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お互いの違いを認め合う、生命多様性の社会 [2010年06月25日(Fri)]
お互いの違いを認め合う、生命多様性の社会

今年名古屋で、COP10が開催されます。生物の多様性に関する条約を結んだ国が集まる10回目の会議という意味だそうです。 「生物多様性」とは、あらゆる生物種の多さと、それらによって成り立っている生態系の豊かさやバランスが保たれている状態を言うのだそうですが、海外で使われている意味としては、生物よりも生命に近いそうですね。


前置きはこのくらいにしまして
この世界的な動きをもっと身近に、私たちの身の回りに起こっていることをも含めて私流に考えてみました。つまり、自分(人間)中心に物事を考えて、自分(人間)だけがよければいいなどと考えて生活していると、結局は、住みにくい家庭(環境)になって、生きづらい人生(社会)になってしまうので、その考え方をどうにかしないといけないということだと思うのです。


自分の考え方や習慣、ポリシーといったものを大切にすることは大事だと思います。でも、結婚をして、違う生き方をした全く違う考えを持った男女が生活を共にして行くと、いつの間にか、何も言わなくても自分と同じに考えて当然みたいな錯覚をしてしまうことがあります。
特に私たち男性に多いので気をつけないといけないですね。これが大きな間違いの元です。
夫婦であっても、別人格。全く違う人間同士(生命)が一緒に生活をしているといった考えでいないといけないと思います。その違いを認め合い、尊重して、折り合いを見つけていく作業が必要です。

私も最初からこんな立派な考えを持っていたわけではありません。
自分こそが正しいと思えば思うほど、相手は悪者になり、お互いの溝は深まります。結果的には自分達が本当に望んでいる「楽しく幸せに生きたい」の思いからかけ離れていってしまうことを体験したからです。


相手の考え方や思いの違いを理解して認め合うことは、けっこう難しいことです。
でも人生の目的は、自分の考えが正しいということを世界中の人々に知らしめる為のものではありません。この競争社会の中では、どうしても、どっちが正しいか?どっちが優れているのか?ということを考えがちです。
でもそれは、物差し(価値観)が変れば、すぐに入れ替わってしまうくらい頼りのない基準だと思うのです。
どっちが優れていようが、正しかろうが、

それで結局
どっちが幸せなの?どっちが笑顔になれるの?
答えは意外とシンプルなものです。

世の中には、正しいとされていることの行き着く先が、苦しみや悲しみに向かうことも多いですよね。

そのあたりで、男女間で温度差が出てきて、生き方の部分で摩擦が生じているのだと思います。


女性は直感力が優れていて、「どっちが幸せなの?どっちが笑顔になれるの?」を感じてしまいます。
でも男性は、社会での慣例や習慣(ルール)を重んじるところがあります。

社会というのは、政治にしても経済にしても今まで作り上げてきた習慣や慣例は、良きにつけ悪しきにつけ変えていくには時間がかかります。

でもその先鋒として、家庭内のいたるところで、「人生をよりよく生きるためには」のママの革命(笑)が起こっています。そして気付いた人、気付かされた人達から、どんどんとシフトしていっています。

家族の笑顔が自分自身の笑顔につながる。


そして お父さんの笑顔が、家族の笑顔つながる。


自分と違う価値観、考え方を受け入れることで、人間として一周りも二周りも大きくなれるのです。

じつは、家庭内のママの不満は、私たちパパの福音なのです。自分自身がよりよい人生を生きるために必要なことをたくさん教えてくれます。そういった耳の痛い言葉をあえて聞きながら、相手を理解していく。それが夫婦でいることの大きな意味だと思うのです。

自分(親)ひとりでも子どもは育てることはできるかもしれないけど???、全く違う考え方の生命が力を合わせて育てるところに多様性がもたらす豊かさが生まれてくると思うのです。

もちろん夫婦だけが子どもを育てるわけではありません。
いろんな多様性のある環境を子ども達に提供できるといいなと、常々思っています。

お互いの違いを認め合い尊重する生き方が、
大きく社会を変えて、住みやすい、生きやすい生命多様性の社会へとつながっていくのではないかと思うのですが、皆さんいかがでしょうか?


