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はじまりのおわり〜経営未来塾卒塾式〜その1 [2016年10月17日(Mon)]

2016年夏。
「あのー、たくまさん、今度10月に弁論大会があるんで聞きに来てくれませんか?学校代表に選ばれたんです」
地元の中高生向け漁師体験「すなどり先生」が終わり、片付けをしてるときだった。
唐桑中学校3年生の子がそう話しかけてくれた。よくすなどり先生に参加してくれる子だ。
おー、いくいく!何についてスピーチするの?
「…」
ちょっと恥ずかしそうにし始める。
「…本人の前で言うのは恥ずかしいんですが、たくまさんたちとの出会いで私の視野が広がったっていう…」

---

2013年夏。
「まち歩き」を唐桑の神止集落で実施した。当時、市の地域支援員として企画した。
住民と大学生らと集落をくまなく歩き、発見したものを絵地図とカードに起こしていく。そして、住民を集めて発表会を開く、というものだ。
この夏から地元の唐桑中学校の生徒数名にも参加してもらって実施することができた。
その発表会に、その集落の小学校6年生の女の子がおばあちゃんに連れられてやってきた。
その子はとても興味深く自分の集落の絵地図を見て、ここはこうだ、ここはああだ、と指差しては大学生と話していた。
へぇ。小学生が来てくれたんだ、と嬉しくなる。

1年後。
また中学生にも参加してもらってまち歩きを実施した。すると、その子が来ていた。1年生になっていた。
あれ。この子、あのときの。

1年後。
唐中のあべ教頭先生が言う。
「たくまさん、ゆきがね、去年よっぽど楽しかったみたいで、今年はまち歩きやらないのか、やらないのかって言うんですよ」
あべ先生はいつも私の火付け役だった。
そうなんですか、じゃあやらない手はないですね。
そこで「戦後70年」をテーマにNEWまち歩きを企画した。
(当時の記事:「唐桑と戦争A〜生きた教材〜」https://blog.canpan.info/entoki/archive/220
あべ先生の言うとおり、その子はまた来てくれた。

それを機に、あべ先生にお願いしてはちょこちょこ中学生と関わるようになっていく。
移住者と唐中生の座談会。漁師と唐中生の座談会…
その子はいつも中心メンバーだった。気づけば生徒会長になっていた。
「来年のまち歩きは何するんですか?」その子は私に会うたびにそう聞いてきた。

---

2016年10月。
気仙沼・南三陸1市1町の全中学校からひとりずつ代表が集まって、弁論大会が開催された。会場はたまたま唐桑中学校だった。
ひとり5分。魂のこもったスピーチを体育館の壇上でマイクを通して語る。聴衆は開催校である唐中全校生徒と来賓、来客。

その子の番が近づいてくると、来客席に座っている私たちまるオフィスのメンバーも自然に緊張しはじめた。
その子の1人前の鹿折中学校の生徒がスピーチを始めたときだ。
ポケットのケータイがブーブー震えている。見ると市役所の人から。
メールも来ている。
経営未来塾に関してだった。取り急ぎ、メールだけぱっと見る。
すると、経営未来塾卒塾式での事業構想プレゼンターに選ばれました、というメールだった。
塾生19名中4名だけ選ばれるというプレゼンター。
動揺する。
うれしい!!やった!が3割。げ!これじゃまだメンタリングが続くってこと!?勘弁してくれ…が7割。

なんだか動揺が続くなか、司会者がその子の名前を呼び、彼女は壇上に上がった。

あれ。
他人事じゃなくなってきた。
自分も3日後には、壇上に上がり、市長はじめ大勢の市民の前でスピーチとプレゼンをするのだ。

彼女は堂々と語り始めた。
「あーあー。都会っていいなぁ。なんにもないなぁ、唐桑って…。私にとって都会は憧れでした」

都会にずっと憧れていた彼女は、震災復興支援を機にふるさとにやってきた移住者に出会う。
「なんでこの人たちはわざわざこんな何もないところにやってきたんだろう…そう不思議に思いました」
ある移住者は言う。「漁師さんってカッコいいよね!唐桑の人たちってカッコいいよね!」
彼女はショックを受ける。

「悔しい!!私はそう思いました。なんで自分はこの人たちより長くこのまちに住んでいるのに、このまちの人たちのカッコよさに気づけてないんだろう」

震えた。中学生のスピーチに、5分間終始魂が震え、手がわなわなしたのだ。
彼女のスピーチはこう締めくくられた。

「唐桑に限らず、多くの若い人たちが住み慣れたふるさとを離れるのはなぜでしょうか?

『夢を掴むため』だという理由の裏側には私と同じように都会に『楽しさ』を求める思いがどこかにあるのではないかと思います。

でもその誰かの手でつくられた『楽しさ』は
あなたに、何を残すのでしょうか?

ふるさとを知り、ここにしかないものを学ぶ。
そして自分たちの視点で地域の課題に立ち向かい、
ふるさとを魅力的なまちにしていく。

それがこの地で生まれ、ふるさとに育まれた
私たちにしかできない未来を形づくる『楽しさ』だと思うのです。

『唐桑のカッコいい人』!!!

そう呼ばれることが私の目指すこれからの生き方です!」

拍手喝采。
彼女は最優秀賞を受賞した。

新しい世代の新しいふるさと観が、そこにはあった。

パチン。
スイッチが入った。

よぉし。これは返さなきゃな。
次はオレが魂のスピーチで聞く人たちを震えさせる番だ。

卒塾式は3日後だった。

つづく