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メディアはメッセージ[2021年04月14日(Wed)]
「メディアはメッセージである。」〜 マーシャル・マクルーハン



この言葉を知っている人は、60代以降の方かもしれません。なぜなら彼がこの言葉を残したのは半世紀以上も前のことだからです。ですが、彼が残した言葉は現代のメディア社会をまさに予知したかのよう。



他にもこんな言葉を残しています。



「利用者がコンテンツ」
「ニュースはアート以上に人工的だ。」
「プライバシーの侵害は今では最大の知的産業だ。」



「メディアはメッセージ」というのは、「情報を伝達するメディアそのものが、また情報である」という解釈です。メディアには、テレビや電話、インターネットといった媒体だけでなく、文字や紙、音などすべての「記号」を含みます。同じような内容の情報を与えられたとしても、その情報を与えるメディアによって、私たちが受け取る感覚は異なります。



例えば、同じ写真でも、テレビで観るのと、美術館で観るのとでは受け取る感覚が全く変わるでしょう。逆説的に言えば、テレビが何を映そうともその影響力は同じである、ということになります。



もう少し彼の考えを拡大解釈すると、ビジネスのいろいろな場面でも応用できます。



 例えば、卸売業というのはなかなか利益が出しずらいビジネスになってきています。他社と同じ商品をただ右から左へ流すだけでは、利幅も小さく、商品点数や在庫数を増やして、スピード対応するというのがよくあるビジネスの方向性です。どの業界もM&Aを繰り返し、巨大卸が出来ています。



一方で、街の代理店や中小卸はどんな生き残り策があるのでしょう?



マクラーレンの言葉を借りれば、メディアはメッセージ、つまり卸売業そのものが社会の存在意義になるようなストーリーをつくればよいことになります。



私の会社は製紙原料古紙卸ですが、仕入れたものを販売するだけでは、冒頭の「テレビ」とやっていることは同じになります。そうではなくて、「古紙を集約・分別・再生する」ということをメディアと考え、それが社会にどんな影響を与えるのかを考えていくと、いろんなアイデアが浮かびます。



一人一人がメディアという見方もできます。



ぜひ、皆さんのビジネスでも考えてみてください。



また、マクルーハンは、


「メディアはマッサージである」



とも言っています。



メディア疲れしている現代人ですが、一方で、メディアはマッサージのように私たちを癒し、揉みほぐしてくれる動的な存在ともいえるということでしょうか?



テレワークや自粛生活で家に引きこもり、いつでも誰かとつながっている状態にいると、目に入る情報を減らしたいという動きも出てきています。クラブハウスなどはまさにその流れですね。私もつい最近、興味本位で始めてみましたが、いろいろな世界で活躍されている方の声が”偶然”聴けるのは新鮮です。



メディアは、いつの時代もメッセージであり、マッサージでもあるのですね。
できることを、あるものを使って、今いるところから始めなさい。[2021年03月30日(Tue)]
今年は、桜を見る思いも、例年とは少し違いますね。不安ややるせない気持ちなど、いろんな感情が交ざっています。来年は、不安よりも希望を多く持って、花見ができるといいですね。



さて・・・

コロナ禍では、「本物」だけが残っていくはずです。



政府からの補助金や支援にも限界があるので、今年は多くの企業にとってまさに正念場です。本当の実力が試されます。



日本電産、ニトリ、ユニクロのように利益を出している大企業もあれば、旅行・飲食・アパレル・その他多くの企業の業績が急激に悪化しています。お笑いコンビ・キングコングの西野さんのようにオンラインサロンで7万人の会員を持つようなこともできる時代です。中小企業、個人事業でも時代の流れを読んで、提供できるコンテンツと収益を上げる仕組みさえあれば生き残ることができます。




今までのビジネスのやり方が通用しなくなる中で、結局、これからどうしていけばいいのか?その答えは誰にも分かりません。



そんな中、より「本物」が求められると思います。



中途半端なサービスや、古い考え方の会社、いい加減なことをしている会社はどんどん淘汰されていくと思います。馴染みの客が付いている地域密着の飲食店や独自の技術を持った会社、READYFORのように社会課題を解決する人を応援する場をつくる真っ当な会社、そういう会社は残ります。困ったときに応援してくれる人たちがいる会社は強くて、やさしい。