笑っているお父さんを増やしたい [2010年06月18日(Fri)]
笑っているお父さんを増やしたい



考え方や価値観をシフトさせるとき、すごくエネルギーが要るものです。
何か特に問題が起こらなければ、自分自身の人生観や価値観は変ることはありません。
今の時代は丁度、価値観の転換期で、価値観のズレが男女間で出てきています。
そのズレをどこかで修正していかないと、おかしなことになっていってしまいます。
日本でも離婚率が上がってきているのはそういった背景があると思うのです。


結婚をすれば、夫が仕事に集中できる環境をサポートするのが妻としての役割とした、家庭内の役割分担に疑問を持つママが増えてきています。


その役割分担を当然だとパパが勘違いしてしまっていたりすると、ママの不満はどんどんとたまっていってしまいます。


問題が生じたら、それは気づきのチャンス、変化や成長のチャンスだと前向きに捉えて、
自分自身の価値観はどのように作られたのか?自分の価値観は普遍なのか?
自分にとって何が一番大切なのか?そのためにはなにをすればいいのか?素直な心になって冷静に自分を振り返ってほしいと思います。

問題はなさそうに見えても、我慢強いママだったりしたら不満を溜め込んでいて、ある日突然「爆発!」なんてことになるかもしれないので要注意ですよ!


父親になったら、何をすればいいのか?


意外と情報もなく、特に問題なく育った家庭環境であれば、自分の父親をモデルにしてしまう場合が多いいです。でもそのモデルは、今の時代には通用しなくなっています。いわゆる、ウインドウズでいうと98でOSが古いのです。XPやセブンの時代に、98では何ともなりません。でもその時代は最先端だったことは間違いないので、その時代の父親はそれでよかったのです。

法律では、男女雇用均等法や男女の差別をなくす動きが出てきているのに、
結婚をして子どもが生まれると、自分の時間さえ子育てや家事でなくなり、誰からも評価されることなく、ママとして当然しなくていけない役割みたい思われたら、ママは「私の人生って何??」になってしまいますよね。

当然子育てにおいては、ママにしかできないこともありますが、すべてをママに任せていたら、ママはパンクしてしまいます。体力的にもそうですが、一番は精神的な部分が大きいです。


結婚しても子どもが生まれても、職場では関係なしに、仕事がどんどんと降りかかってきます。でもその仕事を独身時代のように、サービス残業も当然のごとく、バリバリやっていたらどうでしょう?
仕事の場面では評価が上がるでしょうが、家庭内の評価はガタガタになっていってしまいます。
疲れていると、「俺だって頑張っているのに」とか、「しんどいのはお前だけではない」とか、
相手を思いやる余裕もなくなってきてしまいます。この場面は、自分の度量が試されている場面でもあるので注意が必要ですね。

職場でそういった面を気遣ってくれる職場はまれなので、自分でそのあたりはコントロールするしかないのです。それで、夫婦仲が悪くなっても、上司や職場は責任を取ってはくれません。


子どもが生まれるというのは、パパにとってもママにとっても、急激に環境が変るので負荷が多くなるのでしんどくなって当然なのです。

もし、父親も産休を取れる環境にあるなら、積極的にとってもらいたいと思います。
ちなみに私はそのとき、産休が取れる環境になかったので、相当悩みましたが、転職いたしました。


ここでつまずいたら、修正するのに10年はかかります!
経験者ですから間違いありません。(笑)

そのとき思ったのは、なんで、子育てがこんなに大変だっていうことを誰も教えてくれなかったんだろう?情報がなかったのだろうということでした。

でもひとつ言えるのは、OSを切り替えて新しいOSに切り替えてしまえばこっちのものなのです。子育ての場面は、父親にとっても楽しい場面が満載で、仕事だけが人生ではない。

「家族がいるから、今の自分がいるのだ!」みたいに思えてくるから不思議です。

そんなお父さんの出番や楽しみ方を、失敗談も含めてお伝えできればと思います。

「笑っているお父さんを増やしたい」そんな願いをこめてお届けしています。

家族と楽しむお父さん急増中(2) [2010年06月11日(Fri)]


