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「千の風になって」 [2007年01月28日(Sun)]





「千の風になって」という歌は、ここ数年で大きく広まり、ほとんどの方がご存知だと思います。原作の詞はアメリカにあり、それを新井満が翻訳し、作曲したものが多く歌われています。念のため、まず新井満の訳詞をご紹介します。


   私のお墓の前で 泣かないで下さい
   そこに私はいません
眠ってなんかいません
   千の風に 千の風になって
   あの大きな空を 吹き渡っています

   秋には光になって 畑にふりそそぐ
   冬はダイヤのように きらめく雪になる
   朝は鳥になって あなたを目覚めさせる
   夜は星になって あなたを見守る 

   私のお墓の前で 泣かないで下さい
   そこに私はいません
 死んでなんかいません
   千の風に 千の風になって
   あの大きな空を 吹き渡っています

 
 旅立って行ってしまった人からのメッセージとして聞くには、残された者には癒やされる一曲です。

 ところが、これを選挙で使う候補者がいるというのです。

「ワシントンDCでは9.11事件の追悼会で使い、日本では阪神大震災の追悼に使われた曲を、自分の選挙の決起集会で流すのは変だと私は感じました」「名曲をすごく自分勝手に使うことに侮辱された思いさえしました」。

 舞鶴市在住の2人の友人からそんなメールが来ました。

 政治家が庶民の神経を逆なでするのはおやめいただきたい。これは世界中の人の心の優しさに働きかける歌なのです。

 たまたま私は一昨日、松田トシ先生のレッスンで取り上げてもらいましたが、それは、旧臘19日、実兄を失った私としては、事情があってあれ以来の初レッスンだったこともあり、この際しっかり歌えるようになろうという思いでご指導いただきました。

 まだ胸がきゅんとするような歌です。あのときも、友人や仲間での歌を寄せてくれた人もいました。みんなで大事にしてゆきたい名曲ではないでしょうか。

 舞鶴の市長候補さん、このあたりをしっかりと心得てくださいね。

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コメント
「魔女っこ」さん、こんにちは。
お墓でも、写真でも、その人の著作に対してでも私はその人を追悼する気持ちを感じます。人はやはり、何かのきっかけがほしいのではないでしょうか。それを超えて「千の風になって」いつでも追慕できるというなら、これはまた新鮮な感性であり、それがヒットした所以でしょう。
現実に直近で仲のいい兄を喪ったものとしては、多少、「千の風」では違和感を覚えるのですが。気休めにはいいのかもしれません。
Posted by: 吹浦忠正  at 2007年01月28日(Sun) 15:07

紅白でこの歌を初めて聴いたとき、正直「えっ?」って思いました。

だって、「千の風になって大きな空を吹き渡り、あなたを見守っているのだから」という前に、「お墓になんかいませんよ」なんて歌いだすんですもの。

お墓は、亡くなった人の存在を強く感じる場所の一つだと思いますが、いかがでしょう。もちろん、風のように見守ってくれる存在も感じるけれども、お墓に行ったら会えるような気もします。

先祖の霊を、迎え盆に家にお迎えし、送り盆でお墓までお見送りしてきたのに、「お墓になんかいませんよ」って言われても、やっぱり「えっ?」です。

この詩の伝えたいことは十分に理解できますし、同感なんですが、どうにもこうにも、最初の部分に違和感を覚えてしまう私は、アマノジャクですか。
Posted by: 魔女っこ  at 2007年01月28日(Sun) 12:28