読書「旅をする木」星野道夫著 [2011年05月07日(Sat)]
|
どうも思考のエンジンが減速している今日この頃。悩ましい。
最近読んだ、星野道夫著「旅をする木」にある言葉の美しいこと。 奥行きはともかく、風や匂いすら感じる言葉を紡ぐ力に閉口した。 「新しい旅」 12ページ〜より:人間の気持ちとは可笑しいものですね。どうしようもなく些細な日常に左右されている一方で、風の感触や初夏の気配で、こんなにも豊かになれるのですから。人の心は、深くて、そして不思議なほど浅いのだと思います。きっと、その浅さで、人は生きてゆけるのでしょう。 「赤い絶壁の入り江」 18ページより:この海はまさにプランクトンのスープなのです。 45ページより:人と出会い、その人間を好きになればなるほど、風景は広がりと深さをもってきます。やはり世界は無限の広がりを内包していると思いたいものです。 「オールドクロウ」 50ページより:私たちは、千年後の地球や人類に責任をもてと言われても困ってしまいます。言葉の上では美しいけれど、現実として、やはり遠すぎるのです。けれどもこうは思います。千年後は無理かもしれないが、百年、二百年後の世界には責任があるのではないか。つまり、正しい答はわからないけれど、その時代の中で、より良い方向を出してゆく責任はあるのではないかということです。つまり、グッチン・インディアンの人々も、私たちも、いつも旅をしている途上なのかもしれません。 「ルース氷河」 114ページより:無数の星々がそれぞれの光年を放つなら、夜空を見上げて星を仰ぐとは、気の遠くなるような宇宙の歴史を一瞬にして眺めていること。が、言葉ではわかっても、その意味を本当に理解することはできず、私たちはただ何かにひれ伏すしかない。 「もうひとつの時間」 121ページより:ぼくたちが毎日を生きている同じ瞬間、もうひとつの時間が、確実に、ゆったりと流れている。日々の暮らしの中で、心の片隅にそのことを意識できるかどうか、それは、天と地の差ほど大きい。 「生まれもった川」 180ページより:ビルを見ていると、深く老いて行くということは、どれだけ多くの人生の岐路に立ち、さまざまな悲しみをいかに大切に持ち続けてきたかのような気がしてくる。 「エスキモー・オリンピック」 203ページより:遠い昔に会った誰かが、自分を懐かしがっていてくれる。それはナント幸福なことだろう。 今は、茶色く焼けた古本の小澤征爾・弘中平祐著「やわらかな心をもつ」を読んでいます。 |


