CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る
«おなら・オナラ禁止の法律 | Main | 戦陣訓起草者に訊くD»
<< 2014年04月 >>
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30      
最新記事
カテゴリアーカイブ
月別アーカイブ
戦陣訓起草者に聞くC [2011年02月19日(Sat)]



        

        戦陣訓の創案に筆を入れた島崎藤村



 この『申告』と『戦陣訓』の成立事情は大いに異なり、これを敷衍して『戦陣訓』やその中の「生キテ虜囚ノ……」が出来た、ということでは全くないが、これも日本人の捕虜観のひとつの集約された形であり、後に影響を残したものである。

ただ、山縣が一人、突然「捕虜になるな」といったわけでもなく、同様に『戦陣訓』がいきなり、捕虜を禁じたものでもなく、古来の「日本男児の名誉」がそうすることによって保たれるのだ、と説いているわけである。

 島崎藤村らの校閲を経た『戦陣訓』に比べ「一介の武弁」と自称した山縣の『申告』は流暢な表現とはいえないが、それだけにズバリ、その他の「武弁」たちにも分かりやすく表現しているといえそうだ(詳細は、拙稿「捕虜になるべからず」アンリー・デュナン教育研究所『会報』15号)。

 國學院大学日本文化研究所の大原康男学兄(注:現國學院大學教授)とともに西永福の白根孝之さんのご自宅に伺うことになったとき、『戦陣訓』の作成を担当した人というからには“軍人精神”の固まりみたいな人かとも思ったが、あらかじめ経歴を調べてみて、正直なところびっくりした。

九州帝大卒で、哲学者、教育学者であり、日本教育テレビ(NET、現・テレビ朝日)の草創期の調査部長をし、わが国の戦後教育、とりわけ視聴覚教育界の先駆者、ないし大御所なのである。東京造形大学の教授で、日体大、早大でも教鞭をとられた。

 ちなみに、国立国会図書館の著者目録でカードをめくると、次のような著書が出てくる。

<昭和25年>『百万人の哲学』(W・J・デュラン)訳書。『インテグレーション──カリキュラムの原理と実際』(L・T・ホプキンズ)共訳。

<昭和27年>『プラトンの教育論』著書。『教育心理学』(A・メルヴィル)訳書。

<昭和34年>『テレビジョン──その教育的機能と歴史的運命』著書。

<昭和37年>『教育と教育学』著書。

<昭和39年>『教育テレビジョン』著書。

<昭和40年>『テレビの教育性──映像時代への適合』著書。

<昭和46年>『ヒューマン・コミュニケーション──エレクトロニクス・メディアの発展』著書。『人間の発達の学習』著書。
コメントする
コメント