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善良な人たちが子どもの命を守れないのはなぜか? [2022年02月06日(Sun)]

1月30日に大川小学校(石巻市)2011年の3月11日そこには108人の命があり、74名が死亡もしくは、行方不明になりました。子どもたちの命は、救えない命だったのか?高台に逃げる事はできなかったのか?
 答えは、逃げる時間も、行動する体力もあったのになぜ、救える命が救えなかったのか?
問題は、大人の判断です。

どうするのがいいのか?

大人たちが、右往左往しています。先生方の日ごろの人間関係や信頼関係までが問題にされます。

子どもを命を大切に思わない教師は、誰もいません。命を大事にしたいと思いながら、守れない。

いくら善良な人がたくさんいても、こどもの命を守るための適切な判断をして行動しなければ、命は守れません。教育現場にあるいじめ問題も同じ事です。誰もがいじめお無くしたいと思いながらも、行動しなければいじめは隠されるだけです。

「判断」は見えません。

きめる責任を負っているのは、大人である。という事。
忘れてはいけません。


ただいま息子は大学入試真っ盛り [2022年02月02日(Wed)]

昨日から東京におります。
息子は今日からと今日での受験を3連戦おこないます。
全て都内の大学です。地下鉄を使って歩いているのですが、結局頼りになるのは親よりもGoogleマップなのです。いくら私が、昔東京に住んでいたとはいえ、もはや街並みは変わっているので、息子は昨日の段階で、父親の直感的行動に強い疑問を感じていました?(これは全く正常)
よって、二人ともグーグル先生の指し示すままに、今日は行動しました。おかげで予定より20分も早く入試会場に到着しました。
その昔、地図を片手に大学を探したなどという人間はもはやどこにもおりません。

話を巻き直します。

不登校でも高校中退でも、受験資格の要件さえ合えば、大学入試は可能です。息子は通信制高校の卒業見込みです。高卒認定試験の合格でもいいいです。その二つの「合わせ技」でも可能です。要件さえ満たせば、その子がどんな子でも大学に入れます。いわゆる高校の成績(内申書)などというものは大学入試にはほとんど関係ありません。いや全く関係ないと思います。
不登校の子どもは、集団学習は苦手で、自分が興味のない学習もほとんど手付かずですが、自分が興味があれば、勉強します。うちの息子も歴史に興味があったので、西洋史や政治史の勉強をすると言っておりました。

 不登校の子どもは社会が苦手でも、勉強が嫌いでもありません。学校に行っている子どもの中にも、勉強嫌いはいるので、学校にゆかない子どもにも、それと同じ比率ぐらいに勉強がどうしても合わない子どももいます。
 この受験真っ盛りの中で、誰もが試験を受けます。その子がどこの高校出身か?などということは制服を着ている子どもしかわかりません。よって、大学入試では、一切過去のことは関係なくなります。ある意味、これは素敵なことなんです。ルールの前には全員公平に判断されます。
 そして、大学生になればまた、楽しく自分の勉強の世界に入ればいいだけです。残念ながら、親の不安だけはグーグル先生も消すことができません。