ゆるゆるグループ[2024年02月26日(Mon)]
知的障がいと認知症[2022年02月05日(Sat)]
学校における合理的配慮[2015年09月25日(Fri)]
2016(平成28)年4月から、障害者差別解消法が施行されます。
これに対応して文部科学省から、私立学校や文化・芸術・スポーツなどの事業者に向けた対応指針のまとめが示されました。
しょうがいのある児童・生徒に対して、学校などはどのような対応が求められることになるのか? 興味深いところです。
2013(平成25)年6月に成立した同法は、しょうがいを理由とする差別的な取り扱いを禁止するため、行政など公的機関に対して、障害者への「合理的配慮の不提供の禁止」という形で障害者に対する支援を義務付けるほか、企業など民間にも努力義務を課すことになっています。
「合理的配慮」とは、著しく均衡を逸することなく、過度の負担にならない範囲で、障害者に支援・配慮することを求めるものです。
16(同28)年度から、しょうがいのある子どもに対する支援・配慮が、国公立学校には義務付けられ、私立学校や民間施設などにも努力義務として課せられるようになります。
文科省の対応指針のうち、しょうがいのある子どもに対する合理的配慮の具体例では、
「発達障害等のため、人前での発表が困難な児童生徒等に対し、代替措置としてレポートを課したり、発表を録画したもので学習評価を行ったりすること」や、
「こだわりのある児童生徒等のために、話し合いや発表などの場面において、意思を伝えることに時間を要する場合があることを考慮して、時間を十分に確保したり個別に対応したりすること」
などといった内容を、しょうがいの種類に応じて示しています。
さらに、これらの合理的配慮は大学などでも適用されることになっていて、対応指針は特に大学について「大学等全体としての受入れ姿勢・方針を明確に示す」ことを求めたうえで、
入学試験における配慮、入学後の支援内容・支援体制などを、ホームページ等で「可能な限り具体的に明示する」ことを要望しています。
私立学校などでは努力義務ですが、国公立学校では合理的配慮の提供は法的義務となります。
障害者差別解消法の施行に向けて、しょうがいのある子どもたちがどのような配慮を学校に求めることができるのか、保護者を含めて一般の人々も理解しておく必要があると改めて感じました。
、、、、、、、、、、、、、、、、、
地域の支援学校では高等部の人数が増えすぎて、高等部だけで100名位以上の生徒が在籍しています。
来週から校外学習が始まりますが、かつては学校のバスで実習先の事業所などに迎えに行ったりしていましたが、今は一切やっていないということでした。
あくまでも、実習先には保護者の送迎か公共交通機関を利用して通わなければならないようです。
しかし、保護者が対応できる家庭ばかりではありません、
放課後等デイサービスを利用されている方々も多いと思いますが、イレギュラーな送迎には全て対応できるというわけではないので、そこが悩みの種です( ; ; )
生徒数が増えたので教室を増やせばそれで済むわけではありません。
教職員の数を増やせばそれで済む問題でもありません。
その他の部分もいろいろと関係してきます。
結局人数が多すぎます。やはり適正規模というのがあると思います。
県南にもう1校、高等部が必要だと思います。
残念ながら、合理的配慮以前の問題ですね〜(>_<)
相談のしかたについて[2015年02月10日(Tue)]
アシストスマホ[2014年09月30日(Tue)]
自閉症って? A[2014年09月09日(Tue)]
(「ネットで勉強会」さんより)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
自閉症の人達にとって、
曖昧な
言葉を用いた
やりとりは
その内容の
理解が困難
自閉症の方たちには言語理解の困難さがあり、曖昧で抽象的、観念的な言葉の意味の理解が困難です。
ある当事者の方が
「母親から『ちょっとお風呂を洗っておいて』と言われたことがあるんだけど、“ちょっと”という言葉の意味がわからなくてお風呂を洗えなかった」
と言われていたのを聞いたことがあります。
この方は国立大学の大学院を修了されているような高学歴の方だったのですが、それ程の方でも“ちょっと”という言葉の理解が困難であるということを聞いて、曖昧で抽象的な言葉を理解することの難しさを深く考えたことがあります。
世界的に著名な当事者の方であるテンプル・グランディンさんは、ご自身の著書の中で
「私たちは絵で物事を考える」
「話された言葉は即座に絵に変化する」
「絵にならない言葉は意味にならない」
と書かれています。
このことからは、自閉症の方たちと言葉でのやりとりをする際には「絵におきかえることのできる言葉」を用いることが必要だと考えられます。
「絵におきかえることのできる言葉」とはどのようなものでしょうか。
それは具体的なものであって、容易にイメージができるものです。
前述の「ちょっと」や「あとで」「また今度」、「優しさ」や「親切」「綺麗に」などといった曖昧で抽象的、観念的な言葉は、なかなか絵におきかえることが難しいですよね。
自閉症の方たちに言葉で何かをお伝えする際には、具体的でわかりやすく、言われていることが容易にイメージできるように配慮をしていきたいですね。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
う〜ん、なるほど!
自閉症って? @[2014年09月01日(Mon)]
自閉症は先天的な脳機能しょうがいですが、自閉症・発達障害の方たちに対する支援や教育を行う上では、まずは障害の特性を理解することが欠かせないと思います。
私はFacebookもやっているのですが、「ネットで勉強会」の投稿がわかりやすくて、いつも参考にしています。
専門的なことはよくわからないのですが、支援する側としてもわかりやすい方が良いと思いますので、時々紹介したいと思います。
・・・・・・・・・・・・・・・
自閉症の方たちは、その場の雰囲気や状況に応じて、臨機応変に対応をしていくことや“空気をよむ”ことが困難です。
そのため、その場にふさわしくないことを言ってしまったり、してしまったりすることがあります。
自閉症の方たちは、“類推と統合の困難さ”があるため、過去に経験したことや学んだことを思い出し、その中から現在の状況と同じようなことや似たようなことを選び出し、今の状況やこれから起こるかもしれないことに対して応用をすることや準備をしていくことが困難です。
その背景の1つとして“想像力の障害”があるのではないかと思います。
さて、この“想像力の障害”についてですが、著名な当事者の方であるニキ・リンコさんが、その著書「自閉っ子におけるモンダイな想像力」の中で、次のようなことを書かれていました。
ひと口に「想像力のモンダイ」と言っても
1.想像がたりない
2.想像がまちがっている
3.想像が過剰
がある
私たちは「想像力の障害」と言われた時に、1の「想像がたりない」とか「想像ができない」と思ってしまうのではないでしょうか…。
私は恥ずかしながら、この本を読むまではずっとそのように思っていました。
しかし2の「想像がまちがっている」や3の「想像が過剰」という文章を読んだ時に「あぁ〜、なるほど〜」と思って、とても納得できました。
「想像がまちがっている」「想像が過剰」だから、その場にふさわしくないことを言ってしまったりしてしまったりすることがあるのかもしれないですね。
ある当事者の方が、
「この場では何が求められているのか、何が正しいのかが分からないので、自分の考えていることが適切なのかがわからない」
と言われていました。
そのようなことから“想像力の障害”ということを考えると、私たちが自閉症の方たちと関わるときには、しっかりとその人が理解をし、納得をして自信を持ってできるように、「何が求められているのか」「どのようにするのか」を具体的に確実にお伝えをしていくことが大切ですね。
・・・・・・・・・・・・・・・