親と暮らせない子どもたち[2010年01月24日(Sun)]
きょう1月24日(日)山陽新聞朝刊のくらし欄に以下の記事が掲載されていました。
たぶん共同通信の配信記事だと思いますが、以前ブログでもご紹介したNPO法人「日向ぼっこ」の渡井さんの連載となるようです。
「当事者活動」の視点、その後を生きている人たちへのまなざしに、共感します。きちんと理解し、ともに考えることを続けたいと思います。
(以下引用)
渡井さんのプロフィール
渡井さゆり(わたい・さゆり)
1983年大阪府生まれ。NPO法人「日向(ひなた)ぼっこ」理事長として、社会で孤立しがちな施設出身者をサポート、当事者の立場から発言を続けている。
(記事)
あたたかな日差しの中で 社会的養護の今
1 親と暮らせない子どもたち
同じ境遇の仲間が支え
親による放任、虐待や、親の就労、行方不明、精神疾患・・・。何らかの事情で親と暮らすことが困難な子どものセーフティネットである社会的養護。現在、児童福祉施設や里親家庭で、約4万7千人の子どもたちが生活していることをご存じだろうか。
かくいう私も子ども時代を児童福祉施設で過ごした。家庭にいるときは親から満足な衣食住は与えられず、学校もほとんど行けなかった。
何度か児童福祉施設への入退所を繰り返し、最終的に小学6年生の時に入所した施設で高校卒業までの7年間を過ごした。施設への入所がなければ、私は身体的にも精神的にも成長できず、親と同じように不安定な人生を歩んだに違いない。社会福祉の恩恵を受けられたことに感謝している。
しかし、社会的養護の下でも十分に得られなかったことがある。心の面でのサポートだ。実親に愛され育まれることはなく、むしろ搾取されるような生活をしていた私にとって、物心ついたころから、他人は自分に何かを要求してくる存在だとしか感じられなかった。
施設の職員や周囲の人にとって厄介者にならないように、できるだけ有益な存在であるよう、いつからかそう努めて生きるようになっていた。
施設を退所してからは、義務感で生きている自分の存在価値を疑った。子どもや若者の訃報に触れると「自分が代わりになれたらいいのに」と心底感じた。その感覚は生い立ちから来るものだと解釈し、絶望していた。身勝手に命を絶つこともできず、ただただ生きているのがしんどかった。
そんなくじけそうな人生の中、同じような境遇の下で懸命に生きている仲間との出逢いが、私を支えてくれた。「社会的養護の下で生活していた人たちが、生きづらさを背負わずに済むように、できることをしよう」。絶望を希望に転換し歩むようになった。
どんな子どもも愛し愛され育まれるため、社会がもっと成熟するように、皆さんに社会的養護についてご紹介します。
(渡井さゆり・「日向ぼっこ」理事長)
◇
親と一緒に暮らせない子どもを、社会が責任を持って育てる制度の在り方について、渡井さゆりさんと考えてみたい。
(以上引用)
社会的養護を考える当事者活動(ファミリーズ・ブログ2009.7.11)