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京都フォーライフ〜「自信」と「誇り」をもって働くために〜
NPO法人京都フォーライフの公式ブログ
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個性を尊重する支援[2026年05月18日(Mon)]
連休明けとともに、まるで季節が一足飛びに進んだかのように、真夏を思わせる強い暑さに見舞われています。 日中のまぶしい陽射しが交差し、体調を整えることの大切さを改めて感じさせてくれます。
こうした日々の揺らぎの中で働く私たちにとって、心と身体の安定は、決して当たり前のものではありません。

支援員として従業員(利用者)の皆さんとともに働くなかで、私たちが大切にしていることの一つに、「その人を知る」という姿勢があります。
一人ひとりが歩んできた人生は異なり、年齢や育ってきた環境、これまでに重ねてきた経験は、それぞれの価値観やこだわりとして今に息づいています。
同じ時間を過ごし、同じ作業に向き合っていても、その感じ方や向き合い方は決して同じではありません。
だからこそ、互いを思いやる気持ちや、相手の言葉に耳を傾ける素直さが、少しずつ関係を育てていくのだと思います。

信頼関係は、一瞬で築かれるものではなく、日々の小さなやり取りの積み重ねの中で、静かに形づくられていくものです。
そして時に、その一つひとつの関わりが、思いがけないきっかけとなって大きく変化していくこともあります。
対話を通じて相手を理解しようとするなかで、体調や気持ちといった目に見えない部分に向き合う難しさを感じることも少なくありません。
それでもなお、個性を尊重する支援を実現するためには、私たち支援員だけではなく、従業員(利用者)の皆さんの声が欠かせません。
日々の中で感じていること、困っていること、ちょっとした違和感でもかまいません。
その声こそが、その人らしさに寄り添う支援へとつながっていきます。
だからこそ私たちは、安心して言葉を交わせる環境を大切にし、「ここでなら自分でいられる」と感じてもらえる関わりを積み重ねていきたいと考えています。

京都フォーライフが、働く場であると同時に、心のよりどころの一つとして感じられる場所であるように。
そしてその中で、一人ひとりが「自信」と「誇り」を育んでいけるように。
これからも、日々の関わりを丁寧に重ねていきたいと思います。


信用・信頼を得るために[2026年05月11日(Mon)]
日々、従業員(利用者)の方々の支援に関わる中で、ふと立ち止まり、自分自身に問いかけることがあります。
「自分は、この方々から信用されているのだろうか。信頼されているのだろうか」と・・・

もちろん、その答えを直接確かめることはできません。
だからこそ、作業のひとつひとつ、言葉のひとつひとつが、相手にどのように伝わっているのかを想像し、不安を覚えることもあります。
私の指示が不安を与えてはいないだろうか。
安心して働ける環境をつくれているのだろうか。
そうした中で、上司や先輩方の姿に触れるたびに感じることがあります。
それは、単に指示が的確であるということだけではなく、相手に寄り添い、信頼関係を丁寧に積み重ねておられるということです。その関わりの中にこそ、「信用・信頼」の本質があるのだと気づかされます。

今の私にできることは決して大きなことではありません。
目の前の仕事に真摯に向き合い、自らのスキルを磨くこと。
そして何より、従業員の方一人ひとりに心を寄せ、その人の立場に立って支援を考え続けることだと思っています。
信用や信頼は、一朝一夕に築けるものではありません。
けれど、日々の積み重ねの先に、必ず育まれていくものだと信じています。
いつの日か、「この人になら任せたい」と思っていただけるような存在になれるように。
そして、従業員の方が「自信」と「誇り」をもって働ける環境づくりの一助となれるように。
これからも一歩一歩、誠実に歩み続けてまいります。

テレビで[2026年05月04日(Mon)]
先日、TVの報道番組で、京都フォーライフの事業運営を紹介していただきました。
その取材があったのは、放送の10日ほど前のことです。
作業場にカメラが入ると、従業員(利用者)の皆さんは、いつも以上に笑顔で、少し緊張しながらも、どこか誇らしげな表情を見せていました。
「テレビに映るんだ」
そんな高揚感もあったのだと思います。作業場の空気は、自然と明るく、活気に満ちたものになっていきました。