子育ての場面には「お父さんの出番」というのがいくつかあります。
その一番は、人生は辛いこともあるけれど、実は「楽しいんだ!」ということをいろんな場面で伝えることだと思うのです。


あるテレビ番組で年末に年越しそばを親子で打って、お一人暮らしの高齢者の方に振舞うことを企画して取り上げられたとき、コメンテーターの方が、「なんでわざわざ父親が、子どものために時間を割いて、子供と遊ぶ場面を作らないといけないのか?そんな場面を作らなくても地域の子ども同士でガキ大将がいて勝手に育っていくものではないのか?」と言われてしまいました。


聞いていて、いつの時代のことを言っているのだろう?
この人は、全く子育てに関わったことのない人だなと思いましたが、この考え方は、ついこの間までの日本の父親の代弁だと私は思うのです。


だから否定もしません。そういった時代だったと思うのです。
でも今の時代はどうでしょう?


必死になって過去のお父さん達が、日本の経済を立て直してくれたおかげで、この日本に住んでいて食べることで困ったり、住むところに困ったりする状況はほとんどなくなりました。


何の為に働くのか、生きるのか、そういった中身や質が問われる時代となりました。


また、そうやって必死の経済重視でやってきた社会が失ってきたものも大きいのです。
もう子どもを放置しておいても勝手に育っていく環境はどこにもありません。


昔は、地域の力といいますか、親が育てなくても、近所の知り合いのおじさんやおばさんに見守られながら、子ども達は育ってきました。そして、ゲームやカード、公園は無くても、知的好奇心を満たしてくれる原体験の場や遊びがいくつも存在していたのです。


学校と塾と家の往復、子どもだけで公園にも遊ばせておけない。そんな環境で育った子どもがすでに親世代になって、それが普通に感じてしまっています。


大きく人の人生を考えたとき、机の上で勉強するだけが勉強ではなくて、生きていく上での知恵もとても大切なことなのです。それは今の時代、どちらかというと、抜け落ちてしまっていて、勉強はできても社会人になれないで苦しんでいる若者を生み出しています。


ではその部分を誰がフォローしていくのか?
学校ですか?それを全て、学校に押し付けてしまっていていいのでしょうか?
それは家庭の役割、お父さんの出番だと思うのです。


なぜ、ゆとり教育に「失敗」のレッテルが貼られてしまったのか?


本当は「ゆとり」でできた時間を、人間として生きていくための知恵の部分を伸ばしていければとの意図があったみたいですが、その「ゆとり」をどのように使っていいのかわからない子ども。そして受け皿として想定していた社会や家庭の教育力が無かったこと。全く準備していなかったことではないかと思います。
結局、その辺りも十分に検証されること無く、競争社会の中の「不安」に押しつぶされていってしまったような気がいたします。


この選択肢や引き出しが少なくなってしまった社会の中でどのように楽しみを見つければいいのか?

ゆとりの時間をゲームやテレビに吸収させておいていいのか?

学校にすべてを押し付けてしまっていいのか?

何の為に生きるのか、人生の楽しみとは何か?


それはあえて体験の場を作って、経験することによって、子どもと一緒に楽しむことだと思います。
ちなみに、私はこんなことをしてみました。


・ ウナギを手づかみしてウナギを捌いた
・ てんぷらを揚げてその廃油で車を走らせてみた
・ 火起こし器を作って火を起こしてみた
・ 空き缶を使って綿菓子を作ってみた
・ コウモリの声の受信機を作ってみた
・ のび〜るアイスクリームを作った
・ ペットボトルピザを作った
・ 施設の庭に井戸を掘った
・ 金胡麻を栽培して、五平餅を作って地域の方に振舞った
・ 年越しそばを親子で打って、お一人暮らしの高齢者の方に振舞った



私流に考えていろいろやってきたことを並べてみました。
これが全ての答えではなくて、方法でもないと思います。
でもその解決の一端を「お父さん」でも担えるのではないのかと思うのです。


