あれから一年[2017年07月25日(Tue)]
明日で丸1年になります。
7月26日は、津久井やまゆり園で起きた、あの相模原殺傷事件が起こった日です。
神奈川県では追悼集会が行われていますし、テレビや新聞等でも特集が組まれたりしています。
色々な意味で社会に大きな衝撃を与えた事件でした
当時は、まるで、自分の身内が傷付けられたような思いがして、しばらくはショックで立ち直れないほどでした。
今は様々な角度から事件の検証が行われていますが、
事件の陰惨さはもちろんですが、
「障害者なんていなくなればいい」
「障害者は不幸しか生まない」
「意思疎通のできない人は生きていても意味がない」などと
歪んだ独りよがりの思い込むにより、
次々と19人の尊い命を奪って行ったということに強い衝撃を受けました。
しかも犯人は、元施設職員という事実にも驚かせられました。
たしかに、重度の障害者は能力至上主義的な見方の中では価値が低いとみなされるのかもしれません。
役に立つか?と問われれば、あまり役に立たないかもしれません。
でも、そもそも人間は役に立つ為に生きているわけではありませんし、
目に見えるかたちで社会貢献するために生きているわけでもありません。
誰もが、命がけでこの世に生まれてきて、
しょうがいがあろうとなかろうと、
生きていること自体に意味がある存在なのです。
皆、その人なりに必死に生きています。
多くの人は大人になったら仕事をして
社会に貢献することができますが、
やがては誰もが歳をとり体が不自由になって、役に立たなくなったら
生きる価値が無いということになってしまいます。
障害者への差別意識は以前からありました。
面と向かって言わないだけで、
社会の中にはずっと存在していました。
それはある意味しかたのないことです。
事件の後も、「よくやった!」と、
犯人を賞賛する書き込みがあったり、
全国手をつなぐ育成会連合会に対しては、
誹謗中傷のメールがあったりしたということです。
そう思う人がいるのは事実なので、
私は別に、否定も肯定もしません。
でも、差別意識があってもかまいませんが、
なにも殺さなくてもいいじゃないですか!
どんな理由があるにせよ、
その人達の命まで奪う権利は誰にもありません。
決して、しょうがい者を好きになって
欲しいとは思いませんが、、、
排除しないで欲しいと思います!
私の息子達には重度の知的しょうがいがありますが、
決して不幸だとは思っていません。
もちろん大変なこともありますが、
この犯人よりも、ずっとずっと楽しい
充実した人生を送っていると思います。
これからもヘイト思想に負けないで
活動していきたいです!
たとえ、理解されなくても、
ちびっ子達にガン見されようとも、
我が家では、これからもどんどん
地域の行事等に連れて行きたいと思います