本物と思われるには「信用」さらには「信頼」が必要です。まず「信用」を得るには、「実績」が必要になるでしょう。数字や権威や評価・・・

さらに、社員の挨拶や身だしなみを含めた日々の仕事ぶり、新しい提案、会社のイメージなどいろいろな要素が必要になります。



そして、社長の仕事は、新しい仕事をつくる、働きやすい仕組みをつくる、ブランド力を高めることです。社員に自分の仕事に自覚と責任を持ちつつ、楽しさや面白さも発見していく構造を整えることです。



その時に、今までやってきたあなたのビジネスをじっくりと振り返ってみて下さい。きっと、埋もれていた強みがあるはずです。今まで会社を持続できたのは、あなたが大切にしてきたものが世の中に受け入れられたから。



「外」に答えを求める前に、まずは経営者自身のミッションや志を内観し、自社のリソースを再点検することからはじめましょう。



「できることを、あるものを使って、今いるところから始めなさい。」
( 第26代米国大統領 セオドア・ルーズベルト)



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この道より我を生かす道なし。 この道を歩く。[2021年03月15日(Mon)]
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この道より我を生かす道なし。
この道を歩く。
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引用 武者小路実篤



コロナウイルスが露わにしたもの、それは今までの常識が通用しなくなったということ。当たり前と思っていたライフスタイルがいったん更地になってしまったということ。それは、働き方においても生き方においてもそう。



  • 飲み会はお店でする。
  • 仕事は会社でする。
  • マスクは病気の時にする。
  • 一つの会社で働く。
  • 仕事はある。



親、学校、会社が用意してくれた「答え」はもうない。なぜなら、親も学校も会社も目指す「景色」を描けないから。



であるならば、



親が何と言おうと、
学校が何と言おうと、
会社が何と言おうと、



あなたは、あなたの道を生きるべき。





一度きりの人生。
この世に生まれた奇跡。
その命を信じてみましょう。



だからといって、すぐにイチローや孫正義になれるわけではない。医師の日野原先生は、



いのちとは自分が持っていて

自分が自在に使える”時間”のこと。

時間にいのち吹き込めば

その時間は生きてくる。





とおっしゃいました。



理性と情熱を持って、あなたの道を進みましょう。私もそうします。正解を探すのではなく、選んだ道を正解にしていく。もし、あなたの行く手を阻むドリームキラーが現われたら、こう言おう。





「ありがとう。私のことを気に掛けてくれて。
 でも、あなたが何を言っても私が選んだ道は変わらない。

 私には信じているものがある。目指す場所がある。
 あなたが輝ける場所もきっとある。」





一度きりの人生。
何度でも挑戦はできる。



うまくいかなければ、
考え方と組む相手を変えて、
もう一度挑戦してみましょう。



自分が直接できないことは、
挑戦している人を応援しましょう。



そういう人が増えていけば、
社会の温度は1度上がる。





この道より我を生かす道なし。
この道を歩く。



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語りえぬものについては沈黙しなければならない[2020年11月16日(Mon)]
日本学術会議の任命見送り問題はなかなか根深い問題です。

この問題は、政府と学術会議との微妙な関係性もあり、立場によって見方が異なりますが、メディアのネット世論操作とも関連して、気になることがあります。



それは、「沈黙」の取り扱いについて。



政府は任命見送りの過程について、日本学術会議も推薦者の選考過程について、「沈黙」しています。そして、メディアや野次馬的な人がいろいろな視点で意見を述べ、ネット上にはあっという間に大量の情報(言葉)が漂います。



そうすると、一般の国民は正しい情報の真偽を見極めることが難しくなり、正しい情報を探す気持ちもそがれていきます。情報の出し手(政府や一部メディア)に意図があろうがなかろうが、大量の情報をネットに流すことで世論を操作することもできてしまうのです。アメリカや中国を見ていてもそれがよく分かります。



