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7月14日が来て [2011年08月03日(Wed)]

7月14日、晴れ。
特別な日だった。

仮設住宅の入居説明会があった。
入居先は、福祉の里(追加分)、中井小、漁火パークの3ヶ所。
仮設住宅へ入居するためには、まず抽選があり、結果発表があり、当選者は入居説明会を待つことになる。説明会では部屋のカギを渡される。イコール、入居開始。

今回は、小原木中の避難所以外、全ての避難所の方が入居する。

ちなみに、唐桑最後の仮設住宅(小原木中校庭)も、8月3日に説明会があるという。
そこから数日中には、最後の避難所も閉鎖予定。唐桑に避難所がなくなるのだ。

唐桑住民の仮設は、唐桑内で収まった。これは本当によかった。
一方、気仙沼市街では場所が足りず、千厩などの内陸部(岩手県)に仮設を設けるという…

---

避難所が閉鎖される。

私たちがお世話になってきた、高松園の避難所もこの日閉鎖となった。
説明会は朝10時からで、それが終了するお昼頃を見計らって私たちは高松園に行った。



胸がぐっと締め付けられる。
キレイに片付けられていた。
みんなの布団、救急箱や虫よけセット、トムのおもちゃ、たいようのカードゲーム、こうせいのマンガ、とみおサンが座っていた椅子、FIWCからの寄せ書きの旗…
柱にかかったカレンダーには、14日だけに丸がしてあって、「10:00〜」とだけ書いてあった。
みんな、この日を待っていたのだ。

なのに、私は喜べなかった。

---

お昼を食べる。
おっちゃんが、安っちいタグのついた仮設のカギをちらちらさせて言う。
「なんだい、こんな動物小屋みたいなカギ渡しやがって」
相変わらず愚痴と笑いが絶えないこの雰囲気が、嫌いではない。
部屋番号を聞いてまわると、みんなご近所だった。近くにまとまるよう配置してくれたみたいだ。
「○○さんトコと○○さん、○○さん、おらいは、一列の棟さ」
おー、よかった!

高松園の園長が入ってきて、「みなさん、本当にお疲れ様でした」とお辞儀する。
「高松園さんには本当にお世話になりました」

急にバタバタし始める。各自、車に荷物を乗せ始める。仮設住宅への引っ越し。親戚が来てくれる人もいる。
「ねぇ、みんなでこうやって集まることなんて、もうないんじゃない?」
と、おばちゃんに聞くと「そうだねぇ」と返される。
「ねぇ、これからちゃんと自炊できるの?」
と、聞くと「とりあえず今晩は軽く済ませようかねぇ」と返ってくる。

高松園に行けば皆に会える、ということはもうない。
仮設に行けばもちろん会えるけど、みんなで並んで飯を食うこともない。
喜ばしいことだし、重要な一歩なんだけど、勝手に感傷に浸る。

---

4ヵ月。3月11日から7月14日まで。
ここで、雑魚寝で生活してきた人たちがいる。
私たちはそれを細やかに想像しなくちゃいけない。とてつもなく、しんどいことだ。

こういうときは、なんて言えばいいんだろう。
「4ヵ月お疲れ様でした?入居おめでとう?これからがんばって?」
私は、とりあえずこの避難所に「ありがとうございました」を言いたい。
この避難所で出会った人も多い。学んだことも多い。
私たちの唐桑での活動は、この高松園から始まったのだ。

---

午後3〜4時ころに県道を走っていると、ぽっちゃりした小学生が炎天下のもと、えっちらおっちら一人で下校しているのを発見する。暑すぎるのか、うつむき加減だ。
高松園で知り合った小学生。
学校が再開したのが確か4月下旬だったから、それまでは毎日お昼に高松園で顔を合わせていた。たまに、キャッチボール、サッカー、フリスビーもした。

今は福祉の里の仮設住宅に住んでいる。学校から帰るには坂の多い県道をひたすら歩く。まだ慣れない通学路だろう。
車を停める。
「おいっす。乗ってく?」
「あ。乗っけて」

ツナガリは続いていくんだ。