従業員(利用者)のKさんは、個別にインタビューを受けることにも 進んで名乗りを上げてくれました。
カメラの前に立ったKさんは、少しも臆することなく、京都フォーライフで働く日々への思いを、はっきりと、そして誠実に語ってくれました。
仕事に向き合う姿勢、仲間との関係、自分に任されている役割、
それらは決して特別な言葉ではありませんでしたが、日々を大切に生きている人の言葉として、確かな重みがありました。

考えてみれば、
「意欲をもって仕事に取り組むこと」
「自分に任された役割を、責任をもって果たすこと」
それは、本来とても当たり前の営みです。
しかし、こうした“当たり前の日常”が、メディアに取り上げられる機会は決して多くありません。
支援の現場、働く現場で重ねられている努力や成長は、静かに、淡々と続いていくからこそ、注目されにくいのかもしれません。

今回の放送は、そんな日常に光を当てていただいた出来事でした。
従業員(利用者)の皆さんにとって、それは単なる「テレビに出た」という経験以上の意味を持っていたように思います。
「自分たちの仕事が、誰かに見てもらえた」
「普段の取り組みが、間違っていなかったと認めてもらえた」
その実感は、静かですが、確かな励みとなり、
“ここで働いている自分”への自信と誇りにつながっていきます。
私たちは、特別なことをしているわけではありません。
ただ、一人ひとりが、その人なりの役割を大切にしながら、今日も仕事に向き合っています。
その姿が、誰かの心に届いた。
今回の放送は、その事実を改めて教えてくれました。

※放映内容は、下記より「YouTube」にて ご覧いただけます

https://www.youtube.com/watch?v=cT4XRXkiU6E&t=206s
出会いと別れ[2026年04月27日(Mon)]
50代になって、あらためて実感するようになりました、
人生は、出会いと別れの積み重ねでできているのだということを・・・

若い頃は、出会いも別れも、ただ通り過ぎていく出来事の一つに過ぎませんでした。
でも今振り返ると、その一つひとつが、確かに私を形づくり、支えてくれた大切な時間だったのだと気づかされます。
新しい人との出会いは、思いがけず心に風を通してくれます。
友人であっても、職場の仲間であっても、あるいはほんの短い時間を共有した誰かであっても。
交わされた言葉や、同じ時間を過ごした記憶が、気づかぬうちに自分の中に残り、次の一歩を踏み出す力になっていることがあります。

一方で、別れは静かに、時には深く、胸に沁みます。
寂しさや痛みを伴うこともあります。
それでも、別れがあるからこそ、出会えたことの尊さや、その時間がどれほど意味のあるものだったのかを、後になって知るのかもしれません。

今、共に働いている仲間も、いつまでも同じ形で隣にいるとは限りません。
けれど、だからこそ「今ここで出会えていること」「同じ時間を重ねられていること」を大切にしたいと思います。
過ぎ去った人や時間に、静かに感謝しながら。
そして、これから出会う一人ひとりと向き合う日々を、誇りをもって積み重ねていきたい。
そんな思いを、あらためて胸に刻んでいます。

ニューフェイス[2026年04月20日(Mon)]
春のはじまりとともに、私が担当する「フォーライフshiki」には、新たに 二人の仲間――TさんとNさん――を 従業員(利用者)として 迎え入れることになりました。
お二人とも、支援学校在学中の職場実習で 来所されていましたので、お会いしたことはありました。
今では、京都フォーライフの真新しい制服に袖を通し、同じ職場の一員として 作業に向き合う姿があります。
その姿を目にすると、「働く」 という行為が 人に与える力の大きさを、改めて実感させられます。