本当に恐いのは、正しい情報を出す人も「沈黙」してしまうこと。





谷川俊太郎さんは、「谷川俊太郎の問う言葉答える言葉」の中で、



ぼくらの見栄が言葉を化粧する
言葉の素顔を見たい
そのアルカイックスマイルを

と記しています。他にもこんな言葉を残してます。



「語ることは私たちを現実に近づけ、同時に私たちを現実から遠ざける」



「初めに沈黙があった。
言葉はその後で来た。
今でもその順序に変りはない。
言葉はあとから来るものだ。」



「詩は言葉を超えることはできない
 言葉を超えることができるのは人間だけ」





辛いことがあった日に空を見上げると月がそっと微笑んでいた。

初めて出会った人と目が合い、なぜか愛おしさを覚えた。

自分と相手が大切にしていることを語り尽くした。



そんな時に「沈黙」が生まれます。「言葉」を発する直前の静寂。
その「沈黙」は、自分の言葉を抑圧するための「沈黙」であってはならないのです。





ヴィトゲンシュタインは言いました。

「語りえぬものについては、沈黙しなければならない」と。



語りえぬものというのは、語りえることを語り始めるに先立つ沈黙、あるいは、語りえることについて語り尽くした後の沈黙なのだと思います。アルカイックスマイルが増えることを願って。
着物は人の心を包むもの[2020年11月10日(Tue)]
「着物は人の心を包むもの、洋服は人の体を入れるもの。精神の違いがある。」



墨アート、一本の線で、世界を表現する美術家の篠田桃紅さんの言葉です。御年107歳。文字を解体し、墨で抽象を描き始めるそのスタイルは唯一無二のものです。



その篠田さんが、着物と洋服の違いを「心を包むものと体を入れるもの」と形容しています。



私の家業では古紙や古着のリサイクルビジネスを行っています。4月、5月は古着の回収量が例年の2〜3倍ありました。正直、工場のキャパシティーを超えパンク寸前でした。コロナウイルスの感染拡大により、自粛生活を強いられた人が、大掃除や古着の整理を始めた影響もあります。



国内で集めた古着の多くはマレーシア、韓国、フィリピンなどへ輸出しています。コロナウイルスの影響で、輸出や海外の工場の稼働が停止していたことから、世界のリサイクルシステムが滞っていることを一般の人はほとんど知りません。皆さんが住む自治体でも、古着を出すことを控えるようなお知らせがあったかもしれません。



ユニクロなどのようなファストファッションが増え、古着の流通量が増えました。私の会社に集まる古着の中にも値札がついた新品同様のものも多く見受けられます。



「必要なければ捨てればいい」という安易な考えが広がるのは、物事の分別や配慮の心を弱めてしまうと感じてしまいます。Quality of Lifeの問題ですね。



愛着や感謝の気持ちは、服を買う時ではなく、身にまとう瞬間と手放す瞬間に生まれるもの。
我々は丸裸だった過去がある[2020年09月30日(Wed)]
2016年3月27日付け東京新聞 一面からです。


愛知県に住む稲本 八重子さんの句で、
「戦争と伊セ湾台風でございます」と添え書きがありました。
75年前の終戦を思い出します。



何年経っても、過去に起きた悲しみや苦しみが癒えることはないです。
当事者にしか分からない感覚や景色があります。

一方で、人は忘れやすい生き物、
忘れないと生きていけない生き物でもあり、
辛い経験をしても、その裏にある本当の絶望から
目を背けてしまうことが多々あります。



今回のコロナウイルスが良い例です。



メディアから流れる情報を鵜呑みにして今逃げていることを正当化したり、
マスクを買い占めて一時の安心感を得たり、
転売して一時の優越感を得たり、
世の中全体が厳しい状況だからと自分のビジネスを変えない言い訳にしたり、と。



人は、生まれた時と死ぬときは丸裸です。

丸裸にされないと、自らの愚行や純粋性に気づかないというのでは、
あまりにもその代償が大きすぎるでしょう。
それが人間の性だという言葉で語ることも寂しいものです。



戦争や災害などを経験しないと、私たちは丸裸になれないのでしょうか?

そんなことはありません。世間の常識や自分の固定観念を消すことで、
丸裸になることは可能です。



スティーブ・ジョブズがスタンフォード大学で行った有名なスピーチの中で
”Connecting dots” (点と点をつなげる)という話をしています。



大学時代にジョブズが何気なく受講したカリグラフの授業で学んだ知識が、
10年後に最初のマッキントッシュを設計していた時に急によみがえってきたというのです。

そして、その知識をすべてマックに注ぎ込み、
美しいフォントを持つ最初のコンピューターが誕生しました。

過去の経験が、その当時は思いもよらなかったことに活かせる
状況を生み出したという話です。



もちろん、ジョブズは当時は先々のために点と点をつなげる意識などありませんでした。
しかし、それが後に振り返ると、将来役立つことを大学でしっかり学んでいたわけです。



