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不登校の当事者とは誰のことですか? [2021年10月07日(Thu)]

不登校問題の当事者はたくさんいます。本人(こども)、親、学校の先生、加えて家族。それぞれの視点でみると、こどもは学校にゆきたくともゆけない。これを強制すると命の問題にもなりかねない。保護者は学校に行かせたい、もしくは教育を受けさせたい。
 先生は、自分が大変ではない方向を考えています。もしくは、自分の指導力を発揮して全く問題がなかったように、学校にこさせたい。社会的な価値観としてはまだまだ、子どもに学校以外の選択肢を用意するような状況には至っていません。子どもにとっては、学校にゆくか、行かない以外の選択肢はありません。最近は、学校に行かない期間も肯定してくれるようにはなっているので、一旦休むという選択もできるようになりました。
 この狭い選択肢の中で、考えていると 子どもにガマンをさせて学校に通わせるという選択肢を選ぶことの方が一番容易になります。なぜかわかりませんが、「みんなと同じでいいじゃないか?」という結論に陥りがちです。本人を無視した同調圧力にすぎません。
 この同調圧力というものは、とても不思議なことです。意味も不明のまま、「みんなと同じでいいじゃないか?」という結論が用意されています。あ==違うのになあと本人は思っていても、どうせ結論は決まっているのだからと多くの人はあきらめてゆきます。
 このあきらめさせるのが戦略ではないか?と思わせるように同じであることが、日常的かつ、当たり前に、存在しています。たとえて言えばいくら毎日オムライスも限界があるのにねえ。
 「誰かと同じ選択をしなくてもいい」これだけで不登校の人は救われます。
フリースクールでは、何を大切にしていますか [2021年06月29日(Tue)]

私たちが一番大事にしているのは、何者にもとらわれないで考え、行動してゆく自由です。その自由は、他人の行動を妨害したり、権利を侵害しない限り認められます。私たちは、無限に開かれた社会に存在しているので、誰かに制限をかけられない限りどんどん自由に発想してゆくことが止まらないこともあります。

 フリースクールは、あれは無理、とかこれは無理という制約からひとまず自由になるところなのです。決められた答えをなぞらないから、なんか野放図なことを考え続けます。それでいいのだと、私自身は強く思っています。限りある人生ですが、仕組まれた成功や、幸せだけを生きるのではあまりにもつまらない。

 最近では、フリースクールと名乗りたいのでぜひ、フリースクールのネットワークに入れてもらえませんか?というありがたい申し出まで受けます。フリースクールのネットワークに入らなくてもフリースクールを名乗ることはできるのに、なぜネットワークに入りたがるのか?

 これまで、答えのないことや、ただ自由に発想することに対して、大した価値を感じなかったにも関わらず、「自由な教育の可能性」という漠然とした目的に憧れる?希望を見出す?人も出てきました。自由は、先行きを考えない人にとっては、至福であり、希望でしかありませんが、確実なものを追い求める人にとっては不安以外の何物でもありません。
 「何もしないでいい」「何をしてもいい」なんて言わないで欲しい。

 「これをやったら必ずうまくゆく」という方法論を生み出して欲しい。

 どんなに優れた方法論でも、その人の人間性によって活かされもしますが、本来の機会を失う場合だってあります。


 コロナ禍のなかで、「答えがない」という不確実を生きる能力が、さらに見直されている気がします。答えがないからといって、慌てふためかない。今を楽しんで生きる。さらに、自由について深く考えてみることもできます。確実な人生の先を探すと、人生はより不確実であることが楽しいと思えるようになります。

 フリースクールは、人を不安にするところです(笑)

 でも、先が見えない方が安心できる人種にとっては、そこは至福の場所なのです。
田原真人さんとの対談 [2021年01月24日(Sun)]

フリースクールでの学びについて田原真人さんとの対談ですぜひご覧ください
フリースクールとは何か?学校外の学びで何が成長してゆくのか?
幸せのために学ぶということはないか?についてお話ししています。良い聞き手を得ると、どんどん人間は考えを開いてゆける。引き出されるということが実証されています。

以下のような展開になっています

*なぜ立ち上げたのか?
 (黒板を写すだけの教育に意味はあるのですか?)

*学びのアンラーニングについて
*フリースクールで何が育つ
*自分の頭で考えてゆくことの大事さ
*最適解はどんどん修正されることが大事

感想をお待ちしています。


僕らは、生きるを考えている [2020年12月19日(Sat)]

生きるという答えのない問いに、全員が向き合いながら時を過ごしています。
あ〜〜自分は生きるのが向いていないと思っていても、ゆっくりと考えると最適のタイミングが生まれます。
「昨日と同じ人がいない」
「昨日と同じ自分はいない」
人の細胞は日々生まれ変わります。
私たちは、ゲームではそだだない
スポーツはいい
漫画はダメだ
教科学習はいい
英会話はいい

と勝手に大人の視点で習い事を選んで  評価し、それが正しいと思い込んでいます。
ゲームでも学べるし、大学でも学べます。

何を学ぶのかはその人の次第です。

問題なのは、考えていることを信用してあげることです。

学校にゆかない時間を無為な時間などと、評価を安易にくださいないことがお互いの信頼を高めることにつながります。価値のない時間とは、自分を生きない時間です。
価値のない人生などはない。

