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京都フォーライフ〜「自信」と「誇り」をもって働くために〜
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支援は同じ方向を向いているか[2026年03月09日(Mon)]
よくある、現場の風景のひとつだったのかもしれない・・・

ある日、ひとりの支援員から相談を受けた。
「私の支援と、あの人の支援は、何か違う気がするんです」と。
話を聞けば、ある利用者さんへの関わり方をめぐる出来事だったという。
「私のやり方では効果が薄い、と言われました。
でも、とっさに『私の支援と、あなたの支援は違う』と言い返してしまって……」
言葉を重ねるうちに、いつの間にか論点はすり替わり、本来向き合うべきだったはずの「この従業員(利用者)さんにとって、いま何が必要なのか」という問いが、見えなくなってしまったのだという。
私はその話を聞きながら、胸の奥に、かすかな引っかかりを覚えていた。
それは、支援員同士の行き違いそのものではなかった。
――私たちは、「支援とは何か」を、どれほど言葉にして共有してきただろうか。
支援の方向性は共有しているつもりでも、その “意味” や “根っこ” の部分まで、語り合ってきただろうか・・・
そう考えたとき、この出来事は、管理者である 私自身の責任であるのではないか という思いが込み上げてきた。

支援の方法は、人の数だけ存在する。
従業員(利用者)さん一人ひとりに個性があるように、支援者にも個性がある。
相性もある。
厳しい言葉で背中を押されることで力を発揮する人もいれば、穏やかな声かけによって、安心して一歩を踏み出せる人もいる。
さらに言えば、同じ利用者さんであっても、その日の体調や心の揺らぎによって、言葉の受け取り方は、驚くほど変わる。
昨日は励ましになった言葉が、今日は重たいプレッシャーになることもある。
だから、支援は難しい。
正解が一つではないからこそ、迷い、立ち止まり、悩む。
けれど、その難しさの根っこは、本当に「方法の違い」にあるのだろうか。
大切なのは、私たちが「どこを目指しているのか」、ということだ。
従業員(利用者)さんの自立なのか。
安心して過ごせる日常なのか。
小さな成功体験の積み重ねなのか。
それとも、失敗を通じて学ぶ力なのか。
目指す “方向” が共有されていれば、歩き方が多少違っても、支援は大きく揺らがない。
しかし、その方向を言葉にできなければ、方法の違いは、やがて対立へと姿を変えてしまう。

今回の出来事は、支援の違いをめぐる問題であると同時に、「支援を語れていなかった私自身」の問題でもあった。
支援とは何か。
どこまでが支援で、どこからが自己満足なのか。
その問いに、明確な答えはないのかもしれない。
けれど、問い続け、語り続けることをやめた瞬間、支援は、形だけのものになってしまうのだと思う。
支援を語り合うこと。
迷いや違和感を、言葉にして共有すること。
それもまた、支援の一部なのだと、私はあらためて、静かに胸に刻んでいる。
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