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小原木小の運動会 [2016年05月28日(Sat)]

小原木小学校の統合が平成29年4月から平成30年4月へ1年延期、とのニュースが地元紙のトップを飾る。
小原木小は、唐桑地域にある3小学校の内の1校だ。
平成27年4月に唐桑中学校と小原木中学校が統合したばかりだ。
続いて、平成30年に唐桑小学校と小原木小学校が統合すると、小原木地区から小中学校は無くなる。
気仙沼市の旧唐桑町は、かつて明治の時代、北の小原木村と南の唐桑村が合併してできたまちである。その名残で、今も小原木のじいちゃんばあちゃんは、南部(旧唐桑村)のことを「唐桑」と呼ぶ。
何年か前に小原木の舘地区でまち歩きをしていて、「おれ、唐桑のこどよぐ分がんねぇからなぁ」というばあちゃんがいて(ん、ここも唐桑町なんだけどなぁ…)と不思議に思ったことがある。

ちなみに、同じくもう何年も前の話。馬場のくんばんちゃんのお孫さんが気仙沼旧市内から唐桑に遊びに来ていたときの話。いたずら好きの小学生の女の子だ。
「ねぇ、◯◯ちゃん、どこ行ったの?」と不意に聞かれたので、
「あぁ。◯◯なら今日は気仙沼に買い物に行ったよ〜」と何気なく答えたら、
「…?ねぇ、ここも気仙沼だよ」
と小学生に指摘されて閉口した。
ちなみに、この春気仙沼と唐桑が合併して10年が経った。

---

話を小原木に戻す。
そんな小原木小学校の運動会に先日参加してきた。
仲のいい先生に「当日スタッフとして期待していたOBの高校生が来れなくなった。来てくれ!」と頼まれて、ほいほいと嬉しそうに参加してきた。
小規模学校は、先生の数が少ない分、大変だ。
まぁ我々からすれば、休日に運動会に参加だなんてステキな過ごし方だ。

全校生徒で30名ちょっと。
今までは小中合同で運動会を開催していたが、昨年から中学校が唐中と合併したため、小原木小単独開催となってしまった。
見ていて、やはり寂しい。
学年別リレーなどは基本数名で行うことになる。3人で「ヨーイ、どん!」

私の姫路の母校はひと学年150名、計1000名のマンモス校(…という認識はないのだが)だったので、クラスごと、町ごとに代表を出し合ってリレーをやった。故に、まずはクラス代表・町(地区)代表に選ばれるための予選に向けて必死だった。
まぁ本番のリレーともなれば、運動会の花形中の花形だった。あそこに立ちたい。
「こうやって走るんや!こないしたら、はよ走れるわ!手をな、こうしたらえぇねん!」
当時、映画「ターミネーター2」を見ていて、家で両親が言う。めちゃくちゃ足が早い液体金属のターミネーターの走りをマネしろという。
(よっしゃ、任しとけ!駅前町の代表に今年こそなったるで!)
でも結局、これ(同地区の同級生のこれやすクン)には勝てず、よく涙を呑んだ。来年こそ!と思う訳である。

(あんな悔しい想いも、たった3人じゃできないだろうに)
そんなことをぼんやり思い出す。

IMG_9445.JPG

(全校生徒による紅白応援合戦)


「よぉ〜」
「あ!」
小原木小出身の中1軍団を発見。みんな唐桑中学校のジャージを着て、遊びに来ている。
昨年度この子たちが6年生のとき、総合学習のアドバイザーとして私は学校に何度かお邪魔していた。なので顔見知りだ。たった数ヶ月ぶりの再会だが、なんだかみんな大人びている。

アナウンス「続きまして、OBの中高生も参加しての、借り人競走です」
高校生の替わりに、私たちからくわ丸が参戦。
選手入場。
中学生と並んでイチニ、イチニ。「ふふ、高校生に見える?」
「は?見えないし。おじさんだよ、おじさん!」女子中学生に一蹴される。
…確かに、もう10コ以上違うのか。

アナウンス「続きまして、保護者と地域の方による、綱引きです」
地区のじいちゃんたちがわらわらと出てくる。ばあちゃんまで出てくる。

アナウンス「続きまして、中学生の先輩との小原木ソーランの共演です!」

アナウンス「最後に、校歌斉唱です」
「海幸しげき 小原木の 秀麗の地を 故郷に…」会場から湧く、校歌。

当校の歴史を遡れば、明治にまで行き着く。1世紀以上の歴史だ。
震災後は、祥子、国権、真弓、と私の仲間たちが非常勤としてお世話になった学校である。

平成30年まであと2年。
小原木小の運動会もあと残すところあと1回なのか。
なんとかなるさ、では、世の中なんともならない。
そういう時代に私はいる。

早朝からパラパラと降っていた雨は、運動会が終わるころには人知れず止んでいた。