そういつも考えています。




困りごとは、歯石がたまるようなものかなあ [2020年12月12日(Sat)]

80歳までに歯が丈夫に自分の歯で食事をするには、定期的なメンテナンスが必要で歯石を取りにゆきます。同じように、自分の困ったことや嫌なことも時々人に話をすることでホッとする。成果のお医者さんに、通ってもいいです。
 誰かのセカンドオピニオンが欲しいというのはすごく大事だと思います。
自分の中の気持ちを整理することは誰にでも必要です。
できることは、いつも最適のことだけ [2020年02月25日(Tue)]

「頑張ること」が苦手な江川です。
いきなり何を言っているのか?頑張りすぎるフリースクールが多いので、ちょっとだけ「お休み」やズボラの勧めをしたい。毎日淡々と楽しい事を続けるのは「気楽な稼業だ〜」とおっしゃる向きもあります。私たちも、気楽さを大事に生きております。
 でも、気楽さを大切に生きてきたとしても、「頑張らなきゃ」というプログラミングを受けている人が多いので、そこまで気楽さに身を委ねているわけでもありません。実は相当な葛藤をしながら、生きている仲間も多くいます。なぜ自分を追い込んでしまうのか?私たちの仲間は、自分がもっと力を出せると思っているからです。
 私も含めて、期待を感じすぎることも体に良くないし、期待どおりになんか動けやしません。自分にできるのは、最適のことだけです。「もっとああすればよかった」、「こうすればよかった」ということも考えるときもありますが、そこは危険です。無理をしようとするから。無理をすると、自分が疲れます。ときに気持ちがいたぶられます。それは持続できないからかえって人に迷惑をかけるかもしれません。
 無理しちゃいけない。これが私の信条です。明日を考えるから、いまを生きることもできます。
答えを出すのは環境ではなく、自分です [2018年12月18日(Tue)]

「うちの子は、周りに左右されやすいので、フリースクールの学習環境はどんなものか教えて下さい」と言われることが保護者からの質問で多くあります。フリースクールの学習環境は、実に相互に影響を複雑におよぼしています。自分にとっていいことは真似すればいいし、おもしろがればいいです。つまらなかったら、流してしまってもいいんです。
 問題は、自分が全てを判断すること。誰かのせいにしたり、逃げたりしないことです。自分で引き受ける自分の人生があればそれでいいんです。あとは、常にチャレンジあるのみ!
フリースクーに通うこどもは何を学んでいる? [2018年10月13日(Sat)]



フリースクールは遊んでいるだけ?では、ありません。遊びも含めてこたえのない物語を自ら紡ぎ。さがし、つながり、学び合うばです。2018年9月15日、日本フリースクール大会(JDEC)のフリースクールに通うこどものシンポジウムを再録します。こどもは、こたえのない道を歩き始めました。始めはどうなることやら不安の連続ですが、やがて、自分たちの手で紡ぐ物語と確信を手に入れます。
 少し経験からでも、この学びの可能性を感じて欲しいです。
フリースクールは、時代の最先端! [2018年09月18日(Tue)]

未来の先生展2018(9月15、16日)に参加してきました。会場は東京の聖心女子大学。びっくりしたのは、私たちフリースクールは、ずっとお金が出ないような仕事を手弁当で行っているので、東京広尾の素晴らしい会場で行われるイベントなんて参加したことがないのでまずそれに驚いた。
 さらに、フリースクールへの賞賛や賛同を受けることが多く、ブランディングの話やフリースクールをやりたいという人にも多く出会えたことはとても嬉しかったです。あらためて感じたのは学びてが主権の学び合いへの関心の高さと、私たち自身がその場を運営してゆくことに対しての誇りだと思っています。
 もっとしっかりブランディングすればいいのに?PRが全然たりていないよ〜という言葉かけをいただいて、大変恐縮です。私たちは、もっともっとつながらなければいけない人がたくさんいることを知りました。こちらも手を伸ばしてゆきます。
自分はどう生きるか? [2018年06月08日(Fri)]

 吉野源三郎さんが書いた「君たちはどう生きるか?」を我が子にも読んでほしいと思って買いました。彼なりに読んだようです、感想はあまり父親には話しませんが。生きるということは、辛いことではなく、生きるということは、辛い思いをすることもあるし、楽しいこともあります。生きているだけで、それは幸せはことでもあると思います。
 私は、自分が16歳のときにこの本を読んで、生きることは自分で考え判断してゆくことの連鎖だと知りました。ある意味自分の力でどうにでもなると思うことができた本でした。私たちの上の世代は、戦後の経済的に困難な時期を過ごしているので貧しさにはすごく敏感です。
 しかし、今の時代での貧しさは、自分のことだけを考えて、富を分かち与えることを恐れてだけ生きることだと私は思います。経済的な貧困は、いつしか立ち直ることもできます。自分をいかに生きるか?自分を信頼できない貧しさは、自分さえも殺してしまいかねません。
 
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