ここでポイントとなるのは、将来をあらかじめ見据えて、
点と点をつなぎあわせることなどできないということ。
できるのは、後からつなぎ合わせるということです。



そうです。過去は変えられないと言いますが、過去に対する認識は変えられます。
過去に対する認識を変えて初めて、現在が変わり、未来が変わっていくのです。



「我々は丸裸だった過去がある。丸裸、じっと見れば光が見える。」



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「いのち」とは「時間」のこと[2015年10月29日(Thu)]
最近読んだ、日野原重明さんの本の中で、

「人のために使った時間と自分のために使った時間のバランスはどうなっていますか? 人のために使っていますか?」

「あなたが持っている”時間”(=”いのち”をできるだけ人のために使いましょう」

という一節があり、深く共感しました。

「いのち」を私たちが持っている「時間」の証、と考えると、

また新しい見方ができるようになりますね。


時間を「何」に「どのくらい」使うかは自分次第。


中途半端に、いい加減に、仕事に取り組むこともできる。

でも、中途半端に、いい加減に「いのち」を使うことはできるかな?

効率的に時間を使うことはできても、

効率的にいのちを使うことってできるのかな?


人の「いのち」を簡単に奪う事件があるけど、

それは、その人に与えられた「時間」を奪うことにもなる、か。


日野原さんの言葉を聞いて、

また、時間を「誰のために」使うのか?

もとっても大切なことだと再認識しました。

それは、自分の「いのち」だけでなく、

他人の「いのち」にも影響するんですもんね。
「いま、ここ、じぶん。その合計が じぶんの一生」[2014年11月26日(Wed)]
知人に何か自分にオススメの本はないかと聞いたところ、アルフレッド・アドラーの本を紹介されました。

「嫌われる勇気」、久々に良い本に巡り合えました。

いろいろなメッセージが詰まっていますが、一番は、「いま、ここ」に集中するということ。

「いま、ここ」に強烈なスポットライトを当てれば、過去も未来もぼやけてくる。

本の中では、 

『われわれはもっと「いま、ここ」だけを真剣に生きるべきなのです。過去が見えるような気がしたり、未来が予測できるような気がしてしまうのは、あなたが「いま、ここ」を真剣に生きておらず、うすらぼんやりとした光のなかに生きている証です。 人生は連続する刹那であり、過去も未来も存在しません。あなたは過去や未来を見ることで、自らに免罪符を与えようとしている。過去にどんなことがあったかなど、あなたの「いま、ここ」にはなんの関係もないし、未来がどうであるかなど「いま、ここ」で考える問題ではない。「いま、ここ」を真剣に生きていたら、そんな言葉など出てこない。』

とあります。言われれば当たり前と思うかもしれませんが、言葉一つ一つが丁寧で優しく、スッと心に入ってきます。

相田みつおさんも、

「いま、ここ、じぶん。その合計が じぶんの一生」

と書いています。

Stay focused!!
試してみることは大好き[2014年11月11日(Tue)]

「人は変化は大嫌いだが、試してみる事は大好きなんだ」

最近、私の中で大切にしている言葉です。

有名な「仕事は楽しいかね?」の中の一節です。

多くの人が出世しよう、成功しようとして、
他人と同じような人間になることで

達成しようとしますが、それでうまく行く人はほとんどいません。

それなのに、他人と比べ、環境に甘んじてしまいます。

でも、小さなことでも、

とにかく試してみて、

起こった事を振り返る。

このプロセスを何万回と繰り返してみたら、

何か良いことが起きそうな予感はしますぴかぴか(新しい)
人生を正しく生きる[2014年09月04日(Thu)]
風邪のせいもあるのか、全くブログのネタが思いつかない。

今日は、私が印象を受けた本の一つ、

「最後の授業 ぼくの命があるうちに」を再度速読し、

「人生をどう生きるか」の章で、心に残った言葉をいくつか。

・格好よくあるよりまじめであれ

・何を言ったかではなく、何をやったかに注目する

・幸運は、準備と機会が巡り合った時に起こる

・経験とは求めていたものを手に入れられなかったときに、手に入るものだ

・人にしてもらったことを人にしてあげる

・自分の言った約束は守りなさい

・自分に値しない仕事はない

・夢をどのように実現させるかではなく、
 人生をどのように生きるか。
 人生を正しく生きれば、運命は自分で動きだす。
 夢の方からこちらへやってくる。



これから読書の秋ですね。

良い言葉をたくさん浴びると、

森の中にいるような気分になれますし、

正しい判断ができやすいのかもしれません。
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