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リヒテンシュタインという国 [2009年09月22日(Tue)]





1936年のベルリン五輪でハイチの国旗と間違われたため、
それまでの国旗に新たに公冠を付け加えた。










   ナポレオンが欧州での戦争に暇がないころ、黒人国であるハイチは
  フランスの国旗から「白色」を抜いた旗にした。1964〜1986年までは、
  黒と赤の縦2分旗だった。現在でも一般の国民は紋章なしの国旗を
  用いている。









 ヨーロッパには極小国とでも言うべき国があり、
もちろん、いずれも国旗を持っている。

 国の面積の大小は、国家の独立とは
基本的に無関係であるのは言うまでもない。

 アンドラ(ピレネー山地)、モナコ、サンマリノ、
そしてリヒテンシュタイン、いずれも国連では
日本と同じステイタスで加盟している。

 当然、国旗もある。サンマリノの国旗には、
王冠が描かれているが、王政の国ではなく、
世界で最も古い共和制の国。

 ここでは少しリヒテンシュタインについて紹介したい。

 ハンス・アダムス2世公爵(第15代)を元首とする
スイスとオーストリアに接する独立である。

 余談であるが、
大学院時代の私の指導教授である松本馨早大教授は
昭和初期のハイデルベルク大学留学時代、
この国を訪ねてみようとして列車に乗ったが、
往復とも通過してしまい果たせなかったという思い出を
しばし語っておられた。

 そこで、私は1982年、レンタカーでスイスから向かい、
これまた通過するというお粗末だった。帰路、最新の注意で
念願を成就した。

 まずは、入国管理事務所を探し、
引出しから古びたゴム印を出してもらって、
確かに入国したことを証明してもらったことがある。
係員も不思議な男がやって来たという顔を忘れられない。

 要はそのくらい面積の小さい国。160平方キロというから、
宮古島や小豆島程度。人口は3.5万、
首都のファドゥーツと言えども5千人に過ぎない。

 1866年の普墺戦争以来、非武装中立政策を続け、
在外公館はスイスに大使館、
欧州議会のあるストラスブールと国連本部のあるニューヨークに
常駐代表部を設置している。

 1919年の合意に基づきスイスに外交の多くにつき
利益代表を依嘱している。1975年に
OSCE(欧州安保協力機構)に加入して以来、
外交活動を活発化し、
スイスに先んじて90年には国連加盟国となった。

 翌年、EFTA(欧州自由貿易連合)に、
95年にはWTO(世界貿易機関)への加盟も果たしている。

 ところが、この国は、国連加盟国のうち
チェコとスロバキア を承認していない。
リヒテンシュタインは第2次世界大戦まで
チェコスロバキア内に領地を持っていた。

 しかし、戦後チェコスロバキアが自国内の
ドイツ系とハンガリー系住民の国籍を剥奪し、
財産を没収するという措置(ベネシュ布告)を行ったことを
違法とし、この問題が解決していないからである。

 同様に、リヒテンシュタインへの対抗措置として、
1993年1月“協議離婚(ビロ−ド離婚)”した、
チェコとスロバキアの両国はともに同国を認めていない。

 この小国、実は国旗の点でも、
@ ハイチ国旗と同じデザインであるため
1936年のベルリン五輪で混乱し、翌年、公冠を付けた、

A 垂直掲示の場合には、公冠を90度回転したデザインの国旗を
製作しなくてはならない、

B 同じく、公冠が常に左上部に来るように
掲揚しなくてはならないなど、実に特殊である。

 極小といえども名門としての意地を見る思いがする。
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