逆に「お父さんにしかできないこと」、
それは何かということを、模索しながら、行動しながら、考えながらやってきました。


それを個人レベルで考えていたお父さん達が、「俺もそう思っていたんだ!」と
全国でお父さん同士がつながりながら連携しながら、「子ども達と一緒に新たな人生の楽しみを見つけていこう!」と行動する流れができてきています。


そうなんです。そういった環境は、待っていても私たちや子ども達に誰も与えくれないのです。


気づいた大人が、自ら行動していくしかないと思うのです。


基本的に、人生を楽しみたい。
それは、大人も子どもも関係ありません。
自分の子どもの頃を思い出して、子ども目線で一緒に何かをやっていく、
ちょっと危険だけど挑戦してみる。ちょっと面倒だけどやってみる。
その体験は子ども達の宝物になると思うのです。


自分の子どもだけと限定してしまうよりも、多くのお父さん達と子どもが集まり、それぞれのお父さんの得意な分野や、個性、やりたいことなどが交差する中で、いろんな体験の場面を作り上げれれば、それはもう立派な社会の体験の場になります。
そしてそんな中で、いろんな大人と触れ合ったり子供同士でもみ合う中で子どもも成長し、付加的にはパパ友もできて人生が豊かになっていく。


子育ては実は、自分自身の成長の機会でもあるのです。


こんな機会を逃す手はないと思いませんか?

家族と楽しむお父さん急増中(1) [2010年06月04日(Fri)]
家族と楽しむお父さん急増中(1)

いい時代になってきました。

以前からも、お父さんが家族との時間を大切にする傾向は感じておりましたが、いろんな場面で、更にその傾向が強まってきていると感じます。

基本、世の中には家族を大切に思わないお父さんはいないと思います。
ただ、厳しい日本の経済の中で、仕事に追われて家族に振り向ける時間が少ないといった現実もあるのも事実です。
そこの辺りは、個人的な努力でどうすることもできない部分で、それこそ、「仕事を取るか?家庭を取るか?」の究極の選択の部分ではないでしょうか?
最近は、そんな勤勉立国ニッポンを何とかしようといった社会的な動きも出てきています。

実際、子どもを育てるには、お金がかかります。
新政府では、子ども手当てが支給されたのは、本当にありがたいことです。ただ問題は、いつまで続くのか・・・といったところですね。
お父さんは、経済的な柱となっているにも拘らず、子どもや家族にとっての「お父さんの役割って何?」みたいに、存在感が母親に比べて薄いというのは、納得がいきませんね。

どうすれば、お父さんの家での存在感を増すことができるのか?
答えは簡単です。

それは『お父さんを楽しむ』ことなんです。

いやなこと、楽しくないことは極力減らして、楽しいことをどんどんと人生の時間の中に組み込んでいく訳です。そんな風にできたらしたいですよね。
子育てを義務ややらされ感でしていてもあまり効果は得られません。
こんなに頑張っているのに・・・・と不満が出て、また違う方向に行ってしまいます。

お父さんを楽しむ?
最初は、なんだかイメージがわいてきません。
なにをすればいいの?みたいな感じですよね。
お父さんになったことで、楽しめることって、実はとてもたくさんあるんです。
そこに気づくか気づかないか、見つけるか見つけないかなのです。
そんなことに気づいちゃった人には、もう当たり前の話なんですけどね。
最近は、若いお父さん達に、逆に「こんな楽しみ方もあったんだ!」と気づかされることもあります。

一番基本的な考え方なんですが、確認のために少し回りくどくお話させて下さい。

私たちは人生を、どちらを選択するといいのかを自分自身で決めながら、日々過ごしています。
本当にその選択が、あなたの人生をより豊かに、楽しいものにするのか、もう一度検証してみる必要があると思うのです。
私たちは、無意識のうちに古い価値観を引きずりながら、「そういうものだ」と思い込んでいる部分があります。
そして、もうひとつ大切なことは、生活をするにはやはりお金を稼ぐことは大切なことですが、お金は手段であって、そのもの自体が重要でないということ。
本来大切なのは、家族と楽しく過ごす「時間」をいかに作るか?ということではないでしょうか?
まずそこに気づかないと、消費社会のトリックと矛盾の中に入り込んでしまって、貴重な自分達の時間を浪費してしまうことになります。

