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国旗国歌法から10年 [2009年08月09日(Sun)]









 ちょうど10年前のきょう、「国旗国歌法」が成立し、
13日から施行されました。

 この法律が衆議院の内閣委員会で審議されているとき、
私は参考人として口述しましたので、
法律自体に直接的縁を感じます。

公述では、同法の制定に賛成しました。
この旗、この歌以外に
我が国に相応しいものが他にあるとは考えられないからです。

 日本の国旗が縞模様、星、三角形とかはあり得ないし、
桜の花、富士山などというのはすでに長年、
国旗として親しんできた日本文化を
否定することになるからです。

「君が代」の「君」が天皇を指し、
天皇制を讃える歌だからいやだ、
「君がため春の野に出でて・・・」は光孝天皇の歌、
この「君」が天皇ではないように、狭く考えすぎるな、
「大君」なら必ず天皇だ…
といったような話がありましたが、
日本国の象徴と憲法で決められている天皇を
讃える歌であってはなぜいけないのでしょう。

象徴に誇りを持ち、大事にしないという人は、
国家も国旗も国歌も大切にしないという考えの人かと
思います。

 まして新たに国歌を制定するとなれば、
その歌を大々的に宣伝し、
覚えさせるよう強制するほかないという
事態にならざるを得ません。

ですから、国会での公述に際しても
「日の丸」が国旗で、「君が代」を国歌とすることに
特に異議はありませんでした。
お隣の公述人は作曲家の中田喜直先生でした。

 先生は「君は代は音楽としてすばらしい」と
述べられました。

私としては国旗の専門家として、
「円の大きさは東京五輪の時のように縦の5分の3でいいのか、
それとも長野五輪のように3分の2がいいのか」
「円を旗面の中心に置くべきか多少竿側に置くべきか」
「赤の色について詳細に規定する必要はないか」など
もっと慎重に審議すべきとは思いました。

しかし、
政治は生き物であり、
風というか、盛り上がりというか、
時を得なくては一層の混乱を起こしかねないということも、
永田町で働いていた者として
わからないわけではなかったのです。

 ですから多数決で決せられた原案に
賛成する公述をしたのです。

 ただ、
国旗国歌の問題が官によって教育現場で先鋭化されることは
できれば避けたいものです。

 昨8日の朝日新聞では、あるキリスト教徒の教員が、
「君が代」に抵抗して、
大変な苦労をしているとの記事がありました。
「君が代」に出会うたびに
「踏み絵を踏まされる思い」なのだそうです。

 キリスト教という宗教はそんなに寛容性のない、
協調性のない、
民主主義を尊ばないものなのでしょうか。

 こういう方は、仏式で行われる友人の葬式や、
神式で行われる地鎮祭でもお困りでしょうし、
もしかしたら、寺町を通ったり、雛人形を見たり、
除夜の鐘を聴くのがさぞ、辛いのではないでしょうか。

 一人ひとりの良心や信仰はできるだけ
尊重したいと思いますが、
国家に国旗や国歌がある以上、
それがきちんとした民主主義的手続きによって
制定されたならば、
少数派もまたそれに従うべきであると私は考えます。

 それなくしては、多数派の権利が損なわれ、
民主主義が成り立たなくなるからです。

 私はキリスト教徒ではありませんが、
クリスマスや復活祭などの宗教行事が
荘厳に行われる様子に感動し、
世界の各地で、さまざまな宗教指導者に御目にかかり、
宗教施設を訪問しました。

 知らない聖歌や讃美歌も楽譜を見ながら懸命に謳うし、
信者さんに対し、失礼のないように努めています。

 近代において、宗教の一番大切なのは
寛容ということではないでしょうか。
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