フツーの家族なんてあるんですかねえ [2021年06月23日(Wed)]
不登校はどうすればいいのか?
こんな状態はフツーじゃない。家族も何もできない。 学校にゆかないなんて、誰にも恥ずかしくて言えない。 不登校であった自分は、言われ放題であった。 人間としてダメ出しを受けた私は、40年をすぎてもまだ生きています。 それなりに人さまとお付き合いをさせていただいています。 もちろん、私を嫌いな人もいます。でも、誰でもそんなもんだと思います。 誰からも好かれるわけでもないが、自分の人生を淡々と生きています。 フツーじゃない人生!!と言いますが、単純に反発してみるとふつーの家族や、人生なんてあるのでしょうか?ないんじゃないですか?正確に言えば、フツーを求める人生があるだけではないか?と思うのです。フツーを求めていても、フツーなんてもともとないとしたら、一体どんな理想を求めているのだろうと思います。 認めたくない人生を見ないようにしていることが、フツーであるとすれば、フツーであるということは、自分の心の何かに蓋をするという事なんだと気がつきます。 フツーであるという幻想を受け止めてみる。 なぜか。その人の孤独と向き合うことになる。みんなフツーであることを求めて、自分を殺しているんだろうなあと。 辛いのは、フツーという現像を追い求める人南アということです。 大事なのは、「今日を生きる自分」おそらくここからしか全ては始まらないと気がつくまで、「人々はフツーに憧れ続けると思います。それが、普通というものの怖さなんだと気がつきます。 |