まず一番最初に子どもと一緒にやるべきことは、テレビを極力見ない ことです。
そして、ゲームも小さい頃は、買い与えず、大きくなってからも時間を決めて最低限の時間を守ることです。

この2つは、実は私たちから『家族の時間』を奪う最大の機械なのです。

何を隠そう、私自身テレビっ子で、子どもが生まれるまでは、テレビの無い生活なんて想像もつきませんでした。野球のナイター中継を見ながらビールを飲むといった父親のイメージもありましたし、それが普通だと思っていましたので、価値観を変えるのはちょっと辛かったですね。

そんな『お父さんと楽しむ』のを邪魔するのは、古い親の時代から引きずっている古い価値観だったりします。
男とは・・・・
父親とは・・・・
みたいな考え方です。


さ〜、それでは、その家族との貴重な時間で何をするのか?何をしたらいいのか?
といったことを次回はお伝えできればと思います。

パパルールを読んで [2009年12月27日(Sun)]

この「パパルール」は、子育てのいろは、そして子育てのポイントが分りやすく読みやすく書かれていて、著者の子育て体験がにじみ出ている良書。

ファザーリングジャパン の安藤さん と小崎さんの著書です

子育てがこれからの人は、この本を読んで、なんとなく、「子どもを育てる」といったイメージがわいてくるのではないだろうか?

こういったお父さんの子育て体験情報というのは、なかなか他のお父さんから入りにくくて、1人で悩みながら試行錯誤が多かったりする。そんな、人には聞けないようなことも書かれていて、なるほどと思えるヒントがいっぱい書かれている。これを素直に実践すれば、パパ自身、そして家族が101倍幸せになることは間違えないでしょう。

最初から立派なパパなんて、誰一人としていない。
子育てというけど実は、パパ(自分)育てでもあるのだ。

この本を読みながら思ったことは・・・
そう言えば、最初は立会い出産を拒んでいたけど、3人とも立ち会って、へその緒をハサミで切ったな〜、とか、ウンチの出ない息子のお尻の穴に麺棒突っ込んで、ぐりぐりやったな〜とか、読んでいてしばらく自分と子ども達との歴史を振り返って、ほのぼのとした気持ちになれた。

妻からの評価は、相変わらず低いのですが、このルールに関しては、俺流だったけど結構クリアしていると自信が持てた。(助産院の先生や妻からの指導のおかげです。(笑))

そしてこの本から私自身も多くのヒントをもらった。
実は、ブログにも書いておりますが、現在「お父さんと子どもでそばを打とう!そして年越しそばを高齢者に振舞おう」を開催している。
この企画に参加しているお父さん達同士が仲良くなって、今後もおもしろいことを子ども達と一緒に出来るといいなと思っている。
この本にも「パパ友を作る」という見出しで、そのあたりのヒントも書いてある。

そんな仲良くなる方法として、「2枚目の名刺を作る」はとても参考になり、昨日、早速、そば打ちの後のお父さんの交流会で実施してみました。


もちろん、大成功!名刺に書いてある趣味の項目で、話しのきっかけが出来て、あとは、潤滑油のビールが回ればあとは各自にお任せということで昨夜は、おおいいに盛り上がり、楽しいお父さんの交流会になりました。

なんだかそば打ちの次の企画へつながっていくような雰囲気でした。
さすが、練習でそばがつながるようになっただけのことはあります!

