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学習をしないという権利はありますか? [2018年02月25日(Sun)]

 これは、17歳の子どもからの問いかけです。端的にこたえれば、自分が望まない学習から自由になる権利はあるとおもいます。いわゆる、学習が全ての事どもを幸せにするわけではありません。それも事実です。
 学習自体は、自分自身が自由になるために行うので、自分が不自由を感じたり、違和感を感じたら我慢しながら続ける理由はありません。日本において、まだまだ学習は苦行であるので、その苦行を積み重ねる事が、修行であると思われています。
 確かにそれは修行であって、しかし、それは本人が望まない中では成り立ちません。本人の十分な納得と合意があって修行は成り立ちます。合意のない、学習。目的の共有が行われない学び、これは、当事者にとって時には拷問に近い苦痛もあるという事に同意します。
子どもは責任で育つ [2017年01月05日(Thu)]

今日も不登校中の息子(中学3年生)は、寒いのに、朝から子どもの自然体験ボランティアに出かけて行きました。妻は「いつも寝坊なのに、ボランティアの日は早く起きるのよね」と言います。前にも言いましたように彼は学校に行きません。しかし、ボランティアをつうじて学んでいると思います。自然体験の素晴らしさや話し合いによる課題解決。自分をどのように主張してゆくのか?さまざまなことを学んでいます。
 これは、彼の中でボランティア活動を通じて「子どもに対して責任を果たす」という意識と行動が彼を成長させているのだと思います。競争したり、周りを敵だと思わないでも、人は成長できるのです。責任と権利の意識が早くから身につくことによって、子どもたちは、自分への理解と自信を深めます。この自信こそが、未来を創り出すエネルギーです。
 人によっては、「お父さんと同じで、無償で人のためにつくすのが好きだね」という声かけをいただくこともあります。私も息子も実はただ働きは嫌いです。自分のためになるから働いています。私に関して言えば、しっかりお金もいただきます。それが責任を果たすということだと思っております。
 子ども時代から権利の学習をすると、素直な子どもに思われない。意見言う扱いにくい子どもになると大人は暗黙のうちに思っていませんか?自分の権利を知らない子どもは、身を削ることしかできないのです。身を削ることでは、人は本質的に成長ができない。誰かに合わせる都合のいい人間にしかならない。
 私たち大人は、子どもと一緒に責任と権利の果たし方を学んでゆくことが大事だと思っております。
働くというリスク [2016年11月17日(Thu)]

 自分が経営していると、いわゆるストレスがないかのように思われます。果たしてそうか?うーん年間20日以下の休日と家庭内での仕事。おまけに仕事好きときているので、周りのスタッフからすれば極めて迷惑しごくです。
 しかし、仕事の仕方を知らない経営者であっては、団体は容易に潰れてしまいます。「経営なんて雨が降って、傘をさすようなものだ」と言った人がいました(名前は思い出せない)その昔、士農工商の身分制度で、なぜ商人が最下層に位置されたのか?要は、商売は下世話なものであるという思い込みがあります?(恐らく今の時代はこれはない)しかし、私の家族の中にはこの思いが強く、よって私は経済学部も経営学部も進学の眼中にありませんでした。
 志がと哲学が、商売の中にはないと思い込んでいました。しかし、これはもろくも崩れたのです。最近、商品に語りかけられるという経験が何回かありました。「こうして使って欲しい」このバックは、この服にという幸せな感情に包まれることが私にはありました。
 要は、嫌だけど買うものではなく、これを身につけたら?こんなことを学んだら??という想像が人を幸せにする。商売をするということは、その手伝いだと思います。その意味では教育も、その人のライフスタイルにあったものを選べた方がしあわせになります。
 競争や効率だけを考えなしに追い求めてゆくような、時間を若いときに過ごしたくない人もいます。非効率に見えても、時間をかけた方が満足感が高まることもあります。ある意味経営は、目的を実現するためのアートなのかもしれません。
 働くことは、辛いことだけではありませんし、誰かのいいなりになるだけでもありません。しかし、一緒に考え行動し実現してゆくというリスクは、実は大変なものです。人を採用してゆく、説得をする。それに見合う満足を共有する?そもそも、働くことの満足はどこにあるのか?働く場所を選ぶ自由、内容を決める自由、上下の関係を取り払う。これ以外にあれば教えて欲しい。そのほぼ全てを実践してきました。しかし、満足しない人もいます。
 実は、働くということは途方もない、割り切れないもののことなのだと実感している。相手のルールだけでももたない、自分のルールだけでも納得させられません。自分の中に、こだわりがないとさらにさらに、混迷を深めてゆきます。
 「絶対余計なことをしない」「リスクも負わない」と心から決めて働いている人もいます。この絶対に既得権を守って働けない人も実は、不安まみれだったりします。だったら、挑戦しよう。この選択ができれば先に進むのだと私は信じて疑いません。
 
 
高校生が地域の担い手になる 若者の社会参画 [2014年07月09日(Wed)]

高校生の社会参画を進めてゆくために、福島県の青少年男女共生課とともに今年は、南会津地位意でワークショップを開催しております。IMG_1090.JPGIMG_1082.JPG全体で3回予定される中で、昨日第1回目を実施。只見高校、南会津高校の2年生が参加してくれました。はじめて合うので、お互いに緊張してドキドキだと思いきや実は顔見知りの関係でした。私たちが思うよりも、たくさん意見を出してくれた事に心より感謝しています。地域の担い手としての人材育成を行っているのですが、何か与えられた事をルールに従って、可もなく不可もないような形で行う事が、地域づくりの担い手ではありません。ブランディングとか言ってただ目立てば良いというものではありません。
 
 自分で考えて、失敗しても良いから、ゴールまでたどり着くチカラを持った人を養成する事が私たちの目標です。もっとはっきり言えば、失敗する事は当然で、その失敗から学び成長できる粘り強い人材を育成できるかが鍵です。

 ワークショップを通じて事業をつくり、さらに具体的に深めてゆき。事業づくりまで行います

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