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リビア国旗の変遷と朝日新聞 [2011年02月27日(Sun)]







  2月26日付 朝日新聞朝刊1面









 カダフィが政権を握った1969年からの国旗







 1972年、アラブ共和国連邦となって国旗が改定された。





<img src="https://blog.canpan.info/fukiura/img/7752/125px-flag_of_libya_svg.png" border="0">




         


       1977年エジプトのサダト大統領がイスラエルを訪問すると
     発表したことに抗議し
     一夜にして変更した現在の国旗。





 朝日新聞は2月26日の朝刊で、初めて「カダフィ体制が始まるまで使われていた旧国旗を掲げて、町の解放を喜び会う市民たち」との「えとき」をつけた、「越田省吾撮影」という写真を1面トップに掲載した。

 この旗は1951年、英仏両国による国連信託統治の地位を離れ、1つの王国となって独立して以来、18年余にわたって国旗であったものである。

 その後は、カダフィに反対する在外抵抗運動のシンボルとして欧米で掲げられてきたという経緯もある。ここに何らかの気持ちを察することはできるはずではないか。

 このことだけで、ただちに「ポスト・カダフィ」は王政復古だというほど簡単ではない国内事情のある国ではあるが、反政府勢力の人たちが、「王政時代は思い出したくもない」ということではないのではないか。

 26日までは「巨大な旗」としか報じてこなかった朝日が、ようやく、「カダフィ体制が始まるまで使われていた旧国旗」としたのは1つの改善ではある。しかし、朝日しか読んでいない人には、これが王政時代の国旗あることを昨日まで知らされてこなかったのである。

 ここで、リビアの歴史と国旗の変遷を少し振り返ってみよう。

 リビアは古くはトルコの支配が長く続いたところであるが、1911年にトルコを破ったイタリアの植民地となり、第二次世界大戦までそれが続いた。

 その後、戦後は英国(トリポリタニア地方とキレナイカ地方)、フランス(フェザーン地方)に分割されて、国連信託統治領となった。

 1951年にこれらの3地域が統合され、イドリス国王のもとで1つの国「リビア連合王国」になった。

 現在、反政府側が振りかざしている旗は、このときの国旗であり、41年間に及ぶカダフィの独裁的統治下にあってはこれが抵抗運動の旗印とされてきた。

 もともとは、イスラム教の1グループであるサヌーシー教団のリーダー・サヌーシー家 の旗(黒地に三日月と星)に由来し、その上下にアマと緑の帯をつけて、イスラム教国共通の4色の旗としたものである。

1969年9月1日、イドリス国王がトルコを訪問中に、青年将校カダフィがその追放をはかり、無血革命に成功した。これによって国名は、リビア・アラブ共和国となり、国旗は赤白黒の横三色旗となった。

  1972年、汎アラブ主義が盛んに唱えられる中で、 リビアはエジプト・シリアとともにアラブ共和国連邦 を結成し、国旗を統一した。この旗はそれまでのリビア国旗の中央に、アラビア語で連邦の名を書いた巻物を持つ金色の鷲(クライシュ族の鷲)を描いたものであった。

 ところが、1977年3月8日、エジプトのサダト大統領が、11月11日からイスラエルを訪問すると発表、カダフィはただちに連邦を離脱、連邦は解体した。カダフィは、国名をリビア・アラブ社会主義人民ジャマーヒリーヤ国と変更した。

 部下に命じで国旗の変更を検討させt、国旗は一夜にして、緑一色に変わった。緑は預言者ムハンマドのターバンの色ともマントの色ともされている聖なる色である。


 現在の国名の日本語表記は、「大リビア・アラブ社会主義人民ジャマーヒリーヤ国」(外務省)。だた、、社会主義人民リビア・アラブ国と訳す場合もある。

 後者は2004年まで用いられたが、CIA Factbook の名称変更に伴い、ほとんどの場合、前者としている。この名称も、もし、カガフィ政権が倒れた場合には変更されるものと思われる。

 独立以来の国名を復習すると、

@1951年 〜 1963年 : リビア連合王国
A1963年 〜 1969年 : リビア王国
B1969年 〜 1977年 : リビア・アラブ共和国
C1977年 〜 2004年 : 社会主義人民リビア・アラブ国
D2004年 〜現在に至る : 大リビア・アラブ社会主義人民ジャマーヒリーヤ国

であり、CDの時代は同じ緑一色の国旗で、他はそれぞれ違うデザインの旗を掲げていたのである。

 このまま反政府勢力が勝利すれば、また国旗が変更になるのは必定であろう。
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