年越しそばで来る年もいいことありそう? [2009年12月26日(Sat)]


今年も残す日にちはわずかとなりました。
大晦日にそばを食べる風習が古くからあるのですが、なぜ、年越しそばが定着したのでしょうか?
習慣化したのは江戸中期のころのようです。その由来のうち最も広く知られているのは、そばは細く長くのびることからの縁起説だと思います。寿命を延ばし、家運を伸ばしたいという願いがこめられています。
そばは切れやすいことから、一年の苦労や厄災、あるいは借金を断ち切るという意味があるともいわれています。
また、金銀細工師が、そば粉を練り飛び散った金粉をそばに着け水にそばを浸けると金が水底に貯まることから、金が貯まると言い晦日に好んで食ベるようになったという説もあるそうです。
いずれにしても、来る年がいい年であることを願う庶民の思いが風習として残っていったということなんですね。

そんなそばを、お父さんと子どもで打てるように、紗羅餐のそば道場で特訓をして、30日に平針のグループホームで高齢者に振舞って一緒に食べようと「おやじの休日の会」が呼びかけ、先日の20日から父子9組22人の参加者を集めてスタートさせた。

自分達が幸せになりたいと思うのは皆さん同じだと思うのですが、「自分達だけ」という限定でいいのかな?と単純に思ったわけです。どうせやるなら、みんなが幸せになるようなことをしたい!ということで企画してみました。
年の瀬の忙しい時期に、募集しても参加者が居ないかも?とも思いましたが、あっという間に定員いっぱいになりました。同じ思いのお父さん達がこんなにたくさんいるというのは、なんだか嬉しくなってしまいますね。

実はお父さんという生き物は、誰かのためにと思ったときに、どこからか別の力が湧き出てくる生き物なのです。そんなお父さん達のおやじ力が家庭内だけでなく、地域や社会で発揮できる場面がもっとたくさんあるといいなと思っています。このまま本来の力を発揮せずにいるのはもったいないことです。

来年は、高齢者のグループホームの庭に石釜を作って、パンやピザを焼こうといった話も出ていて、夢は広がっています。こんな企画も、一緒に夢を見れる仲間や協力者の方、そして最大の理解者の妻がいるおかげだと感謝をしております。(よいしょ!)

お父さんの悩み・・・ [2009年08月28日(Fri)]
仕事以外の場面で、地域のお父さんの一人として、何か貢献できることはないか?という思いで模索しながら、活動を続けております。

ただ、正直、仕事や家庭とのバランスの中で、それこそワークオーバーになってしまったり、精神的に非常に苦しい思いをしたこともあります。

普通に考えるなら、お金にならないことに時間と労力を払って、神経も使いながら続けていくことは考えられないことだろうと思います。

「なぜそこまでやるのか?」「何のためにやるのか?」を自問自答をすることがあります。

でも答えは見つかりません。

人との出会いの中で勇気をもらい、「俺にも出来るかも?」と小さなことからはじめたことが、次から次へと、徐々に大きな課題が自分の目の前に来るようになり、「NO」といえない性格なので、目の前の目標に向かって、自分のできるだけのことを精一杯やってきただけなのです。

ただ、確実に言えるのは、最初は私の中の小さな個人的な思いでしかなかったことが、行動を続けていくうちに、多くのお父さんたちの思いでもあるのではないかと・・・
そんな風に思うようになってきたのです。

外に目を向けると、私だけでなく多くのお父さんたちが行動を起しはじめているのがよくわかります。

その中の代表的な一人、ファザーリング・ジャパンの安藤哲也氏です。

彼は、Fathering、つまり「父親であることを楽しむ生き方」を提唱し、「よい父親」ではなく「笑っている父親」を増やし、ひいてはそれが働き方の見直し、社会不安の解消、次世代の育成に繋がるといった理念のもと、NPOファザーン・グジャパンを組織して、多くの賛同者を集めて、社会的なアクションや仕組みを展開されています。

今私が一番お会いしてお話してみたい人です。

そんなことを思い続けていると、夢はすぐに向こうからやって来るから不思議です。

明日、東海圏に来られるということなので、ご挨拶に伺うことになりました。

すごく魅力的な方とお聞きしているので、お会いしてお話できることをとても楽しみにしています。

お父さんの個人的な悩みは、実は、多くのお父さんの抱える悩みや課題であって、それをどう社会的に解決していけばいいのか?
そんな大きなお話が出来るといいですね。

仕事上、大きなプロジェクトが始まり、益々時間的な制約を受ける中、どのようにFatheringしていくか?正直な悩みもぶつけてみようと思います。