Tさんは、商品のシール貼りや組み立てなど、数量を意識する工程を主に担当されています。
慣れない長時間の立ち作業に戸惑いながらも、与えられた仕事に一つひとつ真剣に向き合い、必死に取り組まれる姿が印象的です。
体への負担や不安も決して小さくはないはずですが、それでも 「働く場に立ち続けよう」 とするTさんの姿勢から、仕事に対する強い意志と責任感が静かに伝わってきます。
Nさんは、数量を正確に読み取る力や、規則的に物を並べることを得意とされています。
商品ごとに詰め方が異なる梱包作業の中で、その力は確かな強みとなり、現場を支える大切な役割を果たしています。
丁寧に、黙々と作業に集中する姿からは、「自分はこの仕事を任されている」 という自覚と誇りが感じられます。

私自身、まだお二人のすべてを理解できているわけではありません。
得意なこともあれば、苦手なこともある。
その一つひとつは、これから様々な作業や関わりを重ねる中で、少しずつ見えてくるものだと思っています。
大切なのは、「できないこと」 に目を向けることではなく、「どうすれば力を発揮できるのか」を共に考え続けることだと、日々感じています。

働くことは、単に作業をこなすことではありません。
誰かの役に立ち、自分の存在価値を実感し、自信と誇りを積み重ねていく営みです。
お二人が この職場で、安心して挑戦し、失敗し、そして成長していけるように、
一日でも早く 「京都フォーライフの一員として働いている」と 心から実感してもらえるように、
これから先も 現場で向き合い、寄り添いながら、支援員として、そして同じ職場で働く仲間として、歩みを重ねていきたいと思います。
慣れない場所で[2026年04月13日(Mon)]
「For the life Café」で働く従業員(利用者)のYさん。
普段勤務している宇治市文化センターが、しばらく改修工事に入ることとなり、その間、Yさんは慣れない別の事業所で 作業をすることになりました。
いつもとは違う環境。
顔なじみの少ない従業員(利用者)や支援員に囲まれた職場。
出勤前のYさんの表情には、「大丈夫かな」「ちゃんとできるかな」という、不安がにじんでいました。

けれども、当日。
Yさんは遅刻や忘れ物をすることもなく、落ち着いて作業手順の説明に耳を傾け、ひとつひとつ確認しながら作業に取り組んでいました。
久しぶりに再会した仕事仲間とも、自然に言葉を交わし、いつの間にか穏やかな笑顔で、その場に溶け込んでいく姿がありました。
私は「For the life Café」の担当となって4年目になります。
長い時間をともに過ごしてきたつもりでいましたが、Caféで働くYさんの姿しか、実は知らなかったのだと、あらためて気づかされました。

慣れない環境の中で見せた集中力。
初めての人たちと関わる中で発揮された柔軟さ。
そして、自分の役割を理解し、きちんと「働く」姿勢を貫く姿。
そこには、これまで私が気づけていなかったYさんの強みや、まだ眠っている可能性が、確かに存在していました。
「できるかどうか」ではなく、
「力を発揮できる場に出会えているか」。
今回の出来事は、支援とは何かを、あらためて問い直す機会になりました。

一人ひとりが、自信と誇りをもって働くために。
私たち支援者が、もっと視野を広げ、可能性を信じ、挑戦できる環境を整えていく必要がある−−そのことを、Yさんの姿が静かに教えてくれました。
半歩だけ[2026年04月06日(Mon)]
過日、“時候の挨拶”よろしく、作業場で何人かおられた従業員(利用者)に向けて、
「すっかり春やね、お彼岸やし お墓参りにいかんなんね」と声をかけたところ、
一人の従業員(利用者)さんに、
「行かへんわッ!」
「怖いこと言わんといてッ!」と、怒られてしまいまいました。
どうやら、信仰している宗教上の理由で、お彼岸のお墓参りは NGだったようです。
お誕生日もお祝いしない, X‘masのイベントも楽しまない,
聞けば、地域企業から請け負った、神社やお寺で授かる「お守り」製造作業への従事にも差支えがあったようです。

信仰や文化の違いは、ときに国と国とを分断し、争いの火種にさえなります。
決して 軽んじることはできません。
私とて、「仏滅の日の結婚式」「友引の日の葬式」「末尾番号が4・9の車のナンバープレート」には、少々抵抗を感じますので、きっと日常を脅かされるほど不愉快だったのでしょう。

