戦前の辞書にはない「難民」 [2006年05月04日(Thu)]
おそらく日本語は「難民」という言葉がごく最近までなかった、世界でもごくまれな言語ではなかったかと思われる。 これすなわち、わが国においては、政治、宗教、思想などにとって権力者から逃れて他国に居住地を移すといったことが、17世紀初頭のキリスト教徒に対する弾圧と、一部信徒の東南アジアへの脱出を除き、歴史的にほとんどなかったことによるといえよう。 また、わが国では、近年のインドシナ難民などの受け入れまでは、ごくまれに大陸から前王朝の敗残者等が渡って来たり、ロシア革命でいわゆる白系ロシア人が逃れて来るくらいしか、避難する外国人の受け入れということがなかったからにほかならないといえよう。 まず、辞書辞典類からみていくことにする。 1889年に日本で初めての近代的な国語辞書として刊行され、爾来、数次にわたり大改訂を行っている大槻文彦の『大言海』(1974年版)には「難民」の項目がない。 戦前に刊行された辞書である金沢庄三郎『辞林』(1907年)、小山左文二『新体国語漢文辞林』(1909年)、落合直文『言泉』(1927年)、下中弥三郎編『大辞典』(1936年)にも「難民」の項目はない。 ではいつごろから「難民」という語が使われるようになったのだろうか。 「国立国語研究所(野元菊雄所長)へ問い合わせたところ、言語学者・見坊豪紀氏とも意見調整した結果として、「金田一京助編『明解国語辞典』が辞書の中では<難民>という項目を設けた一番古い例だと思われる」とのこと(1987年7月16日付回答)」。詳しくは、拙著『難民−世界と日本』(1989年、日本教育新聞社)参照。 戦時中の1943(昭和18)年に出版された同辞典には確かに「難民」の項目はあるが、『避難の人民』とあるだけで、1951年の「難民の地位に関する条約」による規定には遠く及ばないとしても、あまりにあいまいな用語であり、現在認用されている意味を最大限広義に説明しているに過ぎないというべきであろう。 なお、この条約について外務省では1961年度の『国連報告書』まで、「難民」の語を用いず、「亡命者」と表記し、UNHCRを、「国連亡命者高等弁務官」と表記していた。 |