CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る
«千葉の「巻き寿司」は日本の文化 | Main | 笑っているお父さんを増やしたい»
家族と楽しむお父さん急増中(2) [2010年06月11日(Fri)]


子育ての場面には「お父さんの出番」というのがいくつかあります。
その一番は、人生は辛いこともあるけれど、実は「楽しいんだ!」ということをいろんな場面で伝えることだと思うのです。


あるテレビ番組で年末に年越しそばを親子で打って、お一人暮らしの高齢者の方に振舞うことを企画して取り上げられたとき、コメンテーターの方が、「なんでわざわざ父親が、子どものために時間を割いて、子供と遊ぶ場面を作らないといけないのか?そんな場面を作らなくても地域の子ども同士でガキ大将がいて勝手に育っていくものではないのか?」と言われてしまいました。


聞いていて、いつの時代のことを言っているのだろう?
この人は、全く子育てに関わったことのない人だなと思いましたが、この考え方は、ついこの間までの日本の父親の代弁だと私は思うのです。


だから否定もしません。そういった時代だったと思うのです。
でも今の時代はどうでしょう?


必死になって過去のお父さん達が、日本の経済を立て直してくれたおかげで、この日本に住んでいて食べることで困ったり、住むところに困ったりする状況はほとんどなくなりました。


何の為に働くのか、生きるのか、そういった中身や質が問われる時代となりました。


また、そうやって必死の経済重視でやってきた社会が失ってきたものも大きいのです。
もう子どもを放置しておいても勝手に育っていく環境はどこにもありません。


昔は、地域の力といいますか、親が育てなくても、近所の知り合いのおじさんやおばさんに見守られながら、子ども達は育ってきました。そして、ゲームやカード、公園は無くても、知的好奇心を満たしてくれる原体験の場や遊びがいくつも存在していたのです。


学校と塾と家の往復、子どもだけで公園にも遊ばせておけない。そんな環境で育った子どもがすでに親世代になって、それが普通に感じてしまっています。


大きく人の人生を考えたとき、机の上で勉強するだけが勉強ではなくて、生きていく上での知恵もとても大切なことなのです。それは今の時代、どちらかというと、抜け落ちてしまっていて、勉強はできても社会人になれないで苦しんでいる若者を生み出しています。


ではその部分を誰がフォローしていくのか?
学校ですか?それを全て、学校に押し付けてしまっていていいのでしょうか?
それは家庭の役割、お父さんの出番だと思うのです。


なぜ、ゆとり教育に「失敗」のレッテルが貼られてしまったのか?


本当は「ゆとり」でできた時間を、人間として生きていくための知恵の部分を伸ばしていければとの意図があったみたいですが、その「ゆとり」をどのように使っていいのかわからない子ども。そして受け皿として想定していた社会や家庭の教育力が無かったこと。全く準備していなかったことではないかと思います。
結局、その辺りも十分に検証されること無く、競争社会の中の「不安」に押しつぶされていってしまったような気がいたします。


この選択肢や引き出しが少なくなってしまった社会の中でどのように楽しみを見つければいいのか?

ゆとりの時間をゲームやテレビに吸収させておいていいのか?

学校にすべてを押し付けてしまっていいのか?

何の為に生きるのか、人生の楽しみとは何か?


それはあえて体験の場を作って、経験することによって、子どもと一緒に楽しむことだと思います。
ちなみに、私はこんなことをしてみました。


・ ウナギを手づかみしてウナギを捌いた
・ てんぷらを揚げてその廃油で車を走らせてみた
・ 火起こし器を作って火を起こしてみた
・ 空き缶を使って綿菓子を作ってみた
・ コウモリの声の受信機を作ってみた
・ のび〜るアイスクリームを作った
・ ペットボトルピザを作った
・ 施設の庭に井戸を掘った
・ 金胡麻を栽培して、五平餅を作って地域の方に振舞った
・ 年越しそばを親子で打って、お一人暮らしの高齢者の方に振舞った



私流に考えていろいろやってきたことを並べてみました。
これが全ての答えではなくて、方法でもないと思います。
でもその解決の一端を「お父さん」でも担えるのではないのかと思うのです。


逆に「お父さんにしかできないこと」、
それは何かということを、模索しながら、行動しながら、考えながらやってきました。


それを個人レベルで考えていたお父さん達が、「俺もそう思っていたんだ!」と
全国でお父さん同士がつながりながら連携しながら、「子ども達と一緒に新たな人生の楽しみを見つけていこう!」と行動する流れができてきています。


そうなんです。そういった環境は、待っていても私たちや子ども達に誰も与えくれないのです。


気づいた大人が、自ら行動していくしかないと思うのです。


基本的に、人生を楽しみたい。
それは、大人も子どもも関係ありません。
自分の子どもの頃を思い出して、子ども目線で一緒に何かをやっていく、
ちょっと危険だけど挑戦してみる。ちょっと面倒だけどやってみる。
その体験は子ども達の宝物になると思うのです。


自分の子どもだけと限定してしまうよりも、多くのお父さん達と子どもが集まり、それぞれのお父さんの得意な分野や、個性、やりたいことなどが交差する中で、いろんな体験の場面を作り上げれれば、それはもう立派な社会の体験の場になります。
そしてそんな中で、いろんな大人と触れ合ったり子供同士でもみ合う中で子どもも成長し、付加的にはパパ友もできて人生が豊かになっていく。


子育ては実は、自分自身の成長の機会でもあるのです。


こんな機会を逃す手はないと思いませんか?

トラックバック
ご利用前に必ずご利用規約(別ウィンドウで開きます)をお読みください。
CanpanBlogにトラックバックした時点で本規約を承諾したものとみなします。
この記事へのトラックバックURL
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。
トラックバックの受付は終了しました

コメントする
コメント
naonaoさん

コメントありがとうございます。

ちょっと、気持ちが盛り上がってしまって、
なが〜い記事になってしまいました。笑顔

ウエルカム、おかーちゃん!

お父ちゃんだけの世界を作るのが目的でないですからね・・・
Posted by: おかもと  at 2010年06月13日(Sun) 18:14

長〜い記事の最初から最後まで共感しました。
でも、おかーちゃんも仲間に入れて〜ラブ
Posted by: naonao  at 2010年06月11日(Fri) 08:52