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5周忌 〜フィリピン現地でアポを偲ぶ〜 [2011年05月21日(Sat)]

委託研究員の波多江です。今日は私にとって、とても大事な日のことを綴ってみました。

 5月16日――5年前のこの日、ある一枚の写真を撮った。カメラを目の高さに構え、「みんなに伝えないと!」ジャーナリスト顔負けに、そう思った。なのに、次の瞬間、息をすでに引き取り、家に運ばれてきた「アポ」を遺族・親戚が見守るなか、躊躇いがちに腕を下げながら、中途半端に撮ってしまった一枚。そこには、血痕の染み付いた服に身を包んだ、ぶれた「アポ」の遺体が収まっていた。
 それ以来、アポの命日には毎年欠かさず、その場所、アポの自宅を訪れているが、そのシーンは今でも鮮明に脳裏に甦ってくる。

 アポは未明に農地に出かけて行く本当に働き者の農民で、そして、農作業の後にみんなの先頭に立つ熱心なリーダーだった。フィリピンで進められたサンロケダム建設事業のために生活が苦しくなった地元の農民や砂金採取者が、2001年に設立した農民団体「TIMMAWA(アグノ川の自由な流れを取り戻す農民運動)」。その代表を務めていたが、2006年に自分の農地近くで、オートバイに乗った見知らぬ男2人組に頭を撃ち抜かれた。文字通りの暗殺だった。(http://www.foejapan.org/aid/jbic02/sr/press/20060602.html

 今年の5月16日は、お墓参りの代わりに、朝早くから、アポと共に運動をしてきたリーダーたちと村を回り、「牛」のモニタリングをした。メンバーに配給された牛を定期的に見て回り、問題が生じていないかチェックすることになっているのだ(写真は、モニタリング中のリーダーのミーティング風景)。
 この「牛」は、生活再建のために、サンロケダム事業者がTIMMAWAメンバーに配給する一種の補償プログラムで、アポを中心にTIMMAWAが事業者との粘り強い交渉を長年続けてきた成果の一つでもある。(もちろん、牛をもらって売るだけでは、以前の生活の再建にはならず、補償としては足りないし、その他の問題も残っているのだが……。)
 「アポが中心になってようやく勝ち取ったプログラムを曲がりなりにもこうやって皆で続けられている。アポもきっとどこかで見て、喜んでいるはず。」そう思った。

 午後、リーダーたちとの牛のモニタリングを終え、アポの家に戻ると(私はよくそこに寝泊りしている)、アポの奥さん、通称「ナナイ」がお供え物用に、鶏を捌いているところだった(左写真)。
 「今年はお金もなくて、このくらいしかできないけど……。」そう言うナナイに、「アポもわかってくれるよ。」私はそう返した。アポが突然の死を遂げたとき、地団太踏んで、一番悲しみ嘆いたのはナナイだった。そして、誰に気取られるでもなく、ひっそりと部屋に一式のお供え物(右写真)をするナナイは、今でも一番つらい想いを胸に抱えているのは間違いない。 

 「アポ、今年もこうしてまた、ナナイと一緒にアポの命日を迎えられ、そして、アポの仲間だったリーダーと一緒にサンロケダムの問題に取り組むことができています。『Agyamanak unay』(本当にありがとう)。」お供え物の前で、そっと、イロカノ語の感謝の言葉をアポに手向けた。

(波多江 秀枝)
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