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本当は社会貢献でメシが食いたい

広島で会社員をやりながら、細々とボランティアしたり、市民活動に関わったり応援したり。それらの活動記録を残していけたらなと思います。興味のある分野は、震災復興、除染、環境教育、中間支援、社会起業、ファンドレイジング、エトセトラエトセトラ…。


一年半ぶりの岩手での復興支援ボランティア [2013年10月21日(Mon)]
10月15日、久々に復興ボランティアに行ってまいりました。
初めて復興ボランティアに参加したのが、「遠野まごころネット」さんを通じた、岩手でのボランティア活動。
昨年の1月、3月に足を運んで以来、しばらく岩手でのボランティアはご無沙汰になっていましたが、かれこれ約一年半ぶりに足を運ぶことが出来ました。
昨年の1月、3月にボランティアに参加した際の、メインの作業はがれきの撤去。
以来、なかなか岩手まで足を運べないでいるうちに、昨年10月あたりに、遠野まごころネットさんから、「がれき撤去の作業はある程度の区切りがついた」という案内があってからは、初めての活動参加となります。
(もっとも、昨年1月の時点でも、文献の修復作業等の、がれき撤去以外の作業にも参加させて頂いてはいましたが。)

今回の作業は、大槌町での、復興米の脱穀と藁束作り作業。
台風26号が接近していたのと、日によっては大槌でも霜が観測されるようになったということもあり、ある意味当日は収穫のラストチャンス。
当初は晴れ間も見えていたのがだんだん曇り空となり、何とか「雨降らないで〜!!」と祈りながら、藁束をせっせと作っておりました。
昼休みの時間も返上して作業をした甲斐もあり、何とか雨が降らないままに作業が終了。
収穫してあった米が干してあった田んぼは、見ての通りスッキリしてしまいましたとさ。
惜しむらくは、ビフォーを撮り忘れたことですが…。

DSC_0080.jpg

その後は、鵜住居地区の防災センターへ。
ここは、3.11の震災当日、この防災センターに集まった避難者が、センターの高さを超える津波に飲み込まれてしまい、多数の方が犠牲となってしまった場所。
慰霊堂となっている防災センターに黙祷を捧げた後、内部を見学させていただき、改めて津波の恐ろしさを実感いたしました。
(尚、関連記事はこちら。)

遠野まごころネットでの活動は、がれき撤去の作業こそ一定の区切りがついたものの、ところどころ癒えきってない震災の傷痕もあり、まだまだ「復興」というには、道半ばだなぁ…と思いました。

当日の作業終了後は、私は台風を避けるかのように日本海側に抜け、翌日は太平洋側の鉄道が大混乱に陥る中、私は日本海側に沿って南西方向に。
日本海側の天気も大荒れで、特急の運休や、列車の大幅遅延はありましたが、何とかその日の最終目的地である金沢に到着。夜行バスにのり京都へ行き、そこから広島に向かい、何とか昼からの打合せに間に合いましたとさ。

ありがとう秋の乗り放題パス&鉄道の日記念西日本乗り放題きっぷ。
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