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「引きこもる」は善悪ではなく、必要なときに行う行為 [2020年06月04日(Thu)]

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 この3ヶ月あまり、コロナウイルス感染症の影響で、在宅勤務を強いられる人も増えました。緊急事態宣言が解除されると、少しづつ社会が動きはじめます。これまで会社で働くことは当たり前でした。いま問い直されていることは、本当にみんなが集まって働くことは必要だったのですか?。家でも十分に働けるじゃないですか?都心まで満員電車に揺られて、苦痛な時間を過ごす必要性があったのですか?という問いです。
 同じことが子どもにも言えます。本当に学校という場所で、全員が集まって、いじめの不安、人間関係の窮屈さに耐えなながら集団で学ぶ必要性があったのですか?という問いです。テクノロジーの発達は在宅勤務は可能にしましたが、在宅での学びには課題を残しましました。
  何のために学ぶのか?自分の学びは、いまどんな価値を持っているのか?社会のどんな課題を解決しているのか?目的の共有が一番大事です。
 その上で、仕事でも、学びでも個人が行う学びの時間は、とても大事で、協働で学ぶ時間は、個人が何を考えている人か?を知ることでより豊かになります。一人の時間を「引きこもる時間」として考えると、ここで私たちは知識の習得や学びの全体像を自分の中に作りあげます。その後で、この知識は自分の何に役立つか?社会のどのような課題を解決するのか?どんどん紐づけられてゆきます。意味づけです。これがわかると、動きやすくなる。
 子どもたちが動きやすくなるにはどうするか?私たちの取り組みの目的はここにあります。引きこもるかどうか?実は「一人の時間」は必要なプロセスです。その行為を責めること?にはあまり意味はありません。
 私たちは、どんどん紐づけていって動きやすくることが大事だと思います。