「モモ」より [2010年08月22日(Sun)]
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小学校のとき、あまりに本を読まないので習いごとの先生が薦めてくれた本をいくつか買ってもらった。にもかかわらず、放置して読まずじまいになり(当時は画が無い本を読むのは、私にとって苦痛でしかなかった)、いつの間に家からも姿を消した。もしかしたら不意に意外なところで発掘できるのかもしれないけれど、探しても見当たらなかった。
新居に引っ越した友人宅で、この本を見つけ早速借りてようやく読んだ。本は「貸す人」になりたいところが、また「借りて」しまった。しまった! なにはともあれ、「大人のための童話だよ!」と違う友人が言った言葉は正しかったように思う。 ミヒャエル・エンデ作 大島かおり訳 岩波書店 より 「いちどに道路ぜんぶのことを考えてはいかん、わかるかな?つぎの一歩のことだけ、つぎのひと呼吸のことだけ、つぎのひとはきのことだけを考えるんだ。いつもただつぎのことだけをな。」(48〜49ページ) 「時間をケチケチすることで、ほんとうはぜんぜんべつのなにかをケチケチしているということには、だれひとり気がついていないようでした。じぶんたちの生活が日ごとにまずしくなり、日ごとに画期的になり、日ごとに冷たくなっていることを、だれひとり認めようとはしませんでした。」(95ページ) 「時間というのはね、人間ひとりひとりの胸の中にあるものを、きわめて不完全ながらもまねて象ったものなのだ。光を見るためには目があり、音を聞くためには耳があるのとおなじに、人間には時間を感じとるために心というものがある。そして、もしその心が時間を感じとらないようなときには、その時間はないもおなじだ。」(211ページ) 「どんなことばをつかったところで、この再会のよろこびはあらわせそうもありません。ふたりは笑ったかとおもえば泣き、泣いたかとおもえば笑い、てんでにやすみなくありとあらゆる話をしました。もちろんわけのわからぬことばかりですが、よろこびに酔いしれた人というのはそういうものです。」(350ページ) |


