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「日の丸を買いたい」話 [2009年09月21日(Mon)]







「日の丸を買いに来たという話は本当か?」という質問も
よく訊かれることだ。

 英国から「日の丸」を買いたいといって来たという噂が、

 1874(明治7)年頃に起こった。
 噂は翌年になっても止まらなかった。「英国のパークス公使が
寺島宗則外務卿に500万円でと申し出、
西郷隆盛は反対だが、伊藤博文はどう」といった類の話である。

 また、1876(明治9)年1月24日付の大阪毎日新聞がご丁寧に、
「維新以来、国庫の窮乏に呻吟している政府は
喉から手が出るほど欲しかったカネだったが、
寺島外務卿が色をなして撥ねつけたので事が止んだ」と
報道したため、この話はつとに有名になってしまった。

 石井研堂の『明治事物起源』にも藤堂良駿なる人の記録として
「英人賞本邦旗章、戯曰以5百萬元換之」などとある。
 
 他方、安津素彦教授は『国旗の歴史』その他で
別の話を紹介している。それは、1963(昭和38)年に
鹿児島で島津忠重(薩摩藩第29代藩主忠義の子。
斉彬の孫。海軍少将。「国旗日の丸の会」会長。1884〜1968)が
公開の場で話していたというもので、
日清戦争後に英国からそういう話が出たということを
松方正義からの話として聞いたというのだ。

 念のため、島津の著書『炉辺南国記』の
「国歌と国旗」の章を見てみたが、そのような話は
全く出ていない。また、追想録『しらゆき』には
近親者を含め百人を超える人々が島津の思い出を綴っているが、
これにも見当らない。

 安津教授は、両者は「時期の点で違いはあるが、
この噂は丸々嘘ではなく、
それに類した話はあったとみてよろしいのでは
あるまいか」と思わせぶりに書かれた。

「英国から日の丸を買いに来た」という話は
確かに面白い話なので、今でもテレビ局から問合せがあったり、
講演後に質問されたりするが、真偽は不明とはいえ、
筆者単なるジョーク以上のものではなかったのではないかと
軽視することにしている。a

 仮りに、ある国の国旗のデザインを買うとしても
それは現実にどんなことを意味するのか、また、
実際問題として、仮りに、当時、英国また
英国の企業が「日の丸」を使いたかったなら、
意匠登録や特許関係の条約はもとより、
多国間の国際条約に何1つ加盟していない日本のものなら
何でも自由に盗用することが出来たということも考慮したい。
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