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2年ぶりに国後島へ [2012年08月03日(Fri)]


church russia.jpg

   国後島古釜布に建築中のロシア正教会



7月26日から3泊4日、北方領土の国後島に行ってまいりました。全国各地からの社会科の教師約60人と若干名の中高校生とご一緒でした。一行は24日までに根室入りし、25日は終日研修(長谷川俊輔根室市長、河田弘登志元多楽島民、吹浦の講義など)や納沙布(のさっぷ)岬の視察などを行い、26日朝、新造船「えとぴりか」号で根室港を出発しました。

もちろん「島」の現状を観察することが第一の目的ですが、11年前、「ビザ(旅券)なし」交流専用船を造ることを政策提言した研究グループのメンバーであり、東京財団の担当責任者だった者として、この船で行くことも目的でした。また、この交流のあり方を考える機会にもしたかったのです。

「えとぴりか」号は艫(とも)に船籍を表わす「日の丸」を掲げ、1,124t、16ノット弱の速度で一路、あらかじめ決められた根室と国後の「中間点」に向うのです。そこでロシアの国旗をメインポールに掲げなければいけません。

根室港と国後島の主要港である古釜布(フルカマップ)まで、これまでは5時間余りかかっていたのですが、この新造船では2時間40分ほどで着くようになりました。今回は往復ともベタ凪ですこぶる快適、これで霧さえなかったらというのは高望みでしょうか。

ときどきイルカが水面上に飛ぶのが見えます。「心がけがよければクジラの潮吹きも見えるよ」と船員さん。

古釜布港外で停船すると艀「ナデジタ」号がやってくる。船名は「希望」。日本から支援事業の一環として贈られたものです。今までは一行約70人が同時に艀に乗り移っていたのですが、先般、ヴォルガ川でフェリーの転覆事故があってから規則が厳しく遵守されるようになったとかで、2回に分かれて岸壁までたどり着きました。

クリル開発計画とやらで、5年間に約540億円の事業をこの地域で行うと言うことで、確かに一部の道路が舗装されたり、街灯が少しついたり、家の外装をきれいにしたりと言うことはあるのですが、私は何度も北方領土を訪ねた者として、この資金、途中でかなり消えてるなと言うのが率直な印象でした。

砂埃を経験したことがないという教師が多く、中には、「こんな酷い道は初めてだ」という女性団員はすっかり気分が悪くなり、同行した竹中茂医師の世話になった人もいました。

同じ7月3日にメドヴェージェフ首相が2年半ぶりに国後に来、その砂埃の道を自ら少し運転したようですが、島側からは「スポーツ施設をつくってほしい」と陳情したと言うことです。

「ロシア化」は今後とも注目する必要はありますが、これまでのところ、日本のどこの田舎よりもはるかにインフラ整備は遅れているというほかありません。教師のみなさんは初めての北方領土訪問に、異口同音に「な〜んだ、この程度の発展ぶりか」と言っていました。

人口の流動性がとても高いと言うのも今回の印象です。10数人に聞いてみましたが、国後生まれの人とは出会えませんでした。「給料3倍ですので、教師としてやってきました」「ここなら事業が出来そうだとネライをつけて移住しましたが、早くウラジオストクに戻ってこことの取引をしたいです」「ロシアの中では生活は楽なところですが退屈ですから、子どもの教育を考えても本土に戻ることが目標です」。

もちろん、団員の中には、家庭訪問した2つの家庭が「島は日本のものだ」「早くに日本の管轄になって大胆な開発を進めてほしい」という声もあったそうです。
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コメント
4島が日本に戻ってきた暁には、どういう形になるかについては、私どもが6年かけて研究したものがあり、すでに、島で私自身が発表したり、それを行政府の掲示板に張ったり、プリントを配ったこともあります。
観光開発は大いに期待できるでしょう。1956年のコルツィナダンペッツォ冬季五輪スキー滑降競技でトニーー・サイラーにつぐ銀メダルを獲得した猪谷千春選手は、国後島の古丹消(コタンケシ)で生まれた(千島で春に生まれたので「千春」、幼児期に亡くなった弟は「千夏」)のです。
IOC副委員長としてソチ冬季五輪の決定通知書をプーチンさんに渡した人でもあります。
もう、IOC委員を引退したのですから、故郷の返還運動に加わってもらってもいいのにと思って期待しています。
Posted by: 吹浦忠正  at 2012年08月04日(Sat) 10:12

プーチン大統領、ロンドン五輪に柔道の競技を見に行ってましたね。
柔道が好きだから日本に好意的とは言えないかもしれませんが、柔道が好きなことだけは疑いがないようです。
ピンポン外交ならぬ、柔道外交でも出来ないものでしょうか。

テレビで見ている限り、中国や韓国、北朝鮮に共同開発を呼びかけて、韓国からも港湾施設の建設などに出向くようになったみたいですが、総じて外国人労働者は「金を稼いで帰国する人々」なので工事も雑で、地元の人には評判は良くないみたいですね。
中国人がロシア国籍を取得して農業を始め、中国から人を連れて来てビニールハウスをやっているという話も、オーナーは残っているけど、中国から来た労働者は月収2万5千円じゃやっていられないと国に帰ってしまったと聞きました。

先日NHKで、『大地は誰のものか』という番組をやっていましたが、ロシアの行政は民衆を幸福にしないようです。
ロシア極東部で中国人に農地を貸し与え、その公表している貸し出し価格と実際とに差があり、その差額は懐に入れているらしいとのこと。
そのため、ロシア農民が土地を所得し、登記しようとしても認めてもらえず裁判になるとか。
中国人は「稼ぎが第一」なので、ばんばん化学肥料を使って、そのことで土地が痩せてしまっても、稼げるうちに稼げる限り稼いでやがては中国国内に農地を買おうというスタンスのようです。

私は、本州内にさえ限界集落が出来るような国土設計しか出来ない今の政治には大いに失望していて、北方領土が戻って来たところでどれほどの開発維持が出来るのか、疑問を持っているのですが、夏にあの島々に旅行したいと思う日本人は大勢いると思いますので、夏場の観光をメインに開発をすれば、豊かな漁場とセットでそこそこの経済圏が出来るのではないかと想像しています。
ロシアの人たちには民宿でも開いてもらえば、雇用の創出と日ロ友好にも役立たないかな?と。

所詮素人考えなので甘い夢かもしれませんが、今のあの島々の住人に、ロシアの行政府と軍隊を追い出して、日本の統治下で在日ロシア人、もしくはロシア系日本人になってもらったほうがお得だと思いますよと持ちかける方法でもないものでしょうか?
Posted by: 桃です  at 2012年08月04日(Sat) 00:48