弱さが目立ちます。でも、非道をしたのは、この人たちではありません。喧嘩をして怒っているのはだれですか。だれに怒っているのですか。今、ここにいる人は、それをした人ではないのです。この人たちは真実を知らないのです。
開き直るというわけではありません。かといって過去の過ちは遡ってやり直しもできない。だから、今からここからできる建設的なことを、双方の知恵と人徳とをもって、考えていくしかないのではないでしょうか。
大事なのは、今ここに生きる我々がどうするべきか。
韓国、中国、ロシア。北朝鮮、そして日本まで。どれも一部の人間のしたことであり、個人で付き合えばいい人ばかりだと思います。
それが、どうして批判合戦、拒否合戦になってしまうのか。そこから何がうまれるのか、それが残念でならないのです。
ともかく、せっかくのご教示を無駄にせぬよう、勉強させていただきます。そして最良の手立てを模索したいと思います。


Posted by: サクラ  at 2012年08月28日(Tue) 21:13

サンマン様、興味深いHPを教えてくださってありがとうございました。(ブログの主は大変研究熱心な方ですね。
でも、日本の外務省の尖閣諸島の領有権についての見解を知って(ネットが出来ても、知っている人は少ないのではないでしょうか)、考えを変える中国の人もいるそうです。怒り続ける人ばかりではないですよ。
Posted by: ゆず  at 2012年08月27日(Mon) 23:17

サクラさん

 尖閣領土問題については、「尖閣」列島―釣魚諸島の史的解明(井上清著)が当時の資料に基づいて詳しく持論を展開しています。初めにお断りしておきますが、この本は尖閣諸島が「中国領」とのスタンスで書かれています。無論、著者の解釈が全面的に正しいなどというつもりはありませんが、日本側の文献が豊富にあるので、当時の日本の尖閣編入の状況がよく理解できます。
本一冊読むのが面倒な場合は、上記著書に基づいた次のブログが参考になります。

林俊嶺氏のブログ「真実を知りたい」より
・古文献における尖閣諸島と無主地先占の疑問その3
(1/2) http://portable.blog.ocn.ne.jp/t/typecast/187000/49841/35728410
(2/2) http://portable.blog.ocn.ne.jp/t/typecast/187000/49841/35728410?page=2
・文献における尖閣諸島と無主地先占の疑問その4
(1/2) http://portable.blog.ocn.ne.jp/t/typecast/187000/49841/35751661
(2/2) http://portable.blog.ocn.ne.jp/t/typecast/187000/49841/35751661?page=2
・文献における尖閣諸島と無主地先占の疑問その5
(1/3) http://portable.blog.ocn.ne.jp/t/typecast/187000/49841/35760556
(2/3) http://portable.blog.ocn.ne.jp/t/typecast/187000/49841/35760556?page=2

 尚、竹島問題については、竹島=独島問題入門―日本外務省『竹島』批判(内藤正中著)が、竹島をめぐる江戸時代からの日朝間の歴史的経緯や、1905年の明治政府による島根県編入の過程が分かり易く述べられています。この本は66ページしかないので楽に読めます。
 また、「国際法」について、上で紹介した林俊嶺氏のブログで、歴史学者の梶村秀樹氏の見解を紹介しています。過去のICJ裁定の問題点なども指摘されているので、領土問題における国際法理解のひとつの参考になるでしょう。
・竹島問題と国際司法裁判所−ICJ (竹島領有権問題21)
http://hide20.blog.ocn.ne.jp/mokei/2010/04/icj_11aa.html

 最後に、誤解のないように言っておきますが、私は「どこの国の領土主張が正当かどうか」を議論しているのではなく、「日本の姑息な領土編入の仕方」を問題視しているのです。それが必然的に反日運動を引き起こす原因になっているのです。その結果、日本がどのように自国の領土主張の正当性を訴えてみても、反日運動をエスカレートさせるだけで、相手国の国民を納得させることは永遠に不可能でしょう。尖閣諸島にしても竹島にしても、日本は後に大きな禍根を残す領土編入をしてしまったというわけです。
Posted by: サンマン  at 2012年08月27日(Mon) 08:02

ちなみに、サンマンって人の考えは、今となってはもう古い。
かつてはそれで通用していたが、今は国際社会が、日本政府は領土を守る気が無いと見ている。
単に領土問題は無いとの政府の見解を言ってるだけでは最早足りない状況。
なので軍事力を持って侵略しても、日本に味方する所がいない。
其れほどまで実効支配の力が弱まっている。
なので政府の代わりに名誉回復をする為の行動を世界へアピールしなければならない。
Posted by: ひげ  at 2012年08月26日(Sun) 15:36

実効支配の弱化が行われたので、強化をしたまで。
政府がやらないから国民がやらなければならない。
和田先生は奥さんに動かされてるんだっけ?w
しかし和田先生のホームページがなかなか完成しない・・・。
兵庫県民として嬉しいから、色々話が聞きたいなあ。
Posted by: ひげ  at 2012年08月26日(Sun) 15:30

