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岩木山、岩手山から霧島、桜島まで [2011年11月02日(Wed)]




   岩木山(標高1625m)、11月1日撮影











    岩手山(標高2038m)、10月30日、新幹線の中から朝撮影










    霧島山(標高1700m)の中腹で、今年2月6日撮影








私が弘前の近く平川市(旧・平賀町と尾上町)の
市民会館で、北方領土返還要求青森県民大会で
講演してきたとお伝えしたところ、
青森県随一の名門・弘前高校出身の
名士(超OB)から、
「津軽の人は、みな岩木山が大好きです」
とまるで、
少年に帰ったような目で話をされました。

そこで私は「岩手県の人は岩手山、
秋田県の人は太平山か鳥海山、
山形県の人は鳥海山か月山、
宮城県の人は蔵王、
福島県の人は磐梯山、
お互い、東北は
故郷のシンボルになる山を
持っていますよね」と申し上げました。

名士はさらに「確かに岩手の人は、
岩手山が大好きです。
私も北上川から見た岩手山に
感動しました!
山は不思議です。私は故郷を思う時、
いつも岩木山は共にあるような気がします」
とさすが、心温まる言葉が返ってきました。

昨日、私はその2つの山、
岩手山と岩木山を
相次いで見ました。

盛岡から弘前市の近く、
平川市に行ったからです。

どちらも立派な山で、天気もよく、
感動的に対面してきました。

確かに、東北にはそれぞれの県に
その県を代表するような、
そして、その県民や出身者の
絆となるような名山があります。

東京にはそれがありません。

高尾山や神奈川の大山(おおやま)では
あの故郷の山とは比すべくもありません。

他の県ではどうなんでしょうか。

もちろん、山梨と静岡の富士山、
富山の立山、
長野の穂高、
滋賀の伊吹山、
京都の東山、
鳥取の大山(だいせん)、
大分の九重山(九州の最高峰)、
熊本の阿蘇、
長崎の雲仙、
宮崎の霧島、
鹿児島の霧島と桜島・・・
と挙げることはできましょうが、
富山、長野、九州を除き、
その多くは、東北の人たちにとっての
それぞれの故郷の山への思い入れとは
少し違うような気がします。

山は青きふるさと、水はきよき故郷、
作詞した高野辰之は長野県北部の
豊中村の出身。

生家を訪ねましたが「あの山」も
どうということのない山でした。

もっとも、だからこそ、
日本中にこの歌が広まったのかもしれません。

あなたにとっての
心の基点ともなる山はどこですか?

来年夏、私は60年ぶりに、鳥海山(2236m)に
登ろうと思っています。登り口は吹浦と書いて
「ふくら」と読むところです。

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コメント
昔の人は偉かったと感心しているだけではなく、今の人たちのエネルギーを結集したいものです。被災地では明らかに救援疲れが出ています。しかし、「継続は力なり」です。厳しい冬に向うこれからをみんなで応援しましょう。
伊東さんからまた力をもらいました。ありがとうございます。
Posted by: 吹浦忠正  at 2011年11月04日(Fri) 15:52

 お岩木山もすっかり秋化粧でしょうね。
 10月16〜17日、縁あって東北を巡りました。紅葉は微妙に早すぎたようで、巌美渓ですら、色づいた景色は見られませんでした。
 そして、訪ねた石巻で、被災地の人影ひとつない荒涼たる街の跡に驚いたのです。嘗て富山市の戦災の跡を見た事のある私には、信じられない光景でした。ここの人たちは何処へ行ったのだろうと思いました。
 富山では戦災の余燼がくすぶる焼け跡に、まるで蟻が集るように人が動いておりました。あっという間にバラックが出来、人々はそこに住みはじめました。 
 異臭漂う被災地を息をつめ、瓦礫の山に心萎えて、何も考えられないまま戻ってまいりましたが、もう7ヶ月も経ったと言うのに何故、復興の槌音が聞こえないのか、と訝る思いがあります。
 きっと、政治力の不足、行政の不手際等、まだ沢山の他の理由があるとはお察しできますが、私は多分、それを知らないのだろうとは思いますが、昔の日本人はこんなものではなかった筈だとも思ってしまうのです。
 地盤沈下があり、排水が上手く行かない潮溜まりのような水溜りも見ました。潮で黒ずんだ田圃も見ました。
 瑞巌寺の杉木立が見るかげもなく切られておりましたし、名物のキササゲもしょんぼりと小さく刈り込まれておりましたし・・・。
 磐梯山も安達太良山も岩木山も、山容が変わらないことがむしろ、悲しみを誘います。

 でも、私たちは何も出来ないのです。 そこで、皆さんにお願いしました。
 「買い物をしてください。出来るだけたくさん!」
 みんな黙って頷いてくれました。

 でも、でも、こんなに沢山、買ってくれるとは。
 100人近くの人たちが乗った2台のバスのトランクはいっぱいで、「もう、乗りません〜」と荷物整理のガイドさんの悲鳴が聞こえました。
 泣き笑いの研修旅行でした。 
Posted by: 伊東美智子  at 2011年11月03日(Thu) 16:01