他者に理解してもらいにくい文化や価値観を持ち合わせていると、こんなすれ違いがあれこれと起こるものです。
身近な地域で暮らす外国籍の方が多くなった昨今では、日常的に起こるすれ違いです。
多様な方たちが暮らす社会においては、避けることができない課題です。

心身に様々な障がいがある方たちもまた、そんなすれ違いから、言葉にしにくい違和感や理由のわからない恐怖,説明の届かない疎外感を抱かれているのだと思います。
その一つ一つが、静かに心を削っているのかもしれません。
だからこそ、少しだけ立ち止まりたいものです。
誰もが、自分の『自分の当たり前』を、いったん脇に置いてみる、
半歩 歩み寄って、「この人には、どんな世界が見えているのだろう」と 想像してみる。
その小さな歩み寄りが、多様な方々がお互いに暮らしやすい社会を築くんだなと思います。
答えの出ない関係[2026年03月30日(Mon)]
私が担当している職場は、全体としては穏やかで落ち着いた雰囲気の現場です。
しかし、その中で、私たち支援員を悩ませる関係性があります。
従業員(利用者)のAさんとBさん。
一見すると「仲が悪い」と言ってしまえば簡単なのかもしれませんが、どうにもそれだけでは片付けられない、少しいびつで、複雑な関係です。
表面上は互いに相手のことを悪く言い合い、距離を取ろうとしている二人。
けれど、日々の様子を見ていると、ふと「本当は嫌い合っているわけではないのではないか」「むしろ根底には相手を気にかける気持ちがあるのではないか」と感じる瞬間があります。

Aさんは好奇心旺盛で、人や仕事に強い関心を持っています。
誰かと話すこと、さまざまな作業に触れることを楽しみながら、日々の仕事に前向きに取り組んでおられます。
その一方で、会話に夢中になるあまり作業への集中が途切れてしまったり、周囲の様子が気になってよそ見が増えてしまったりすることもあります。
Bさんはとても面倒見が良く、周囲によく目が届く方です。
困っている人がいれば自然と声をかけ、さりげなく手を差し伸べる姿を何度も目にしてきました。
しかし、その優しさが時に行き過ぎてしまい、口調が強くなったり、自分自身に過度な負担をかけてしまったりすることもあります。

そんな二人が同じ作業に取り組んだある日、ついに小さな衝突が起きました。
BさんのAさんに対する少しきつい言葉。
それに反応してしまったAさん。
結果として場の空気は張りつめ、二人は互いに距離を取るようになりました。
「もうAさんとは話したくありません」
「Bさんがいろいろ言ってくるので、ちょっと嫌です」
それぞれの言葉は、決して嘘ではないのでしょう。
けれど同時に、その言葉の奥には、単純な拒絶だけではない感情が潜んでいるようにも感じられました。
Bさんは「もう関わらない」と言いながらも、日々どこかでAさんの様子を気にしています。
Aさんもまた、笑顔を交えながら「またBさんに言われちゃった」と話す姿があり、どこかまんざらでもない様子が伝わってきます。
時には、Bさんの方から話しかけようとする場面も見受けられます。
「こっち来ないで」と口では拒みながら、その言葉がどこまで本心なのか、私には判断がつきません。

二人の間に積極的に介入することが正解なのか。
それとも、距離を保ちながら見守ることが必要なのか。
どちらか一方が正しいとは言い切れず、簡単な答えは見つかりません。
具体的な支援の形が咄嗟に思い浮かばない自分に、支援者としての力量不足を痛感することもあります。
けれど同時に、こうした迷いや葛藤こそが、「福祉」という営みの奥深さなのだとも感じています。
Aさんにとって、Bさんにとって、本当に必要な支援とは何なのか。
二人がそれぞれ自分らしく、安心して働き続けるために、私たちは何ができるのか。
答えはすぐには見つからないかもしれません。
それでも、考え続け、向き合い続けることをやめない。
その姿勢こそが、支援者としての「自信」と「誇り」につながっていくのだと信じています。
私自身、支援者としての原点をあらためて胸に刻みながら、
これからも日々の現場で学び、悩み、研鑽を積んでいきたいと思います。
言葉の重さ[2026年03月23日(Mon)]
近年、世間ではさまざまなハラスメントが話題に上がっています。
京都フォーライフの事業所においても、言葉遣いや距離感といった、 何気ない行動が相手を傷つけてしまうことがあります。
多くの場合、それは悪意のない言動であり、 指摘されて初めて気づくことも少なくありません。
作業の現場では、先輩従業員 (利用者 )が後輩を思い、 一生懸命に指導しようとする姿をよく目にします。
しかし、その気持ちとは裏腹に、 言葉が強くなってしまい、相手に負担を与えてしまう場面もあります。
相手の受け取り方ひとつで、関係がぎくしゃくしてしまうこともあります。