サンマノさま
私は戦後の生まれで戦後育ち、しかも歴史(戦史)に関しては、何をどう信じてよいのか全く分からないのです。国立国会図書館にでもいけば、きちんとした文献が閲覧できるのでしょうか?。存在するのですか?何をみたらわかるのですか?
サンマノさまは、どこでその事実を確認されたのでしょうか?
戦時中のことは、幼いころに外務省の事務官として上海に駐留していた祖父の断片的な話からしか、確信が持てる知識がありません。
ただ「戦争は人間を人間でなくする」ものだという強く重いメッセージと、日本の過ちが何かを、祖父はずっと伝えてくれました。
今はもう、吹浦っさまとサンマノさまのお話の事実確認をしようにも、祖父はこの世におりませんし、現場にいたか当事者でない限り、あの時代は今の北朝鮮のように、情報が操作されていたのでしょうから、真実を知り得たかどうかもわかりません。

私は真実が知りたいと切に願うものです。真実が解らなければ反省も謝罪も、そしてこれから成すべきことも分からないからです。
だから、自分の立ち位置が不明で意見が持てず、ずっと心に黒雲が湧いたまま動くことができません。
ただ、今ここにだれも当事者や責任者ではなく、互いに過去の人間のしたことで、責め合うのは不毛だと感じることと、たとえ国際法に強制力がないとしても、今、国際社会で少しでも平和や相互理解や和解のために無駄な諍いを、または余計な血を流さぬために、仲裁にはいったり基準や規準になるものが、それしかないのであれば、ともかくこれからの地球を共有する人間たちは、そこ(国際法)をよりどころにするしかないのではないかと思えるのです。
「あんなもの、なんにもならない」と、例えば日本国内の法律を「誰かがかってに作った決まりだから守らない」と、皆が言い出したら、もうそこは人間社会ではなくなってしまう。
大地も海も空も、本来だれのものでもないのですよね。
それなのに、国の成り立ちをみるとどこも「先に見つけた」といって、先住民を無視した占拠から始まったり、戦争を繰り返して取った取られたの攻防の末に、力の残っている方が自分の陣地にするという成りたちなのでしょう?。どこもかしこも。
どこの国は正当で、どこの国は不当だったのですか。そこをサンマノさまは、どう分けていらっしゃるのですか?その基準は?
北方領土はどうなのですか?教えてください。
Posted by: サクラ  at 2012年08月25日(Sat) 22:43

 中国の釣魚島領有の正当性を私が議論しているのではなく、日本の領土編入の姑息な侵略的編入の仕方、すなわち、相手を軍事力で弱らせて有無を言わせない状態にしておいて秘密裏に領土化する、強盗と空き巣泥棒を合体したかのような手法が、日本の領土編入の大きな問題だと言っているのです。日本に大きな禍根を残す領土編入をしてしまったという事です。
 あなたが述べられた日本の領土編入を正当化する主張は一つの見解にすぎず、しかもそれは「盗人の論理です」。当然、中国にもそれに対抗しうる中国の主張があるはずです。
 また、領土問題における国際司法裁判所(ICJ)は、(国内の裁判所と違って)定まった法律もなく、決定に強制力もないことから、同じく一見解が裁定として出てくるにすぎず、ICJでの解決が必ずしも普遍性を持つとは思えません。
 これらを材料に、あなたが日本の正当性を主張されても、永遠に結論の出ない不毛な論議になるだけです。中国人は決して納得しないでしょうし、彼らの怒りを買うだけで、「日本人、盗人猛々しい」という言葉を返されるのが落ちです。
 ところで、私は日本国民ですが、それが何か?
Posted by: サンマン  at 2012年08月25日(Sat) 07:09

あなたの行動は、愛国者でも何でもありません。
単なる自己満足です。

琉球新報に掲載された、尖閣列島戦時遭難者遺族会の慶田城用武会長の言葉を、あなたはどう考えるのか。

「遺族会の気持ちを踏みにじり、慰霊祭を利用して上陸したとしか思えない」
「私たちは毎年、尖閣が平和であることを願って慰霊祭を開催し、二度と戦争を起こしてはならないと誓っている。慰霊祭を利用して戦争につながる行動を起こすことに対し、無念のうちに死亡したみ霊は二度目の無念を感じていると思う」
「上陸合戦で問題は解決しない。日中の緊張を高める意味で、尖閣に上陸した香港の活動家と同じように映る」

よく噛み締めてお読みなさい。
Posted by:  at 2012年08月24日(Fri) 10:39

和田先生
よくぞやってくれました。
大いに
支持します。

ごちゃごちゃいう輩もおりますが
気にしないで
行ってもらいたいです。
Posted by: gmasi  at 2012年08月24日(Fri) 10:00

香港の、見るからに凶悪そうなヤツラと重なって見えたが・・・

日本人らしい慎ましさ奥床しさを竹島にでも置いてきてしまった顔だったね。
Posted by: あのハシャギ  at 2012年08月24日(Fri) 08:55

どこの国の方か存じませんが、どの国であっても、領土は長年にわたって管理していないものは放棄したものとみなされるのです。一般社会でも同じですよ。貸した金でさえ、どの国でも一定期間催促しなければ返済しなくていいのです。「借金の時効」です。
百歩譲って、明の時代に領有していたとするならば、その明快な証拠を提示し、その後管理していたことをしめし、日本が国際社会に領有を宣言した時に反論しなかった理由を挙げ、近年、米軍が射爆場に使用していた時に、なぜ黙っていたのかを説明しなくてはなりません。
国際司法裁判所(ICJ)への提訴に応じえないロシアや韓国も同様です。
Posted by: 吹浦 忠正  at 2012年08月23日(Thu) 22:43

