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面倒臭いことをどれだけできるか?[2013年06月25日(Tue)]
去年からテレビを観ることを意識的に減らしました。

コンテンツがおもしろい番組なら、感情が入り込んだり、自分で何かを考えながら”能動的に”観るでしょうけど、ほとんどの番組は、ただ”受動的に”、何となく観ることが多いように思うようになったからです。

年のせいだけではなく、ここ数年、多くのテレビ番組の「質」が本当に薄っぺらいものになってきているように思います。多くの出演者がまるで動物園のように騒いでいる印象の番組。時代が本当に求めているものなのでしょうか?


インターネットが発達し、パソコンやスマホで時間を過ごす人が増えているので、番組の作り手としても最大公約数的な番組を作ることは難しくなっているのは分かります。かと言って、ある程度のニーズはあるけど、視聴者の絶対数が少ない番組をキー局で放映するのはかなり勇気がいるのでしょう。予算の問題もあるでしょう。


アメリカではPPV(番組ごとに料金を支払う仕組み)が浸透しています。他民族国家のアメリカでは、テレビ番組の内容も多種多様ですが、例えば貧しいヒスパニック層でも数ドル出し合えば、一つの番組を観ることもできたりします。

作り手の自信と失敗したときの覚悟がないと成立しない仕組みとも言えます。


作る側が手を抜けば、観る側もそれは薄々気づいてくるものだと思います。
気づいていても他に選択肢がないから仕方がなく、それを受け入れざるを得ない。

「これぐらいの質のモノをつくっておけばいいいだろう」

という、作り手の魂胆が見え隠れします。

これは、テレビ番組に限らず、スーパーのPB商品など、いろんな場面で見られるようになってきたと思います。

作り手がどれだけ手間暇をかけることができるか、面倒臭いことができるか、

そこがこれから大切なことのように思います。
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