そうした様子を見つめながら、 私自身もまた、自分の伝え方を振り返る日々です。
相手の気持ちを想像できているか、 支援する立場としてふさわしい言葉を選べているか、自問自答を繰り返しています。
一つひとつの言葉に責任を持つこと。
そして初心を忘れず、丁寧に人と向き合うこと。
その積み重ねが、従業員 (利用者)の「自信」と「誇り」につながっていくのだと感じています。
この春も、京都フォーライフの現場では、 それぞれが学びながら、前に進んでいます。
「恥ずかしさ」の正体[2026年03月16日(Mon)]
以前、ある従業員(利用者)と、私の交友関係について話をする機会がありました。
何気ない会話の流れの中で、その方がふと、こんな言葉を口にされました。
「障がいがある人と一緒に働いているって、恥ずかしくて人には言えないですよね・・・」
その瞬間、時間が一瞬止まったような気がしました。

私にとって、この仕事は恥ずかしいどころか、誇りそのものだったからです。
だからこそ、その言葉は、胸の奥に静かな衝撃として残りました。
けれども同時に、私は思いました。
この言葉の奥には、きっと私の知らない何かがあるのだろう、と。
翌日、思い切って、その理由を尋ねてみました。
すると、その方は少し躊躇いながら、過去の出来事を語ってくれました。
「昔の職場で、障がいがあることを理由に、いじめにあったことがあるんです。」
その言葉を聞いたとき、胸の奥に重たいものが落ちました。
人が人を傷つける理由として、「違い」が使われてしまう現実。
どのような事情があろうとも、人を貶めてよい理由など、この世のどこにもありません。
それでも、その出来事は、その方の心のどこかに影を落とし続けていたのでしょう。
そしてその影は、知らず知らずのうちに、「恥ずかしい」という言葉になって現れたのかもしれません。

人は、それぞれに見えない物語を背負って生きています。
誰もが、自分だけの経験を抱え、痛みや迷いを胸の奥にしまい込みながら、日々を歩んでいる。
だからこそ私は、改めて自分自身に問いかけました。
この仕事を通して、私は本当に一人ひとりの背景にまで心を寄せることができているだろうか。
それぞれが抱えてきた過去や痛みに、きちんと向き合えているだろうか。
正直に言えば、まだ自信はありません。
支援という言葉を掲げながら、実際には見えていないものも、きっとたくさんあるはずです。
それでも、ひとつだけ確かな想いがあります。
私は、この仕事が好きです。
そして、ここで出会った皆さんと共に働けることを、心から誇りに思っています。
人は皆、違います。
けれど、その違いこそが、社会という大きな織物を織り上げているのだと思います。
色も太さも異なる糸が重なり合うからこそ、布は強く、美しくなる。
この場所も、きっと同じです。

誰かが誰かを支え、
誰かが誰かに支えられながら、
ゆっくりと、一つの共同体が形づくられていく。
その中で、いつの日か、
「ここで働いていることを誇りに思う」
そう胸を張って言える人が、ひとりでも増えてくれたなら。
それはきっと、この仕事に携わる者にとって、何よりの喜びでしょう。

まだ道の途中です。
それでも、私は信じています。
人が人と出会い、共に働き、共に生きるその営みの中には、
社会を少しずつ優しく変えていく力が、確かに宿っているのだということを。
そして今日もまた、
その小さな力を信じながら、歩み続けていきたいと思います。
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