国際法に強制力はありません。一見解にすぎないのです。そんなもので中国国民が納得するでしょうか。さらに、私が問題にしているのはそのようなことではなく、日本の領土編入の仕方の姑息さです。明らかに他国領と認識しながら、相手の弱みに付け込んで、こっそり空き巣泥棒のようなことをする。挙句にこれを「日本固有の領土」と強弁する。何たる欺瞞でしょう。そんな言葉で騙せるのは欲深い日本国民だけで、中国人が怒るのも無理がありません。利己的な言行は相手国の反発を買うだけで、盗んだ土地を実効支配しても正々堂々と利用できず、近隣の国民に恨まれ続けることが、いったい日本の国益に叶うでしょうか?
Posted by: サンマン  at 2012年08月23日(Thu) 07:34

ととえ、明の時代がどうであろうと、その後、継続的に実効支配をしていない時間が長ければ、それを自国領ということはできません。それが国際法のイロハです。
Posted by: 吹浦忠正  at 2012年08月22日(Wed) 16:31

兵庫県の誇りさん
>「日本はもっと毅然とした態度で海外に対してわれわれの意志を示すべきだと思う」と話されていた。
本当にその通りだと思う。

日本は“必然的に”毅然とできません。「毅然」とした態度をとればとるほど中国の反日運動はエスカレートして、結局引かざるを得なくなります。前回の中国漁船衝突事件の時がそうでした。それが、やましい領土編入をしたことの宿命なのです。日本人が今回のような軽率な行動を続けてゆけば、尖閣諸島を正々堂々と利用することは未来永劫不可能となるでしょう。
Posted by: サンマン  at 2012年08月21日(Tue) 23:32

10年ぐらい前だっただろうか、コンガリ顔の焼けた人が駅前に立って1人1日に丁寧にお辞儀をして挨拶をしていた。
自動車は軽自動車、日焼けして色が変わった蛍光色の服。
また胡散臭い議員でも誕生したのかと思ってずっと無視していたが、何ヶ月経っても、何年経ってもその姿勢は変わらなかった。
いつしか、その人が駅にいると、こっちも立ち止まって挨拶するようになっていた。
それが和田有一朗さんの僕の印象である。
今回尖閣諸島の問題で何もできず歯痒い想いでイライラしていたが昨日テレビをみると和田有一朗さんの姿が「日本はもっと毅然とした態度で海外に対してわれわれの意志を示すべきだと思う」と話されていた。
本当にその通りだと思う。
Posted by: 兵庫県の誇り  at 2012年08月21日(Tue) 13:47

愚かこの上ない行為だ。日本が実効支配している島に泳いで上陸し、日本の旗を振るバカな日本人たち。日本の尖閣支配が正当ではないと、自ら世界に宣伝しているようなものだ。その行為が中国人を刺激し、激しい反日運動を生む。軽薄で幼稚な日本人が、尖閣諸島を紛争地化してくれる。きっと中国政府は影で拍手しているだろう。

そもそも、尖閣諸島は明の時代から中国領土だった。明が釣魚島を海上防衛地域に入れている歴史的資料がある。また、尖閣編入の10年前に、日本政府が編入を沖縄県庁に問い合わせたが、清が許さないだろうとの理由で見送った経緯もある。結局、日本の戦勝が決定的になった日清戦争末期に、日本政府がこそっと尖閣編入を閣議決定したわけだが、相手を弱らせて何もいえない状態にして秘密裏に領土編入をするのが常套化したのが、1905年の島根県の竹島編入だ。

「尖閣諸島(あるいは、竹島)は、歴史的にも国際法上もわが国固有の領土だ。」というのは、まったく正当化されない日本政府のたわ言なのだ。そのような政府の嘘っぱちを、疑うこともなく鵜呑みにする愚かな日本国民。一度自分で日本の領土編入の歴史を調べてみたらどうだ。

日本人はよく考えてみるべきだ。他国の島を空き巣泥棒のように奪ってまでして自分の領土にしたいのか?このままでは、永遠に泥棒国家日本として、近隣諸国の国民から恨まれ続けるだろう。
Posted by: サンマン  at 2012年08月21日(Tue) 08:57

色々と悪く言う人もいますが、私は支持しますよ。

和田有一朗さん、ありがとう!!
Posted by: 子育てお母ちゃん  at 2012年08月21日(Tue) 07:49

売名行為
Posted by: アホか  at 2012年08月20日(Mon) 22:06